2017.06.23
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スキルトレーニングの極意(NO.5 「見る力を生かしてスキルを高める」)

特定非営利活動法人TISEC 理事 荒畑 美貴子

 梅雨だというのに熱い日が続いたり、そうかと思うと気温が下がったりと、体調を整えるのが難しい毎日です。本格的な夏を迎えるまでのひと月、身体をいたわりながら、夏休み前の仕事を乗り切っていきたいと思います。

 前回は、人と関わるためには自分の感情を表現したり、相手の感情を尊重したりすることが大切ではあるものの、まずは感情を言葉で表すことができるように子どもを育てていく必要があることをお話ししました。そして、終わりの部分で、「そうは言っても」という話を付け加えさせていただきました。自閉スペクトラム症の青年から、「相手の気持ちは理解できないけれど、自分の不都合を避けるために謝り方を覚えた」という話を聞いたからです。

 最近、発達障害のある子どもたちへの理解は深まりつつあり、社会での受け皿も大きくなってきています。しかし、「相手の気持ちを理解できて当たり前」といった考え方が変わったわけではありません。もちろん、相手を尊重することは最も大切にされるべきことですが、「相手も同じようにできる」と思い込んだり、無理に要求したりすることは憂慮されるべきものだと思います。それは、発達障害の有無に関わらず、誰であっても相手の気持ちを想像することを学ぶことがなければ、簡単にはできないことだからです。ですから、子育てをする際には、自分の感情を言葉にすること、相手の感情に共感できるように言葉をかけることなどを、意識的に行ってほしいと思います。

 
 さて、今回は、感情を表現することが苦手であっても、型から入ることも大切だという例を、さらに詳しくお話ししていこうと思います。

 ずいぶん前のことになりますが、ファストフード店が各地に広がり始めたころは、店員さんがマニュアル通りに話すことに違和感をもつ方も多く、言葉の表現力が低下したのではないかと話題になりました。しかし、マニュアルが悪いとばかりは言い切れません。マニュアル通りにお客さんに接することができれば、企業としては一定のサービスを提供することができるようになるからです。

 知人がバレンタインチョコレート販売のアルバイトをしていたときに、「商品の陳列の仕方も、お客さんへの言葉のかけ方も、全てマニュアル通りで息苦しかった。仕事への意欲が低下した。もっと自分たちに任せてほしかった」という感想を寄せてくれました。確かにそういったところはあるでしょうが、一度に多くのアルバイトを雇う側とすれば、マニュアル通りが安全だと考えても当然です。

 このような例を挙げるまでもなく、私たちは人と関わるときに、一定のマニュアルを活用しています。挨拶の仕方ひとつとっても、笑顔でお辞儀をするといった仕草を覚えて行っているのです。ですから、子ども達がソーシャルスキルを学ぶ第一歩は、「型から入ること」だといってもよいのだと思います。なぜなら、相手の気持ちを想像できるようになるためには、自分自身が様々な感情を体験したり、読書などを通して擬似体験をしたり、大人から話を聞いたりすることによって、心を育つのを待たねばならないからです。

 また、「型から入ること」は、幼い子どもにとって、最もふさわしい学び方でもあります。就学前の子どもたちは、模倣する力が特に強いといわれているからです。大人の言動をよく観察し、それを真似て覚えようとする時期なのです。その力を最大限に活用するために、子どもと関わる大人が、子どもの良い手本になるように振る舞う必要があると思います。


 話は変わりますが、私はこの4月から手話の勉強に通い始めました。手話と本格的に向き合う前は、手の動きさえ覚えさえすれば相手に伝わると思っていました。ところが、学んでいくうちに手話文化の奥の深さに驚かされることが多く、嬉しい悲鳴を上げています。

 聾者と会話するには、音声が通用しないので、まず表情を豊かにしなければなりません。嬉しいときには笑顔で、嫌なことを話すときには顔をしかめることが何よりも大切なのです。質問のときにも、「なに?」という疑問の気持ちを表情で表さなければなりません。そして、相手はその表情をよく見ることが重要なのです。何を言おうとしているのかを想像しながら見ることも必要だと思います。

 音声言語を使っている私たちは、言葉だけで気持ちが通じたと思いがちです。しかし、子どもが学校で辛い思いをしてきたときに、その表情を見ることなしに話しかけ、本人も明るい声で応じたとすれば、そこには気持ちを想像する隙はなくなってしまのです。声の調子だけで気持ちを受け止められると思い込むのは間違いです。子どもたちが大人を真似て学ぶときに見る力を使うように、私たちも子どもたちの表情をしっかりと見て、話を聞くことを忘れないようにしたいと思います。


 子どもたちが大人を手本にしてソーシャルスキルを覚える時期だからといって、周囲にいる大人がいつも模範生のような言動で暮らすことは不可能です。でも、子どもが見ていることを意識して振る舞おうと努力することで、自分の気持ちをコントロールしたり、丁寧な対応を心がけたりすることができるようになるかもしれません。また、相手を見ることは、相手を思いやることの初めの一歩です。型を覚えさせながら、見ることを通して心を想像できる力も育てていきたいと思います。

荒畑 美貴子(あらはた みきこ)

特定非営利活動法人TISEC 理事
NPO法人を立ち上げ、若手教師の育成と、発達障害などを抱えている子どもたちの支援を行っています。http://www.tisec-yunagi.com

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