2022.02.03
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演劇いろいろ~演劇発表会の中止について~(21)

今年もピッコロシアター(兵庫県立尼崎青少年創造劇場)での演劇発表会が開催直前に中止になりました。
新型コロナウイルスの感染拡大が止まない中、今後の見通しを持つことも難しい状況で、子どもたちの思いをどのように受けとめればよいのでしょうか。

尼崎市立立花南小学校 主幹教諭 山川 和宏

演劇発表会の中止をめぐって

昨年に続き、今年度の演劇発表会も開催1週間前に中止が決まりました。ピッコロシアターのスタッフの方と詳細な打ち合わせを行い、感染対策についても万全を期していたところでの急転直下の中止決定でした。

新型コロナウイルスの感染が急激に再拡大する中での中止の判断については、ある意味で仕方のないところがあったと思います。しかしながら、詳細は省きますが、「本当に子どもたちのことを考えて判断したのか?」という点については、大いに疑問を抱かざるを得ませんでした。

教育に携わる者は、子どもたちの成長を願って日々奮闘しています。それなのに「子どもたちの思い」よりも「大人の事情」を優先させてしまう場面にしばしば出くわすのはどうしてなのでしょうか。

我々大人は、子どもたちの未来に責任を持った生き方をしているのだろうか?
我々教師は、子どもたちの範となる生き方をしているのだろうか?

このことは常に自分自身に向けて、問いかけていたいと思っています。

子どもたちの願い

私の師匠は、「怒り」が創作のエネルギーの源だとおっしゃっていました。少なくとも私自身は、中止に至る今回の一連の経緯に対して怒っていました。
ところが。
演劇発表会の中止に対して、子どもたちが怒ることはありませんでした。様々なことを諦めるように強いられ続け、大人に対する諦観のようなものを抱いてしまっていたかのようでした。
「ピッコロシアターで上演できないのであれば、学校の体育館で近しい人に対して上演できればいい」とすぐに気持ちを切り替えたのです。
しかし。
感染が急拡大する中、学校の体育館での上演も、許されませんでした。
さらに。
無観客でビデオ撮影することも許されませんでした。

ただ、子どもたちはそれでも諦めませんでした。
これからどうしたいか、一人一人に聞いてみたところ、
「今がだめなら、少し待ってできるだけ早い段階で上演してビデオ撮影したものを動画で見てもらおう。そして、状況が落ち着いたら、お客さんを呼んで直接見てもらおう」という意見でまとまったのです。
今の状況を鑑みると、このまま今回の劇への気持ちを維持していくにはとてつもない気力と労力が必要だし、この先の状況なんて誰も見通せないにも関わらず、それを分かった上で「諦めない」という道を選んだ子どもたちの決意に大変心動かされました。

また、「ビデオで見せるというのなら、先日の通し稽古を撮影したものがあるから、それを見せるということは可能だけど、それはアリかナシか?」と聞いてみたところ、みんながそれは「絶対にイヤだ」という意見で一致しました。もちろん自分も同じ答えを胸に秘めてはいたのですが、「一番仕上がっている今の芝居よりも前の段階の芝居は人に見せたくない」という子どもたちの答えの中に、大変おこがましいですが「プロ意識」を感じました。創り手としての意識の高さを感じたのです。

今回の芝居の中で、こんなセリフがあります。
「あの3人は今自分の運命を受け入れようとしておる。アンタのフィアンセだって自分の信念を貫こうとしている。あきらめないこの子たち。夢を追い続ける私。みんな精一杯生きておるんじゃ!」

今の子どもたちの諦めない姿が、このセリフとかぶります。
今が正念場。オンラインでの稽古を取り入れつつ、感染状況を見ながら、何とか子どもたちの願いを実現する機会を探っています。

子どもたちの願いは、一つです。

自分たちが創り上げたものを見てもらって、喜んでもらいたい。

子どもたちの願いを実現するために、一生懸命でいられる大人でありたいです。

山川 和宏(やまかわ かずひろ)

尼崎市立立花南小学校 主幹教諭
富良野塾15期生。青年海外協力隊平成20年度1次隊(ミクロネシア連邦)。
テレビ番組制作の仕事を経て、小学校教師になりました。以来、子どもたちと演劇を制作し、年に2回ほど発表会を行っています。

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