2017.10.16
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スキルトレーニングの極意(NO.12「ソーシャルスキルの黄金律」)

特定非営利活動法人TISEC 理事 荒畑 美貴子

 10月に入り、今年度も後半戦となりました。今年も残すところ二ヶ月余りかと思うと、毎年のことながら時の流れのはやさを感じます。

 さて、前回は旅の思い出から、自分らしい表現をされている友達について書きました。「自分らしく生きる」と言葉にすることは簡単ですが、「自分らしさを知る」ことはとても難しいことだと思っています。もちろん、食べ物の嗜好や、洋服のセンス、趣味などについては、自分らしさをつかみやすいかもしれません。しかし、自分の個性、気質、相応しい仕事、やりがいや生きがいとなると、成長や年齢と共に変化していきます。ですから、自覚することが簡単とは言えないと思うのです。自分の近くにいる家族や友達の方が、個性を理解していてくれているのではないかと思うこともあります。

 でも、人と関わるときには自分らしさを表現し、相手のことも尊重することが最も大切だといわれています。自分らしさが明確にわからなくても、試行錯誤しながら表現していくしかないのです。天邪鬼のような表現を慎み、素直な自分を出していくことを心がけるのが、最もよい方法なのかもしれません。そして、心を開いて相手と向き合うことが、関係をよくしていく早道だといえるでしょう。

 
 とはいえ、人間関係をよくするための、もっとわかりやすい法則はないのかと質問されることがあります。確かに、ソーシャルスキルに関する本などを読んでいると、「黄金律」とか「黄金のルール」といった表現に出会うことがあります。ひとつのルールさえ知っていれば、人間関係に悩まなくなるのであれば、そんなにいいことはありません。実際はそんな魔法のようなことはないと思うのですが、今回は「黄金律」とは何なのかを探ってみたいと思います。

 まず、「黄金律」を調べてみると、「他人にしてもらいたいと思うような行為をせよ」という内容の倫理学に関する言葉だということがわかりました。それをソーシャルスキルに置き換えると、「相手がやってほしいと思うことを、してあげる」となります。様々な書籍の中でも、同様の表現で説明されています。実は私も、最初のうちはこのルールがとても素晴らしいものだと思いました。しかし、人との関わり方を観察したり、経験を重ねたりしていくうちに、ちょっと違うのではないかと思うようになりました。


 あるとき、仕事の関係者に電話を入れました。すると、「こちらから折り返しますので、電話をお切りになってお待ちください」と言われました。こういった対応は多くの会社が行なっているでしょうし、相手の電話料金に気を遣ってくれているのだということはよくわかります。でも、折り返しの電話がいいと思うかどうかは、個人の事情によって異なるのではないでしょうか。私はとても急いでいるときや、電話を受けたくないタイミングでそのように言われて、ちょっと困ったことがありました。それで、折り返してもらいたくないこともあるので、私の都合を聞いてもらえないかと申し入れをしました。以来、そのように対応してもらっているので、とても助かります。

 実は、この申し入れをするときにはとても悩みました。相手が好意で言ってくれていることを断るのは、大人であっても勇気が要ることだからです。大人ですら悩んだり、勇気を振り絞ったりしなければ伝えられないのですから、子どもであったなら相手の好意を断ることは、想像以上にハードルが高いだろうと思いました。


 ここで、皆さんにも考えてみていただきたいのですが、「自分がしてほしいと思うこと」は、本当に「相手のしてほしいこと」なのでしょうか。私は恋愛の話には詳しい方ではありませんが、自分のしてほしいことだからと考え、相手に数分おきにメッセージを送ったとしたら、きっと関係は上手くいかないでしょう。こういった例を出すまでもなく、自分がしてほしいと思うことを押し付けることは、決して相手の気持ちを尊重しているとは言えないのです。

ですから、「自分が自分の気持ちを尊重してほしいと思うのと同様に、相手も自分の気持ちを大切にしてほしいと思っている。そのために何をすればいいのかを、よく考えよう。考えてもわからないときには相手に質問をして、できることには応じよう」というのが、私の考える黄金律になるのです。「相手がやってほしいと思うことを、してあげる」という言葉の裏には、このような仕組みがあることも、理解していなければならないと思います。もっと簡単に表現するならば、「自分にもいい、相手にもいい」という、これまでにも何度かご紹介した標語が、黄金律といえるのだと思います。


 ただ、幼い子どもにこのような表現で黄金律を伝えようと思ったら、とてもややこしい話になってしまいます。「自分にもいい、相手にもいい」というのは、とても抽象的な表現だからです。ですから、小学生の3〜4年生くらいまでは、「自分がやられて嫌なことは、相手にもしない」という表現で伝えた方がいいと思っています。一見すると、これは消極的な表現かもしれませんし、自信がないからだと批判を受けるかもしれません。そうであっても、このルールを守っていれば、喧嘩にまで発展することは確実に少なくなります。

 悪口を言われたくないから言わない、暴力を振るわれるのは嫌だから相手を叩かないというルールは、幼い子どもにも通じます。喧嘩の仲裁に入ったときにも、「君がA君に意地悪をしたと同じことを、他の人からやられたらどう思う?」と聞くと、たいていは自分が間違っていたことに気付くことができます。そうやって人との関わりに慣れ、技能を磨いていった先に、「自分が気持ちや身体を尊重されることを望むように、相手にも同様な対応をしよう」ということが、黄金律として確立するのではないでしょうか。

 

荒畑 美貴子(あらはた みきこ)

特定非営利活動法人TISEC 理事
NPO法人を立ち上げ、若手教師の育成と、発達障害などを抱えている子どもたちの支援を行っています。http://www.tisec-yunagi.com

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