2022.05.19
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演劇いろいろ~演技の効能~(24)

これまでずいぶんと長い期間にわたって子どもたちに演劇を教え、演劇を通して子どもたちの成長を見つめてきました。その中で、演劇が子どもたちにどのような効能をもたらしてきたのか、自分なりに気づいたことを紹介したいと思います。

尼崎市立立花南小学校 主幹教諭 山川 和宏

演技の効能

演劇の効能はたくさんあると思いますが、今回は、「演技をすることが役者である子どもたちにどのような効能をもたらしたのか」に絞って、考察してみたいと思います。

1.別の人格を体験できる。

これまで、子どもたちに、役を演じる上では「役になりきること」が大切だと教えてきました。五感を駆使し、役が感じているすべてを自分自身も感じ、そこに存在するのです。
とはいえ、本当の意味で役になりきることは不可能です。要は、「自分」という人格をいかに「役」の人格に近づけることができるかということだと考えています。
役を演じるには、大きく2つのやり方に分けることができます。「自分を役に近づけていく演じ方」と「役を自分に近づけていく演じ方」です。どちらも自分と役を重ねて演じるという意味では共通していますが、演じ方のベクトルは正反対です。
どちらが正しいということは一概には言えませんが、一つの役を誠実に演じようとした場合、多くは前者の演じ方になるのではないかと考えています。
そこで必要になってくるのが、役を理解するということです。単に心情を理解するにとどまらず、役の人格を理解するためには、その思考・習慣・行動について考える必要があり、それらを形成してきた環境的要因・歴史的要因についても掘り下げなければなりません。つまり、役の履歴から固めていかなければならないのです。
この作業のもとになるのは、いうまでもなく台本です。しかし、台本にはそれらのことの多くは描かれていません。台本上の描写を出発点にして、役者がその役の人生を掘り下げていくしかないのです。その過程の中で、役者は自分自身を見つめ、役と自分を重ねていくことで、役を理解します。
最終的には、自分自身の人格から解放されて、その役の人格を演じきることを目指しているのですから、考えても考えてもきりがありません。
その過程は、他者理解という面で大変貴重な経験になるばかりでなく、別の人生を生きるという普通ではありえない体験につながるのです。

2.緊張を楽しむ。

人は、見られていることを意識すると緊張します。演劇は、人に見せることを前提に演技をするので、緊張は避けて通ることはできません。
そして、ある意味、お客さんの反応によって、演じると同時にこれまで行ってきたことの答え合わせを突き付けられるわけですから、人に見られていることを意識せざるを得ないのです。
しかし、それは役者の事情です。本来そこに存在している「役」は、人に見られることを意識してなどいないのです。そこで、緊張と演技とを切り離す必要が生じます。
適度な緊張であれば、緊張そのものを楽しむことも可能ですし、演じる上でもプラスの効果をもたらすことが少なくありません。しかし、過度に緊張しすぎると、よいことはありません。過度に緊張する要因としては、「失敗したらどうしよう…」というマイナス思考が挙げられます。そこで、自信を持って演技にのぞむために十分な稽古を積んだり、プラス思考のイメージトレーニングを積んだりするなどの対策をとるのです。
そうしていく中で、出番を待つ時間には緊張と向き合い、舞台に上がった時には緊張から解放されるようにする「ONとOFFの切り替え」ができるようになっていくのです。

3.感情を解放する。

人は、普段、多かれ少なかれ自分自身の感情を抑圧して生きています。喜怒哀楽を自由気ままに表現しすぎると、人間関係に支障をきたすことを経験上学んでいるからです。
しかし、演技をする上では、様々な方法で感情を表現することに取り組みます。感情を表現しようとしすぎると押しつけがましい演技になってしまうので注意が必要ですが、感情を抑圧する必要がないというのは、精神的にはとても快適です。

