2018.02.27
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スキルトレーニングの極意(NO.20 「作戦ゴリラのこと」)

特定非営利活動法人TISEC 理事 荒畑 美貴子

 ソーシャルスキルを高めるためのコツのひとつに、特別支援学校に勤務されている川上康則先生が考案された「作戦ゴリラ」があります。この実践については、授業実践リポートでも紹介させていただきました。また、平成30年度から使用される光村図書出版の道徳教科書、2年生版の中でも紹介させていただいています。今回は、この「作戦ゴリラ」の意味するところを、一緒に考えてみたいと思います。

 まず、「作戦ゴリラ」というのは何かと申しますと、謝罪するときのコツです。「ゴ」は、「ごめんね」、「リ」は「理由を説明すること」、「ラ」は「ラッキーな提案」を意味します。単純な例として、子どもが相手の悪口を言ったことにより喧嘩になった場合を考えてみましょう。作戦ゴリラを使って謝罪すると、「ごめんね。僕が使おうと思っていたボールを君が先に取ってしまったから、悔しくなって悪口を言ってしまったんだよ。これからも仲よくしたいので、家に帰ったら遊ぼうよ」といったセリフを考えることができます。しかし、これは大人の私が思い浮かべたものなので、実際にはこんな教科書の文言のようにはならないでしょう。そうであっても、作戦ゴリラを使って謝罪することには意味があると思い、私はそれを多くの子どもたちに伝えてきました。

 ところが、この明快だと思われるコツに対して様々なご意見をいただいたり、考えさせられたりすることがありました。そのひとつは、「ごめんね」というのは、謝罪の際に使われるばかりではなく、「クッション言葉」という役割があると教えていただいたことです。

 「クッション言葉」を調べてみると、ビジネスシーンでのマナーに使われることがわかります。唐突に話しかけるのではなくて、前置きをするとか、言葉をかけるとかといった役割を果たすものです。上述した子どもの例でいうと、「ごめんね」というのは相手の心をノックするために使ってもいいということがわかります。喧嘩が起きてしまったときに、「君が先に謝れば、自分も謝る」と主張し続ける場面に遭遇することがありますが、「ごめんね」を「負けを認める言葉」と考えるのではなく、「相手との会話のきっかけ」と捉えることも大切なのだろうと思います。

 別の例ですが、私は保護者の方が連絡をくれたときに、「ご心配をおかけして申しわけありません」と表現することが度々あります。「私が悪かった」という意味ではなく、「心配をかけたことに対するいたわり」を意味して「申し訳ない」という表現を使うのです。しかし、謝罪することを慎重に考えたすぎたり、嫌ったりする人もいます。「謝罪することは負け」のような風潮を感じるとき、私はとても残念だと思います。

 次に、「理由の説明」に関することです。最近の子ども達は、どういうことが理由になっているのかを思いつかないのではないかと感じることがあります。これは、経験が不足していたり、相手の状況をイメージしたりできないことが原因ではないかと思います。また、親が説明することに重きを置かないということも、背景にあるかもしれません。

 古い話ですが、私が子どものころは、「『でも』や『だって』を使ってはいけない」とか、「言い訳をしてはいけない」といった躾をされたものです。その流れは学生時代になっても続き、私は説明することの大切さを学ばずに成長しました。しかし、「言い訳」ではなく「説明すること」は、とても大切なのです。誰にでも間違えることも失敗することもあります。そのときに説明してわかってもらうことは、言い訳をして逃れることや、人のせいにすることではないのです。「説明する力」の低下が親世代に広がり、ひいては今の子ども達にも伝播していると感じるのは私だけではないと思います。

 最後に、「ラッキーな提案」に関することです。「ラッキー」な気持ちになるのは、自分と相手の両者であることが伝わりにくいと感じています。前述したことと重なりますが、相手がラッキーと思うような提案をするためには、相手の気持ちや立場を想像する必要があるのに、それができない子どもが増えているからだと思います。「もし自分だったら」と置き換えて考える習慣がないと、なかなか相手の気持ちをイメージすることはできません。私は日常の中に、相手を思うことを学ぶ機会がなくなってきているのではないかと危惧しています。


 このような中で、人と人とが円滑に関わっていくためには、どのようなことが大切なのでしょうか。それは、やってみることであり、続けていくことであると思います。失敗したらやり方を変えてみる、上手くいったならまたやってみる。意識的に繰り返し練習していけば、必ず上手になっていくのです。

 ところで、この「作戦ゴリラ」は、謝罪や問題解決の場面にだけ適用されるわけではありません。何かを頼むときや、感謝を伝えるときなどに応用することが可能です。「クッション言葉で話しかけ、相手の気持ちをほぐす」、「説明をする」、「互いにラッキーな提案をする」。この三段階を意識して話すようにすると、多くの場面で人間関係をよりよいものにしていくことができると思います。

 大人が手本を示し、子どもたちにコツを伝えていくことができるように、私自身も磨きをかけていこうと思っています。

荒畑 美貴子(あらはた みきこ)

特定非営利活動法人TISEC 理事
NPO法人を立ち上げ、若手教師の育成と、発達障害などを抱えている子どもたちの支援を行っています。http://www.tisec-yunagi.com

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