2017.12.21
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スキルトレーニングの極意(NO.16「表情で伝えることの大切さ」)

特定非営利活動法人TISEC 理事 荒畑 美貴子

 今年もあと十日で終わりです。月日が過ぎるのは早いと、毎年のように思います。寒さも厳しくなり、本格的な冬がやってきました。今年の終わりに、私たちが人コミュニケーションをとるのは、音声言語だけではないのだと考えさせられた、手話での体験をお伝えしたいと思います。

 私たちの多くは、言葉で話せばどんなことでも相手に通じると思い込んで生活をしています。音声というのは、とても多くのことを相手に伝えることができるからです。ですから、相手が聞いているかどうか、その気持ちを受け止めているかどうかを判断することなく、言葉を過信しているところがあるかもしれません。

 聾者の方たちは、音声で伝えることはできません。でも、手話によってとても多くのことを伝え合っています。その様子を見て聴力のある者は、聞こえないことを不自由だと決めつけてしまいがちですが、聾者の方たちには固有の文化があり、不自由さだけが横たわっているわけではないのだということが、私にもわかるようになってきました。

 
 ところで、日本で使われている手話には、「日本語対応手話」と「日本手話」の二通りがあります。日本語対応手話は、音声で話している言葉をそのまま手話で表現するものです。一方、日本手話というのは、生まれつき耳が聞こえない方が用いてきた手話で、独自の表現方法を用います。

 私の教員時代には、子どもたちともっぱら日本語対応手話を教わりました。そして、極端な言い方をすれば、五十音の文字を指で表現すれば耳の不自由な方とも話ができると思っていました。もちろん、そんなやり方で会話をすることはできませんし、日本語対応手話がそのようなものであるという意味ではありません。ただ、日頃話している通りに手話で表現する日本語対応手話は、私にとってはとっつきやすいものでした。

 しかし、聾者の文化の中で手話を使ってきた人たちにとって、日本語対応手話は通じにくいのだそうです。4月に手話を教わり始めたときにも、「英語を学ぶように、日本手話を学んでください」と念を押されました。言葉の順序や表現方法が違うのだから、幼い子どもが言葉を覚えるように手話を覚えてほしいと言われたのです。では、この両者はどこがどのように異なるのでしょうか。

 日本手話は、手や指、腕を使う手指動作だけでなく、顔の部位(視線、眉、頬、口、舌、首の傾き・振り、あごの引き・出しなど)が重要な文法要素となっているそうです。つまり、表情や仕草は付け足しではなく、言語の一部になっているというのです。それによって、短い表現でも多くのことが伝わるのです。日本語対応手話に表情が不要だといっているのではなく、文化のひとつとして非言語のツールが重要視されているということです。

 例えば、「火事です。避難してください」と伝えるときに、その文章を手話で表現しただけでは不十分だそうです。表情に切迫感が出ないと、聾者の方は「のんびり避難してもいいんだな」と捉えてしまう危険性があるからです。火事が起きて緊急のサイレンが鳴っても、聾者には聞こえません。緊迫感を周囲の音から受け取ることができないので、表情で伝えることはとても大切なのです。最近話題になっているJアラート(全国瞬時警報システム)も聞こえないので、もし緊急な情報が入った時には、授業の途中でも教えてほしいと先生から言われています。周囲に耳の不自由な方がいらっしゃるときには、表情を交えて伝えてほしいと思います。


 さて、表情というのは緊急性を伝えるだけでなく、感情を伝える役目も担っています。音声であれば、声の表現で感情も一緒に伝わります。でも、手話の手の動きだけだと、感情を伝えることは難しいのです。それは、メールやSNSのコメントなどの、文字だけのコミュニケーションの際と同様です。それらに顔文字やスタンプが活用されているのは、感情表現を補うためだといわれるのも納得です。

 また、「目は口ほどに物を言う」ということわざがあるように、目は言葉以上に喜怒哀楽を伝えるものです。音声に頼るだけではなく、表情を意識し感情を上手く伝える努力をすることも、相手との関係性をよくする秘訣かもしれません。

 また、何か困ったことがあったとき、逆に嬉しいことがあったときに、私たちは状況を言葉で伝え、それを理解してもらいたいと思っています。でも、たとえ状況が伝えられない場合であっても、共感してもらえれば嬉しいと思うことがあるのではないでしょうか。表情で感情を上手に伝え、それを共感することを大事にしていきたいと思います。

 

 

荒畑 美貴子(あらはた みきこ)

特定非営利活動法人TISEC 理事
NPO法人を立ち上げ、若手教師の育成と、発達障害などを抱えている子どもたちの支援を行っています。http://www.tisec-yunagi.com

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