2019.05.13
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Let's enjoy Social skills ! ~こんな表現をしていませんか?~(vol.2)

特定非営利活動法人TISEC 理事 荒畑 美貴子

私たちは誰かと出会い、話をしながら暮らしています。そのときに、意識的であっても無意識的であっても、自分の思いや考えを表現していることにお気づきでしょうか。

例として挨拶を考えてみましょう。挨拶は相手の様子や体調を伺うと共に、「今日もよろしく」という意味を込めて使われます。その日に初めて出会った相手の心を、ノックするような意味合いも含みます。その際、元気に明るい声をかけるとすれば、これから気持ちのよい時間を作っていこうとしているとか、相手によい感情をもっているといった思いが伝わります。一方、挨拶を返さないとか、不貞腐れたような態度や仕草を取りながら小さな声で挨拶をするような場合には、別の感情が働いていると受け取られるでしょう。相手に不愉快な思いを伝えるつもりがなかったとしても、誤解を招くことになりかねません。挨拶ひとつとっても、相手には自分の感情や思いが伝わってしまうのです。

もし、皆さんが学校の友達や職場の同僚と、よい関係を築き自分らしく生きていこうと思うなら、表現の方法には十分に気をつける必要があります。そして、自分が「どう生きるか」という価値観をはっきりさせることがとても大事なのです。その思いが言葉だけではなく、全身で表現されていくからです。


漫画を読んで、それぞれの登場人物の個性や、そのときの思いを汲み取ってみましょう。お父さんは真面目そうな人ですが、自分の考えを主張することは苦手なようです。お母さんは、思いをストレートに表現する人のようで、相手の気持ちを推し量るような繊細さには欠けるように見えます。お兄さんは、人に対して無関心なようで、自分のテリトリーから出ることを好まないようです。この年齢特有の表現とも受け取れます。また、ユミさん(女の子)は、天真爛漫で思ったことを口にしますが、お母さんに似たところがあるようにも見えます。

このような個性の誰がいいとか悪いとか、そういう捉え方は意味がありません。人には個性があり、それは尊重されるべきだからです。しかし、トラブルになるのを避けて、黙って相手の言うことに従うことばかりがいいことでしょうか。相手の気持ちも想像せずに、思ったことを全部口にすることがいいことでしょうか。自分には関係ないと心の扉を閉ざすことが、よい生き方と言えるでしょうか。

家族であれば、互いの個性を認めつつ暮らしていくことが可能かもしれません。そこには、家族としても習慣や見通しが存在するのだろうと思います。「この人はいつもこんな風に返すけど、喧嘩になるわけではないな」とか、「本当はいい人なんだけど、表現が下手なんだな」とかです。でも、相手が他人であったり寛容な人でなかったりすれば、よい関係を作っていくことは困難になります。我慢ばかりしている自分の心のマグマが、噴火によって外に出ることもあるでしょうし、自分勝手な表現を快く思わない友達が出現することもあるでしょう。

「どう生きるか」という問いに対して、「自分らしく、仲間と苦楽を分かち合って生きたい」と思うなら、「自分にもいい、相手にもいい」表現を身に付けることが必要です。人や社会とWin-winな関係を築こうとする考え方をアサーションと言います。相手を尊重し合う、アサーティブな表現の仕方を、次回詳しくお伝えします。

 

荒畑 美貴子(あらはた みきこ)

特定非営利活動法人TISEC 理事
NPO法人を立ち上げ、若手教師の育成と、発達障害などを抱えている子どもたちの支援を行っています。http://www.tisec-yunagi.com

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