4.正解が無数にある。

一つの役を演じる中で、正解は無数にあります。どんな演技であっても、演技のバックボーンが確かなものであり、相手の演技との間にリアリティが生まれていれば、正解たりうるのです。そして、そのたくさんの演技の正解の中から、さらによりよいものを見つけていくために稽古を重ねて、探究していくのです。
与えられた答えがない。いくら極めようとしてもたどりつかないゴールを目指し続けなければならない。演じるということは、人生そのものなのです。

5.相手を感じる。

演じることは、他者と対話することです。他者とは、相手役が主な相手ですが、そればかりではなく、劇作家・演出家・裏方・観客といった、その芝居にかかわるすべての人が対象になります。実際に声に出さなくても、それらの人たちとコミュニケーションをとりながら演じるわけですから、自分を相対化して思考する習慣が身につきます。

演技に関するアンケート

数年前に、演劇を教えている子どもたちと卒業生を対象に、演技のアプローチの仕方について、どのように考えているかアンケートをとったことがあります。
自分が想定していた以上に回答が割れて、演技に決まった答えはないということを改めて思い知らされました。また、そのような多様性が劇づくりに幅が生み、思いもよらない化学反応が生まれているのかもしれないと感じました。
とても興味深い結果だったので、参考までに紹介しておきます。
なお、次回は、劇を創る上で、子どもたちの対人関係にどのような効能があったのかについて考察してみたいと思っています。

①器用or不器用(器用か不器用か)
→器用63%、不器用37%。

②感覚派or理屈派(何となく感覚で役をつかむのか、理詰めで考えて役作りをするのか)
→感覚派79%、理屈派21%。

③主観型or客観型(役に入りこむか、自分の役を離れて見ているか)
→主観型68%、客観型21%、両方11%。

④本人型or配役型(自分に役を近づけて演じるか、役に自分を近づけて演じるか)
→本人型42%、配役型53%、中間5%。

⑤感情型or肉体型(役の感情を重視するか、動作や身体の状態を重視するか)
→感情型79%、肉体型16%、両方5%。

⑥万能型or俺様型(相手役に合わせて変化できるタイプか、相手役を自分の演技に引っ張り込むタイプか)
→万能型47%、俺様型37%、両方11%、分からない5%。

⑦憑依型or引き出し型(何かのきっかけで役になりきるタイプか、自分の引き出しの中にある誰かを真似て演じるか)
→憑依型47.5%、引き出し型47.5%、両方5%。

⑧天才型or努力型(天才か、努力する凡人か)
→天才型5%、努力型95%。

⑨コメディ派orシリアス派(笑いをとるか、緊迫感をとるか)
→コメディ派47.5%、シリアス派47.5%、両方5%。

⑩解放型or緊張型(リラックスして演じるのか、緊張して演じるのか)
→解放型42%、緊張型58%。

⑪本番型or稽古型(本番の方がよい演技をできるのか、稽古の方がよい演技をするのか)
→本番型58%、稽古型42%。

⑫エネルギー型or冷静型(エネルギーを爆発させて演じるのか、冷静に演じるのか)
→エネルギー型47.5%、冷静型47.5%、両方5%。

⑬怒り派or泣き派(怒りの芝居と泣きの芝居のどちらが得意か)
→怒り派58%、泣き派32%、両方5%、両方苦手5%。

⑭外見派or内面派(見た目と中身のどちらを見せたいか)
→外見派5%、内面派84%、両方11%。

⑮個性派or非個性派(キャラクター的に個性があるのか、ないのか)
→個性派63%、非個性派37%。

⑯主役or相手役(主役を演じて輝くか、脇を固めて輝かせるか)
→主役32%、相手役63%、両方5%。

山川 和宏(やまかわ かずひろ)

尼崎市立立花南小学校 主幹教諭
富良野塾15期生。青年海外協力隊平成20年度1次隊(ミクロネシア連邦)。
テレビ番組制作の仕事を経て、小学校教師になりました。以来、子どもたちと演劇を制作し、年に2回ほど発表会を行っています。

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