ゴールデンウィークが終わり、夏らしい季節がやってきました。私は福島の生まれなので盆地の厳しい暑さを知っていますが、東北の暑さは短く朝夕の涼しくなるのも早いのです。しかし、都会では空調の排気による暑さも加わり、長い期間に渡って暑さが続くので、夏は苦手です。衣服やエアコンを上手に調節して、蒸し暑い時期を乗り切っていきたいと思っています。
さて、前回は、ソーシャルスキルというのは、単にマニュアル通りに振る舞うことを覚えるのではなく、様々な知識や技能を身につけ、場に応じたスキルを生み出す力をつけていく必要があるというお話をしました。来年度改訂される学習指導要領においても、基礎的・基本的なことは教えて、それを基に考えさせることの重要性が強調されています。まずは、土台となる内容をきちんと理解し、それぞれの場面ではどのような振る舞いがよりよいのかを、考えていくことが大切です。
今回は、基本となる考え方を探るために、ソーシャルスキルとコミュニケーションスキルを比較しながら話を進めたいと思います。私はこれら二つのスキルの違いを知人に問われてから、再度専門書を読み直したり、人の様子を観察して考えを深めたりしてみました。これからお話しする内容は、今の段階での私なりの結論ですので、そこをご承知の上で読んでいただければ幸いです。また、この両者は、世界保健機関(WHO)がライフスキルとして挙げたものに含まれています。ソーシャルスキルは「対人関係の構築と維持能力」を獲得するためのひとつの有効な手法ですが、もちろんこれ以外の手法もあります。また、今回ご紹介する「アサーション」という考え方も、コミュニケーションスキルの考え方のひとつであり、それもライフスキルの中の、「効果的なコミュニケーション能力」の向上に関連していると捉えています。
では早速、ソーシャルスキルとコミュニケーションスキルを比較してみましょう。私は、両者の土台となるところは、似通っていて共通しているところが多いと思っています。どちらも、人と上手く関わろうとするためのスキルですから、当然といえば当然です。最初に、共通する考え方を探ってみたいと思います。
まず、人と関わるときには、自分の感情を表現し、それを相手に誤解を生まないように伝えることが大切です。一生懸命に努力して表現したとしても、ときとして相手が受け止められないときもありますから、自分の思った通りの展開にならないことがあると思います。そうであっても、自分の今の気持ちや考えを丁寧に伝えることが大事なのです。それは、関わろうとする相手と、よりよい関係を作っていこう、信頼関係を築いていこうとする思いの表われでもあります。そして、自分の気持ちも大切にしつつ、相手の気持ちを尊重して、「自分にもいい、相手にもいい」、Win-Winな関係を作っていくことを目的としています。
自分の気持ちを表現していくためには、音声言語以外での表現がポイントになります。例えば、服装や髪型、視線や表情、身体の動きや仕草、相手との距離の取り方などです。相手との距離というのは、互いの身体の距離感はもちろんのこと、心の距離感をどのくらいにすべきかを考える必要があります。そして、最も気をつけるべきポイントが姿勢や態度です。目で見て美しい姿勢であることも大切ですが、相手に対して誠実に向き合おうとする心は、姿勢や態度に表われるからです。
これらのことを、もう一度まとめてみます。ソーシャルスキルとコミュニケーションスキルの土台は共通する部分がとても多いことがおわかりいただけると思います。
① 相手と信頼関係を築こう、よりよい関係を保とうとする気持ちがある。
② そのために、相手の気持ちも尊重しつつ、自分の感情や考えを表現する。
③ 「自分にもいい、相手にもいい」、Win-Winな関係作りを目的としている
④ 非言語的な表現の要素がポイントとなる。
服装や髪型、視線や表情、身体の動きや仕草、相手との距離、姿勢や態度など
では次に、違いはどこにあるかを考えてみましょう。まず、ソーシャルスキルは、社会生活を送る上での振る舞い型全般に関わる技能なので、目の前に相手がいない場合であっても、そのスキルが問われます。例えば、バス旅行の集合時間には遅れないとか、図書館では大声を出さないとか、当たり前のような習慣が身についているかどうかが、相手と向き合うときの姿勢や態度となって表われるのです。また、部屋に入るときに、後ろを振り返って誰もいないことを確かめてからドアを閉めるといった仕草は、周囲の人に好印象を与えます。誰かがコップを割ったことに気付いたら、すぐに掃除用具を持っていくというような気の利かせ方も、ソーシャルスキルのひとつといっていいでしょう。このようなスキルを身につけていても、特定の人との関わりには直接関係しないかもしれませんが、社会が円滑に、穏やかな空気感で動いていくことに大きく寄与しているのです。
一方、コミュニケーションスキルは、さらに踏み込んで、言語表現に関わる技能です。例えば、誰かに謝ろうと思ったときに、どのような言葉を発するかを考えてみてください。「ごめんね」というだけでも通じるかもしれません。でも、「昨日はごめんね。急用ができて出かけたのに、携帯電話を忘れてしまって連絡できなかったの。帰ってきたのも遅かったので、謝るのが今になってしまって、本当にごめんなさい」という表現もできます。人それぞれ、千差万別な表現があることは、説明するまでもありません。
それから、言葉の表現には、ある傾向があるものです。いつも攻撃的に物を言う人を一人や二人、思い浮かべることができると思います。高圧的に上から物を言うことが、癖になっているのかもしれません。一方で、どんなに働きかけても反応の薄いタイプの人もいます。自分の感情を口にすると、面倒なことに巻き込まれるという不安感や緊張感があるのかもしれません。何を考えているのかわからないと、相手に思われてしまいがちなタイプです。でも、この両者のような表現では、自分や相手の気持ちを大切にしているとは言い切れません。相手の気持ちも尊重しつつ、自分の感情や考えを主張することも可能なのです。それをアサーションと呼びます。アサーティブな関係を築くためには、自分の感情や考えていることを、上手く表現する能力も必要となってきます。
ソーシャルスキルもコミュニケーションスキルも、対人関係を構築して、それを円滑に維持していくための有効な技能であることはおわかりいただけたと思います。しかし、言語の獲得や表現力の向上は、一朝一夕でできることではありません。学校教育の中において、様々な教科や場面を通して、磨いていく必要があるのです。
荒畑 美貴子(あらはた みきこ)
特定非営利活動法人TISEC 理事
NPO法人を立ち上げ、若手教師の育成と、発達障害などを抱えている子どもたちの支援を行っています。http://www.tisec-yunagi.com
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