2017.07.27
  • twitter
  • facebook
  • はてなブックマーク
  • 印刷

スキルトレーニングの極意(NO.7「音楽の授業を通してスキルを高める」)

特定非営利活動法人TISEC 理事 荒畑 美貴子

 今年の関東地方は、梅雨とはいえ雨の日が少なく、梅雨明け前から暑い日が続いています。一方、大雨の被害は各地に広がっており、自然の力に驚くばかりです。一刻も早い復旧をお祈りいたします。

 
 さて、前回は子どもたちの中に聞く力や、相手のテンポに合わせる力を、幼いころから遊びを通して身につけさせたいという話をしました。また、若手の音楽教師に「音楽の授業でやるべきことは、歌を歌ったり演奏したり、あるいは鑑賞曲を聴くことだけではなく、注意深く聴く力や拍を感じる力を伸ばすことも大事だ」というアドバイスをしたという話もしました。スキルトレーニングと音楽教育は無関係のように感じられるかもしれませんが、どんな学びであっても人との関わりに生かされるのだなと思います。

 私たち大人は、子どもが小学校に入学するころには、見る力も聞く力も、相手を思う心も完成に近づいてきているように錯覚しがちです。もちろん、家庭で教育され、幼稚園や保育園などで培ってきているのですから、何もできていないということではありません。しかし、こういった目に見えない力は、大人になっても学び続けなければならないものです。まして小学生であるならば、すべての関わりの機会を通して、学んでいかなければなりません。

 そのような考えから、今回も音楽と人付き合いの関わりについて、前回の続きをお話ししたいと思います。今回のテーマは、「一緒にやる力を育てる」ということです。「一緒にやる」というのは、協働とかチームワークと言い換えることができます。私たちは、人が数人集まり、何かをしなければならない場面があったときに、みんなが力を合わせて活動するということは当たり前にできると思いがちです。しかし、子どもたちと関わっていると、それは簡単なことではありません。

 
 ずいぶん前の思い出話ですが、私は2学期から6年生を担任したことがありました。当時は45人1学級の編成だったので、私が受け持ったクラスも44名がおり、名前を覚えるのに苦労したのを覚えています。それから、5年生が6クラス、6年生が5クラスもあったのに、音楽を教える先生が1人しかいなかったため、私は自分のクラスと隣のクラスの音楽も担当することになりました。隣のクラスの先生は代わりに、私のクラスの図工を受け持ってくれました。同じ年齢の男性で、厳しいという評判があったので、子どもたちは図工の時間には真面目に取り組んでいたようでした。

 授業を始めてみると、音楽を2クラスも受け持つというのは、私にとっては大きな負担でした。もう30年近くも前の話で、子どもたちも素直だったのですが、それでも苦労しました。というのは、音楽というのは、授業のほとんどの間、みんなで活動するのです。歌を歌ったり演奏したりする間、心を合わせなければなりません。

 今の私なら、会ったこともない6年生をいきなり担任することも、隣のクラスの音楽を担当することも断るだろうと思います。それは、思春期の子どもたちは、いきなり出会った大人と信頼関係を作ることが非常に難しいからです。しかも、音楽というのは特別な教科であり、指導者の言うことを聞かなければ、上達することができません。しかし、当時の私は、どうしても仕事がほしいと思っていたこともあり、若く経験も薄かったので怖いもの知らずのようなところがあったのでしょう。「やるっきゃない」と思って仕事に向かっていました。そして、時間をかけて信頼関係をつくることを、学ばせてもらいました。


 この経験の後も何の因果か、私は音楽専科教員を2回も経験しました。担任をするのではなくて、音楽の授業だけをやる仕事です。ピアノは下手だったけど歌を教えるのが好きだったので、何とか務まったというレベルだったのは言うまでもありません。その授業の中でも、子どもたちが心を合わせて演奏することを教えていくことは、並大抵のことではありませんでした。

 しかし、経験を重ねていくうちに、子どもたちと合唱や合奏をすることは、私にとって幸せのひとときとなっていきました。子どもたちと信頼関係を築き、指導を受け止めてもらえるようになると、上達も目に見えるようになってきます。それまで怒鳴り声を張り上げて、自由奔放に歌っていた子どもたちが、きれいな声で歌うことは気分がいいと思うようになるのです。しかも、褒められることによって、モチベーションはうなぎのぼり。そんな姿を見ると、子どもたちをますます好きになるし、その気持ちが伝わって子どもたちも頑張るという、よいスパイラルが生まれてくるのです。

 また、歌が歌えるようになると、合奏にも欲が出るようになります。歌と違って、楽器演奏の技能を高めるためには、何度も練習しなければなりません。苦労も多いのです。でも、その分、達成感も高まります。自分たちもまんざらではないと、仲間を信頼できるようになるのです。

 音楽を通して、聞く力や拍を感じる力だけではなく、大勢と呼吸を合わせるということも学ぶことができるのは、素晴らしいことだなと改めて思います。無理やりに同じことをするのではなく、合唱や合奏をよりよくしようと思って頑張ることは、子どもたちにとっても理にかなっていることなのです。 


 人と関わるときには、人の話を聞く、人と呼吸を合わせるということが、どうしても必要になります。聞くといっても、BGMのように聴き流すのは、「聞く」とは言えません。相手の心に向き合って、真剣に聞くことが大切なのです。また、人にはそれぞれリズムやテンポがあります。せっかちな人は、速く伝えたいと思うでしょうし、速く受け止めてほしいのです。しかし、のんびりとした速さが好きな人もいます。そういったペースに、合わせることが必要なときもあるのです。

 人と関わるときに、「相手を尊重する」というのは、「相手の気持ちを尊重する」ということでもありますが、相手のペースを尊重することでもあるのです。ですから、速さのイメージを学ぶこと、テンポを合わせることの心地よさを体験することを、音楽を通して身につけることも大切だと思っています。

荒畑 美貴子(あらはた みきこ)

特定非営利活動法人TISEC 理事
NPO法人を立ち上げ、若手教師の育成と、発達障害などを抱えている子どもたちの支援を行っています。http://www.tisec-yunagi.com

同じテーマの執筆者
  • 松井 恵子

    兵庫県公立小学校勤務

  • 松森 靖行

    大阪府公立小学校教諭

  • 鈴木 邦明

    帝京平成大学現代ライフ学部児童学科 講師

  • 川村幸久

    大阪市立堀江小学校 主幹教諭
    (大阪教育大学大学院 教育学研究科 保健体育 修士課程 2年)

  • 髙橋 三郎

    福生市立福生第七小学校 ことばの教室 主任教諭 博士(教育学)公認心理師 臨床発達心理士

関連記事

ご意見・ご要望、お待ちしています!

この記事に対する皆様のご意見、ご要望をお寄せください。今後の記事制作の参考にさせていただきます。(なお個別・個人的なご質問・ご相談等に関してはお受けいたしかねます。)

pagetop