演劇いろいろ~演劇発表会の中止決定~(9)
演劇発表会に向けて、2学期末・冬休みと稽古を続けてきた演劇クラブでしたが、1月7日、衝撃の連絡が演劇発表会の担当校長より入りました。
新型コロナウイルス感染拡大防止のため、1月24日に迫っていたピッコロシアター(兵庫県立尼崎青少年創造劇場)での演劇発表会を中止にするというのです。
すぐに参加校の担当者と連絡を取り合い、Zoomでの会議を開き、無観客での開催と動画配信を検討しましたが、実現は難しいことが分かりました。
尼崎市公立小学校主幹教諭 山川 和宏
ただ芝居がしたいンだよ!
3学期の始業式のあった1月8日の午後、いつも稽古をしている特別教室で、演劇発表会の中止を子どもたちに伝えました。
伝えながら、涙があふれてきました。
特に卒業を控えた6年生にとっては、最後の演劇発表会がこのような形になってしまい悔しくて仕方がなかったと思います。それにもかかわらず、「誰が悪いわけでもないから」と自分を納得させて無理やり明るく振る舞おうとする姿がとても切なく感じました。思わず、「ホントに悔しい時は思いっきり泣いてもいいんだよ」と伝えていました。
みんなで泣きました。
それから1時間以上、みんなで思いを伝え合いました。話し合いの中で、子どもたちはみんな「中止を覚悟して参加していた」ということを知って、私は激しく動揺しました。もちろん、「中止になるかもしれない」と事前に伝えた上で活動を始めたのですから、当然のことなのかもしれません。
しかし、そのように伝えていた私を含めた演劇発表会の担当者である大人たちが「まさか中止にはならないだろう」といささか楽観的に過ぎる考えだったのに対して、子どもたちの方は遥かに危機感を持って演劇に取り組んでいたのです。「いつか中止になるかもしれない」という不安を抱えて活動し、挙句の果てにその不安が現実となってしまった子どもたちにどれだけの心理的負担をかけてしまっていたのかを考えると、申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。
自分たちの思いを全て吐き出した上で、子どもたちが出した結論は、「発表できなくても、芝居を完成させたい」ということでした。
「芝居に完成はないよ」と伝えました。
発表というゴールのない中で、どこで完成したと考えたらいいのでしょう?やればやるだけ、芝居は変化し、深化し、形を変えていきます。
会議があったので少しの時間、席を外しました。
戻った時には、子どもたちは自分たちで稽古を始めていました。
そして、次の日も稽古を続けることになりました。
その日の作文には、こんなことが書かれてありました。
●正直言って悔しい。悲しい。コロナだから仕方ないって言い聞かせている自分がいる。誰も悪くないのに、涙が出てくる。悔しくて、悔しくて、たまらない。もともと100%できるって思っていなかったのに、泣いてしまう。家に帰ってニュースを見て、「もうムリだ」って思ってしまった。泊まりでの修学旅行もバスケットボール大会も水泳記録会もなくなって、ピッコロシアターでの発表会もなくなって、悲しい。(6年生)
●このままあきらめてしまったらもっと悔しくなるので、今の自分たちにできる最低限のことをしたいです。(6年生)
●中止になるかもしれないと覚悟してがんばってきたから、「中止」と聞いても、正直あまりびっくりしませんでした。でも、みんなと話し合って気持ちがこみあげてきて悔しくなりました。これは仕方がないことだし、発表することがゴールではないと思うので、しっかりとけじめをつけて締めくくりたいです。(6年生)
●初めての発表会をとても楽しみにしていたので残念です。いつもやさしく教えてくれた6年生と一緒に発表会に出たかったです。いっぱい教えてくれたのに、思うような芝居ができるようにならない自分が情けないです。(5年生)
●私は演劇をしたいです。どうしてかというと、ここまでみんなでがんばってきたし、6年生は最後だから思い出を残したいです。6年生は、私が3年生で劇を始めた時からやさしくしてくれて、私が泣いちゃった時もフォローしてくれました。(4年生)
卒業を間近に控える6年生にとっては、最後の演劇発表会に対する思いの強さがひしひしと伝わってきました。そして、その思いを十分に感じ取っていた下級生にとっても、「6年生のためにも最後までやりたい」という思いの強さが感じられました。
次の日の稽古もその次の日の稽古も、誰1人欠けることなく参加し、それまでと変わらぬ集中力、否、これまで以上の集中力で芝居に取り組んでいました。みんなでどんどんアイデアを出し合って、役と演技に個性が積み上げられていきます。私には、子どもたちは「1つの芝居をみんなで創る」という過程そのものに価値を見出したように感じられました。
今回の劇「青空喫茶マカベ」は、とある事件をきっかけにコンクールの出場辞退と解散を迫られる高校演劇部を舞台にしたストーリーです。我々が現在置かれている状況と重なります。どんな状況になっても諦めず、「くたばれ正論!」と叫ぶ反骨の主人公が、こんなセリフをぶつけるシーンがあります。
「判ってるよ、簡単じゃねえってことは。だけどな、俺たちにできることは芝居しかねえんだよ。いいじゃねえか、全道大会なんて。出場なんてできなくても、俺たちはただ芝居がしたいンだよ!」
演劇発表会の中止という事態に直面し、現実と芝居の世界が繋がり、演じ手の心情と登場人物の心情とがリンクし、観る者の心に飛び込んできます。この素晴らしい演技を誰にも見せられないのが、本当に残念です。
発表会ができないという状況の中で、どのようなゴールを迎えることになるのか、まだ不透明です。万全の対策を講じた上で、校内でのごくごく小規模な上演会ができればいいのですが、それさえも難しい状況に追い込まれています。緊急事態宣言が発令され再び対応に右往左往している学校現場でそのような行動をとることの風当たりの強さは相当なものです。それでも、新型コロナウイルスの感染状況を見ながらしっかりと対策を講じた上で、覚悟を決めて、子どもたちにとってのよりよいゴールを迎えさせてあげたいと思っています。
どのようなゴールになるにせよ、みんなで一つの劇を創るという過程そのものにかけがえのない意味があるということを気づかせてくれた子どもたちには感謝の気持ちしかありません。このような非常事態だからこそ、どのようにして子どもたちの思いに報いていくのか、私自身の生き方が試されているような気がしてなりません。
山川 和宏(やまかわ かずひろ)
尼崎市公立小学校主幹教諭
演劇ユニットふろんてぃあ主宰
富良野塾15期生。青年海外協力隊平成20年度1次隊(ミクロネシア連邦)。
テレビ番組制作の仕事を経て、小学校教師になりました。以来、子どもたちと演劇を制作し、年に2回ほど発表会を行っています。
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札幌市立高等学校 教諭
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