2021.02.09
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演劇いろいろ~われわれのゴール~(10)

ピッコロシアター(兵庫県立尼崎青少年創造劇場)での演劇発表会の中止が決定した後も、芝居を完成させるために稽古を続けることにした私たちが、緊急事態宣言下においてどのようなゴールを迎えることになったのかを紹介します。

尼崎市立立花南小学校 主幹教諭  富良野塾15期生。青年海外協力隊平成20年度1次隊(ミクロネシア連邦)。 山川 和宏

いざ、ゴールへ

演劇発表会の中止が決定した後、考えに考え抜いた末に私が子どもたちに用意したゴールは、「演劇発表会が行われるはずだった1月24日に、学校の体育館で劇を上演し、ビデオ撮影を行う」というものでした。

学校長に相談したところ、無観客でやるのであればOKとのこと。休日の体育館は地域の方々に開放しているのですが、その方たちに事情を話して、何とかその日は体育館を空けてもらうことができました。

たとえ無観客での上演であっても、子どもたちにとって最高の舞台を用意したいと思った私は、様々な準備に奔走しました。

舞台上を照らす照明については、舞台上の蛍光灯だけでは物足らないので、6つのスポットライトとカラーフィルターを駆使して、効果的な明かりをつくりました。また、ケーブルをつないで、照明ブースで全てのライトのON・OFFができるようにしましたが、それを操作する人員が足りません。音響操作の子に兼務してもらうことも考えましたが、さすがに無理が生じたので、これまで稽古を見に来てくれていたOBに無理をいって手伝ってもらうことにしました。

照明の工夫ができるとなれば、欲が出てきます。体育館の暗幕の修理を校務員さんにお願いし、細かい部分は黒画用紙とガムテープで光を遮って、電気を消せば完全暗転ができるようにしました。さらにLEDの懐中電灯を3つ調達して、SS(サイドスポットライト)の効果が出せるように工夫しました。

本物の劇場には及ぶべくもありませんが、徐々に本格的な舞台空間に生まれ変わっていく体育館に、子どもたちのテンションも上がっていきました。

そして、子どもたちは新たなゴールに向かって、一致団結して稽古に邁進していった……となれば、とてもきれいなストーリーになるのですが、現実はそうではありませんでした。

ゴールを目前にして…

本番1週間前の1月17日(日)の稽古のことです。本番1週間前といえば、少しでも芝居のクオリティを上げようとピリピリした緊張感と集中力を持って稽古をする大切な1日になるはずでした。ところが、この日はそのようにはなりませんでした。

朝から緊張感のかけらもなく、信じられないくらいの緩んだ空気。午前中に、前日の通し稽古を撮影したビデオを見て、互いに修正点を確認し合ったにもかかわらず、いっこうに稽古を始めるふうでもなく、昼ごはんの後は、運動場で遊び始めて1時間半が過ぎてしまいました。

思えば、ピッコロシアターでの演劇発表会の中止が決まってから、子どもたちは持って行き場のない憤懣を抱え、それを吐き出す機会を求めているのを感じていました。だから、子どもたちの求めに応じて、稽古を中断してシアターゲームを心ゆくまで楽しむ練習日を設けるなどして、気分転換を図ったりもしたのですが、そう簡単に気持ちの切り替えなどできるはずもなかったのです。

しかしながら、「芝居を完成させる」と決めたのは子どもたち全員の総意です。そして、われわれの目指すところは、本気でよい作品を創るために情熱を注ぐ集団として全力を尽くすことだったはずなのです。

「芝居を完成させる」という決意のもとに活動を続けることにしたにもかかわらず、子どもたちの本気を感じることができなかった私は、「もう今日でおしまいにしよう」と伝えました。このまま中途半端に続けても、「芝居を完成させる」という子どもたちの目標には到底たどり着けないと思ったのです。

当然ですが、子どもたちは、「ビデオ撮影の本番まで続けたい」と訴えてきました。しかし、そのようにいってくる言葉にも「本気」が感じられませんでした。

「芝居を続けたいという気持ちが自分には伝わってこない。自分の気持ちすら伝えられないあなたたちが、芝居の上で、役の気持ちをお客さんに伝えることなんてできるの?」と問いかけます。

