2025.05.22
  • x
  • facebook
  • はてなブックマーク
  • 印刷

スラム街発、世界で息づく子どもの家―アメリカ現場から見たモンテッソーリ教育

アメリカのモンタナ州ボーズマンという町でモンテッソーリ保育士として働きながら、大学院で学んでいます。
前回はモンタナ州とボーズマンをご紹介しました。
今回は、モンテッソーリについて綴ります。

ボーズマン・モンテッソーリ保育士 城所 麻紀子

「モンテッソーリ教育」と聞いて、どんなイメージを持たれますか?

私は、日本の教育系NPO法人で働いていたとき、日本のオルタナティブ教育としてモンテッソーリを知りました。
そのときは、「とても高級」「幼児教育」という印象しかなく、自分の経験から正直、「幼児教育ってそんなに大事?」という気持ちもありました。
しかし、調べていくうちに共感と興味が深まっていきました。

「モンテッソーリ」とは?~逆境を越える強さと、子どもへの深い慈しみ

「モンテッソーリ」とは、マリア・モンテッソーリさんというイタリア人の女性の苗字に由来します。

彼女は、男子ばかりの技術学校を経て、周りの反対を押し切って医学部に進学し、イタリアの女性初の医師の一人となりました。そして、精神科病院や収容施設、貧困地区で暮らす子どもたちと向き合ってきました。その後、教育者に転身し、1907年にローマのスラム街で、「子どもの家」という、貧困層の子どもたちの施設を開きました。

ご自身も、差別や第二次世界大戦のファシズムなど、時代の逆風にもへこたれず、何度も亡命や迫害を経験しながらも教育活動を続けました。

少しイメージが変わりませんか?

高級イメージの裏側、モンテッソーリ教育の原点

今では、モンテッソーリ教育は、しばしば「高級」や「エリート」と見なされることが多いですが、そもそもは、困難な状況にある子どもたちのために現場で生まれ、発展してきた教育法です。
モンテッソーリさんは、当時のローマのスラム街や精神科病院など、困難な環境にいる子どもたちと向き合い、その可能性を信じて教育活動を続けました。

平和を育む教育の根っこ

モンテッソーリさんの教育理念の根底には、平和教育があります。1936年にモンテッソーリさんがムッソリーニ政権によるモンテッソーリ学校のファシスト青年運動への組み込みを拒否した後、イタリア国内のすべてのモンテッソーリ学校が閉鎖されてしまいました。

彼女は、「教育こそが平和をつくる」と信じ、戦争や暴力を拒み続けました。第二次世界大戦中にインドに亡命中、ガンジーやネルーと出会い、現地の人々の優しさに感銘しました。ノーベル平和賞には3度ノミネートされています。

「子どもの権利と尊厳を守ることが、平和につながる」という考えは、今も世界の教育現場に受け継がれています。実際、ボーズマン・モンテッソーリの教室では、子ども同士のトラブルや衝突が起きた際には暴力ではなく話し合い、また、みんなで協力することがとても大切にされています。

幼児教育だけじゃないモンテッソーリ

さて、モンテッソーリ教育は“幼児教育だけ”と思われがちです。実際にはその先も続く教育法で、アメリカには高校もいくつかあります。たとえば、モンタナ州のビッグスカイ町の「Big Sky Discovery School」では、幼児から高校生が、地域社会やプロジェクト型学習を重視したモンテッソーリ教育を受けています。

こうしたアメリカのモンテッソーリ教育の広がりを知り、私も現場で働いてみたいと思うようになりました。


半信半疑だった私が、保育士に~現場で気づいた仕事の奥深さ

そんな折、ボーズマンの教育系NPOでボランティアをした際、「モンテッソーリの資格がなくても実務経験や意欲次第で採用されることは可能よ」と聞きました。そして紹介でディレクターと面接し、保育士として採用されました。(ちなみに、モンタナ州では、日本のような国家資格「保育士」に相当する公的な資格制度はありません。施設ごとに経験やトレーニングなどの要件はあります。)

「幼児教育って本当に大事なの?」と半信半疑だった私ですが、2歳半から6歳までの30人の子どもたちと、朝から夕方まで毎日過ごすことになりました。その中で、幼少期の経験が、以降の学びや人格に大きな影響を与えそうだ、と感じるようになりました。さらに、大学院の人間発達理論クラスでの学びを通じ、その思いは強まりました。

とにかく嬉しいのが、子どもたちの自主性や探求心が芽生える瞬間を見られることです。幸せとやりがいを感じています。今ではすっかりモンテッソーリ教育のファンで、「私もこういう環境で過ごしていたら、どのように育ってたんだろう?」と想像することもあります。

子どもも大人も、それぞれの場所で自分らしい学びや成長を重ねているのだと思います。皆さんの現場では、どんな“自分らしい学び”や“挑戦”が生まれていますか?
これからも、そんな瞬間を大切にしていきたいですね。

城所 麻紀子(きどころ まきこ)

ボーズマン・モンテッソーリ保育士、元サンディエゴ日本人向け補習校講師、モンタナ州立大学院家族消費者科学科 修士課程


2020年からアメリカのモンタナ州の人口5万人の町で、モンテッソーリ保育園の保育士をしています。
アメリカといっても、白人約90%、アジア人約2%(最近増えました!)という環境です。
あまり日本人の方に知られていない、アメリカの田舎での教育や生活の様子などを共有できたらいいなあと思っています。

同じテーマの執筆者
  • 高橋 英路

    前 山形県立米沢工業高等学校 定時制教諭
    山形県立米沢東高等学校 教諭

  • 笠原 三義

    戸田市立戸田第二小学校 教諭・日本授業UD学会埼玉支部代表

  • 常名 剛司

    静岡大学教育学部附属浜松小学校 教諭

  • 荒木 奈美

    札幌大学地域共創学群日本語・日本文化専攻 教授

  • 笠井 縁

    ユタ日本語補習校 小学部担任

  • 平野 正隆

    東京都品川区立学校

  • 安井 望

    神奈川県公立小学校勤務

  • 山口 小百合

    鹿児島市立小山田小学校 教頭

ご意見・ご要望、お待ちしています!

この記事に対する皆様のご意見、ご要望をお寄せください。今後の記事制作の参考にさせていただきます。(なお個別・個人的なご質問・ご相談等に関してはお受けいたしかねます。)

この記事に関連するおススメ記事

i
pagetop