前回は、勇気をもって表現する力を育てるために、大人が手本となって模倣させていくことや、道徳的価値観を培うことによって倫理的に正しい表現を身につけさせていくことが大切であるという話をしました。今回は、表現するために用いる言葉が、相手と共通のものになっていなければならないという話をしたいと思います。日本語を話しているんだから、通じるのは当たり前だと思うのは早計です。言葉は模倣を通して学んでいくものですが、だからといって必ずしも共通の意味をもっているとは限らないのです。
極端な例ですが、漫画を読んでみてください。ユミさんは、普段から自分らしい表現をしている小学4年生の設定です。このくらいの年頃になると、ちょっと大人びた表現を使いたくなってきます。しかし、よく意味もわからないで使ってしまうという場面を描いでもらいました。
これに似た場面は、普段でもよくあることではないでしょうか。幼い子どもは不快な感情を泣いて訴えるとき、悲しいのか苦しいのか痛いのかということが通じにくいものです。ですから、泣き止んで落ち着いたときに、その感情をどのような言葉で表現するとよいのかを教えていくことが大切です。例えば、転んで手足が痛いだろうと思うときには、「痛かったから泣いたんだね」とか、「転んでしまって悔しかったんだね」といった表現を伝えてやるのです。そうすることによって、共通の感情表現を覚えていくのです。
その際のポイントは、子どもの感情に共感をもつこと、たとえネガティブな感情であっても安全だということを知らせることです。自分にも痛いという経験があった、でもそれは危険なことではない、みんな同じような経験をしながらいきているのだということを、伝えていってほしいと思います。
また、言葉のもつ温度や感触にも気付かせていけると、更にいいと思います。「あったか言葉」や「ふわふわ言葉」という表現があります。「ありがとう」と言われたときと、「うざい!」と言われたときでは、心の温度に差ができると思いませんか。また、ふわっとした心になったり、トゲトゲした気持ちになったりもします。感触も異なるのではないでしょうか。
しかし、言葉のもつ温度や感触には、個人差があることも覚えておいてください。例えば、お兄ちゃんが数人いて普段から揉まれている子どもと、女の子の中だけで育っている子どもの受け取り方には、大きな違いが見られます。前者であるならば、乱暴な表現であっても気にしないことが多いものですが、後者であると些細な表現にも傷つきやすい傾向があります。兄弟関係における経験もさることながら、個性によっても違いが出てくることもあります。どちらがいいとか悪いといったことではなくて、受け取り方には個人差があるのです。
もし、関わりの中で自分が相手の言葉に嫌悪感をもったときや、相手が意図してなくてもそういった言葉を使っているらしいと感じたときには、思いを相手に伝える勇気も必要です。その際、「そういう言い方をされると、私、傷つくのよね!」と返してしまうと、相手はびっくりしてしまでしょう。「その言葉の意味がよくわからないんだけど、もう一度言ってもらえますか?」のように質問すれば、相手は丁寧に答えてくれるかもしれません。それは漫画の中で、お兄ちゃんがユミさんに伝えているやり方です。
余談ですが、私と母が話をしているときに、側にいた父は、「何を話しているのかついていけない」とよく言っていました。親しい者同士の会話は、とかく言葉を省きがちです。経験の土台が異なる相手との会話では、丁寧な表現をすることが求められるということも忘れないでいてください。
荒畑 美貴子(あらはた みきこ)
特定非営利活動法人TISEC 理事
NPO法人を立ち上げ、若手教師の育成と、発達障害などを抱えている子どもたちの支援を行っています。http://www.tisec-yunagi.com
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