子どもたちは、みんな泣き出してしまいました。

ピッコロシアターでの発表という機会を奪われ、さらに翌週に控えたビデオ撮影の本番という機会も奪おうというのは、子どもたちにとって非常に酷なことであったと思います。しかし、本気で一つの作品を創るには、覚悟が必要なのです。そして、子どもたちが演じようとしている「青空喫茶マカベ」という作品は、まさに本気で自分の進むべき道を生きていく覚悟を描いた作品なのです。

覚悟を演じる芝居を創るために、子どもたちに芝居する覚悟を問う。

6年生の子たちは、2年生の時に担任をしてからずっと関わり続けてきた子たちです。演劇に対する思いの強さは他の誰よりも分かっているつもりです。ですが、この日ばかりは、心を鬼にして、子どもたちと向き合いました。

1時間を超えた話し合いの中で、私も子どもたちも、きれいごとではなく本音をぶつけ合いました。分かり合えた部分も、分かり合えなかった部分も、両方あったと思います。迷いに迷った末、子どもたちの思いの強さと可能性を信じてみようと思った私は、翌週のビデオ撮影を行うことに決めました。

思えば、この1日が大きな分岐点となりました。

この日を境に、子どもたちは、私の手を離れ、自分たちの足でゴールに向かって全力で走り出したように感じます。

たどり着いたゴール

迎えた1月24日。OBの協力でメイクを施された子どもたちは、朝からとても緊張していました。非常に慌ただしいスケジュールでしたが、午前中のリハーサルを保護者の方たちに見てもらい、そして午後になってから本番をビデオ撮影しました。

リハーサルはゲネプロといって、全て本番通りに行いました。ゲネプロも素晴らしい熱演でしたが、最高の演技を子どもたちが見せてくれたのは、ビデオ撮影した午後の本番の方でした。

一人一人がすさまじいまでの集中力で役になり切って演じるその姿に、私は涙が止まりませんでした。

上演終了後、舞台上でのカーテンコールで、子どもたちはこんな感想をいっていました。

「ピッコロシアターではできなかったけど、今まで稽古を重ねてきたこの場所で上演できたことがうれしかったです。」

「一緒に頑張ってきた仲間たちと一つの作品を創ることができて、幸せでした。」

「一生の思い出になりました。」

「コロナにたくさんのことを奪われたけど、演劇だけはやり遂げることができて本当によかった。」

「最高に楽しかったです!」

ピッコロシアターで上演できなかったことは残念だったにちがいないのですが、私たちはそれ以上の大きな満足感を得ていました。

このメンバーだからこそできる芝居。この場所だからこそできる芝居。みんなの思いが一つになる瞬間を感じられる芝居。子どもたちが創り上げた芝居は、世界で一つだけのものになりました。

たとえ無観客であっても、一つの作品をみんなで満足いくまで創り上げるということがどれだけ尊いことなのか。そして、その過程に携われることがどれだけ幸せなことなのか。たくさんの人に支えられてゴールにたどり着いた私たちは、やり遂げた高揚感と笑顔を溢れさせながら、みんな同じことを感じていました。とても幸せな一日になりました。

そして、それを支えてくれた保護者やOB、職員をはじめとする学校関係者の方への感謝の気持ちを忘れてはならないと思います。そういった人と人とのつながりについても、子どもたちは大いに学んでいたように思います。

その後、撮影したビデオ映像は、地元のケーブルテレビ局での放送・配信が決まりました。

コロナに負けなかった子どもたちに、心からの賛辞を贈りたいと思います。

山川 和宏(やまかわ かずひろ)

尼崎市立立花南小学校 主幹教諭
富良野塾15期生。青年海外協力隊平成20年度1次隊(ミクロネシア連邦)。
テレビ番組制作の仕事を経て、小学校教師になりました。以来、子どもたちと演劇を制作し、年に2回ほど発表会を行っています。

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