たった数週間の短期留学では、英語がペラペラにならないから意味がない?

私、アグネス・チャンがこれまで学んだ教育学の知識や子育ての経験をもとに、学校や家庭教育の悩みについて考える連載エッセイ。夏休みを利用した短い海外体験でも、子どもたちの世界は大きく広がります。今回は「たった数週間の短期留学では、英語がペラペラにならないから意味がない?」をテーマに考えました。
いいえ、世界が広がるチャンスです
夏休みなどの長期休暇を利用した、子どもの短期留学には大賛成です。体験することは子どもの成長に良い影響だと思います。同じ環境の中で育つと、価値観が固まってしまいがちです。「これが正しい」「これは良くない」と決めつけてしまいます。でも、一度外に出て、違う世界を見てみると、人生が変わることがあります。
もちろん今はインターネットで世界中のことが見られる時代です。でも、実は検索履歴などから判断されて「自分が見たいもの」ばかりが表示されていることが多いのです。偏った情報にしか触れていない子どもたちもたくさんいます。
私もユニセフでの活動を通して、自分で体験したことこそが信じられる情報だと実感しています。いつも海外を訪問するときには事前にたくさん勉強してから行くのですが、どれだけ調べても、現地で体験することとは違うものが多いです。
だからこそ、子どもたちにも現地を訪れて、世の中をもっと見てほしいのです。短期留学で、英語がすごく話せるように期待するよりは、異なった文化を体験するだけでも十分に意味があると思っています。しかし留学にはお金がかかります。無理せず、許される範囲で、安全を確保できるなら、ぜひ子どもを送り出してあげてほしいと思います。
世の中は違いがあるからこそ面白い
その際には行き先を考えることも大切です。子ども連れの海外旅行や留学先として思い浮かぶのは、アメリカやハワイ、オーストラリア、台湾、香港といった地域ではないでしょうか。でも、これらの地域は、日本とあまり変わらない環境なのです。
私もそれに気が付いてからは、タイやベトナム、ヨーロッパなど、もっと違う文化を持つ国に連れて行くようになりました。アメリカも近代的で良いところですが、ヨーロッパには長い歴史や文化があります。ヨーロッパを訪れると「世界にはこんなに豊かな歴史と文化があるんだ」と、目が覚めるような経験ができます。子どもの視野は確実に広がると思います。
私自身はアフリカに行った体験が人生を変えてくれました。戦争や自然災害に苦しんでいる国を訪れるたびに、「どこで生まれるのかを誰が決めるのだろう」と考えずにはいられません。「このお母さんは、何人もの子どもを抱えて苦しんでいる。それに比べて私は、殺される心配や爆弾の恐怖もなく、3人の子どもを安全な日本で育てることができた」と、自分がどれだけ恵まれているかを思い知らされます。この問いの答えは見つからないままですが、自分ができることをするしかないとボランティア活動に力を注ぐようになりました。
思い込みをこえて、世界とつながろう

@学びの場.com
今、アメリカの若者たちは、規制問題をきっかけに中国発のSNSに関心を持ち、そこで見た現代的な中国の姿にびっくりしています。アメリカのように最先端の情報に触れられる国でも、「中国は発展途上のまま」「道路いっぱいに大勢の人が自転車に乗っている」といった固定観念を持っている人たちがたくさんいたことに、息子たちも驚いていました。
日本でも、「中国の人たちはアメリカを敵だと思っている」「韓国の人は日本が嫌い」といった考えが、まるでみんなが思っているかのようにひとり歩きしてしまうことがあります。でも、実際に現地を訪れ、海外の人たちと交流し、友達になれば、そんな思い込みが間違いだったと気づくはずです。
私は、いつも息子たちに「人と違うことは素晴らしいことです。みんなが同じだったら、世界はどんなにつまらないことでしょう」と伝えていました。「違い」とは恵みなのです。もし動物園に一種類の生き物しかいなかったら、誰も行きたくありません。水族館に魚が一種類、公園には花が一種類、みんなが同じ顔、同じしゃべり方、同じ考え方だったらすぐに飽きてしまいます。
異なる場所や習慣、歴史、文化で育ったのだから、見た目や考え方、宗教が違って当然です。「違うからこそ良いところは学び、受け入れられない部分は大目に見て、違いを楽しんでいこうね」と教えてきました。
これからは皆がそう思わなければいけない時代です。「私が正しい」「私が一番だ」と主張していれば、いずれは戦争に進んでしまいます。特に宗教が原因の場合は、お互いが命を失うまで争うことにもなりかねません。そうして恨みが生まれると、何世代にもわたって解決できなくなってしまうのです。お互いを知り、変化を受け入れて、違いを楽しむことが平和へと繋がると思うのです。
だから、私は「とにかく行ってみる」ことはおすすめです。近場でも短期間でも、まずは行ってみるだけでも大きな価値があると思います。イメージに惑わされず、自分の身体で、世界を体験することが何より大切だと感じています。

アグネス・チャン
1955年イギリス領香港生まれ。72年来日、「ひなげしの花」で歌手デビュー。上智大学国際学部を経て、78年カナダ・トロント大学(社会児童心理学科)を卒業。92年米国・スタンフォード大学教育学部博士課程修了、教育学博士号(Ph.D.)取得。目白大学客員教授を務め、子育て、教育に関する講演も多数。「教育の基本は家庭にある」という信念のもと、教育改革、親子の意識改革について積極的に言及している。エッセイスト、98年より日本ユニセフ協会大使、2016年よりユニセフ・アジア親善大使としても活躍。『みんな地球に生きるひと』(岩波ジュニア新書)、『アグネスのはじめての子育て』(佼成出版社)など著書多数。2009年4月1日、すべての人に開かれたインターネット動画番組「アグネス大学」開校。2015.6.3シングル『プロポーズ』release!!(Youtubeで公開中)
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