2025.05.08
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『心を育てる英語授業、はじめました:英語教師たちの挑戦と実践』

総勢28人によるアドバイスと体験集。
大阪教育大学の加賀田哲也教授より本書をいただきました。
自分の学びとして振り返るためにもレビューを書きます。
新年度、英語科や外国語科だけではなく他教科での授業づくりへのヒントになれば幸いです。
「英語」や「外国語」の部分を皆さんの関係のある教科に変えて読んでいただくと、どのような印象をもたれるのか非常に楽しみです。

西宮市教育委員会 勤務 羽渕 弘毅

「人間性を育む教育を、英語の授業でもあきらめない」

「人間性を育む教育を、英語の授業でもあきらめない」ということが本書のキーフレーズとなっています。
「英語力を伸ばしながら、同時に人間的な成長をうながす授業をしたい」
皆さんもこんなことを考えながら授業をしているのではないでしょうか?

言葉にするのは簡単ですが、それを実現することは難しいです。
そもそも人間的な成長とは? 心を育てるとは? 何か教育哲学的な話になりそうです。
教科を通して人を育てることは、昔から言われてきたことかもしれませんが、その具体については個人に任され、職員室の話題になることは少ないです。

それはなぜかと言うと、「人を育てることは学校教育の当たり前」だからです。その当たり前について、授業改革に挑んだ指導者たちが原則や方法論について、事例をもとに解説されています。
似たようなフレーズで「教科書を教えるのではなく、教科書で教えるのだ」というものがあります。教科書を使って、英語を通して目指すべきものは何かについてあらためて考えさせられる一冊です。

悪戦苦闘しながら、試行錯誤を繰り返しながら、つくりあげてきた指導実践が紹介されています。目の前の児童生徒を思い浮かべながら、自分の授業実践を振り返るのがオススメです。

「心だけではなく、英語力を伸ばす」

どうしても「心」というワードを聞くと、そればかりに関心がいき、教科を通して児童生徒につけさせるべき教科の力が曖昧になっていく危険性があります。
本書では英語でどのような力をつけさせたいかを明確にしつつ、心を育てる実践に取り組まれていることが印象的でした。

学校においては、授業でこそ学べる他者との関係性におけるコミュニケーションや「英語を通しての私」に気づけるような授業がしたいと感じました。学校教育における英語や外国語の学習は、単に言語を習得するだけでなく、異なる文化や価値観に触れる機会を教室内で得ることができます。自分が「当たり前」と思っていることが、実は他者の文化や価値観では異なるという認識をもつことは、心の成長につながるはずです。このような気づきが、学びの楽しさや深さを感じさせ、心を豊かにしていくのではないでしょうか。

五行詩をつくる

自己肯定感を高める授業として、加賀田先生の五行詩の実践が紹介されています。
「学校教育においては、すべての教育活動を通して、児童・生徒の自己肯定感を高めることを意識した授業づくりがきわめて重要である」(p.156)
とあります。
発達段階や学習段階に関わらず、英語を使って自分の存在や価値を表現することができる五行詩の活動はクラス開きには有効であると感じました。
仲間の存在をありのまま受け止めるという受容的な雰囲気をつくることは授業づくりの肝となる部分です。特に外国語学習という、間違うことを前提とした授業では「雰囲気づくり」は重要な部分です。

小学校では、憧れの人を紹介する単元が多くの教科書で見られます。英語での五行詩を通して、自分の憧れの人として他クラスの仲間を紹介する活動にも使えるはずです。
私の実践としては、平和学習で学んだことを五行詩として英語でまとめたり表現したりして、台湾の小学生に伝えるという活動をしました。この活動を通じて、自分の価値観を大切にしながら、相手の価値観も認める姿が見られました。そういった経験を通して、Peace(平和)について日本語だけではなく英語で考えるきっかけとなりました。この活動の詳細については、今後どこかで紹介できればと思います。

気になるポイント

本書では、スモールトークについて多くの方が言及されています。小学校の外国語教育においては、スモールトークの重要性や魅力ある実践について度々述べられてきました。
しかし最近では、その「スモールトーク熱」はやや下火になっているような気がします。

スモールトークの重要性については私自身が身をもって感じています。普段、日本語なら話さない話題についてあえて英語を使って話すことで「英語を通しての自分」を認識できるようになってきます。その経験が相手のことを受容するだけではなく、ありのままの自分でいいという自己肯定感につながると考えています。
英語力を伸ばすためにも、スモールトーク(以前の連載で触れた「こまっトーク」)を軸に授業を展開しています。本書で述べられているスモールトークの部分を現場の先生方が読まれて、どういうふうに感じるかは興味があります。

これからの課題

本書から読み取れた今後の課題としては以下のようなことが考えられます。

①現場の理解
②評価について

①「現場の理解」については、「心を育てる」というフレーズが一人歩きしないかが気になる点です。本書にある実践は冒頭にも述べましたが、「悪戦苦闘」「試行錯誤」を繰り返した記録が残されています。共通理解をもとに実践を改善していくことが必要となります。「心を育てる」という綺麗な言葉に惑わされず、(児童生徒も含めて)指導者は心の中で悪戦苦闘していかなければならないでしょう。

②「評価について」についてはさまざまな角度から言及されています。「減点方式ではなく、加点方式である」ことが強調されているので、こういった理解についても整理する必要があります。ただ、評価者間で差が生じないことがベストですが、一定の「ぶれ」や「ゆらぎ」が生じると私個人としては感じています。それらをどこまで許容するのかは、本書に限らず教育における全体的な課題としてとらえるべきでしょう。

ここからは自戒の念を込めてですが、「評価は~でないといけない!」という「がんじがらめ」の風潮があります。
評価は学習者の学習改善や指導者の指導改善のためという点を改めて確認しつつ、もっとフリーなものになるはずであるということを今後広めていきたいですね。

最後に

これだけの実践を集めて編集することは非常に大変であったと想像できます。
本書での学びを現場に還元し、英語力を伸ばしつつ児童生徒の心を伸ばせるような実践をしていきたいです。

羽渕 弘毅(はぶち こうき)

西宮市教育委員会 勤務
専門は英語教育学、学習評価、ICT活用。高等学校や小学校での勤務経験を経て、現職。これまで文部科学省指定の英語教育強化地域拠点事業での公開授業や全国での実践・研究発表を行っている。働きながらの大学院生活(関西大学大学院外国語教育学研究科博士課程前期)を終え、「これからの教育の在り方」を探求中。自称、教育界きってのオリックスファン。

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