2022.01.13
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(連載)家族支援@学校~「パワー」と「エンパワー」(子どもとの関係にも役立つかも)~(第6回)

教員の仕事のメインは本来、児童生徒の教科指導と生活指導。ところがもうずいぶん前から保護者対応と呼ばれる大人相手の仕事が大きな割合を占めています。
教員であると同時に家族支援者でもある私は、この保護者対応を家族支援と言いかえ、まったく新しい視点でかんがえていくことを提案します。詳しくは、これまでの連載を是非ご覧ください。
第6回の今回は、家族支援において大切な概念である、「パワー」と「エンパワー」について、その定義をおさえつつ、家族支援@学校の文脈で考えます。

東京都内公立学校教諭  カナダライアソン大学認定ファミリーライフエデュケーター(家族支援職)  特定非営利活動法人手をつなご(子育て支援NPO)理事 林 真未

パワーとはさみは使いよう~そもそもパワーって?

「パワー」と聞いて、どんなイメージを持ちますか。パワハラなんて言葉もありますから、ネガティブイメージの方が多いでしょうか。
実は、パワーはポジティブに働けば、この上なく頼もしい存在です。家族支援は、パワーの持つポジティブな側面を活用することを目指しています。

人間関係においては、パワーという言葉は、人が持つ実力、権威、財産、他の人への影響力などを包括して表現しています。その人の頑張りがそのままパワーの大きさに直結するなら公平ですが、そうではないことは、誰もがなんとなく知っています。人種、性別、性的志向、能力、障害の有無等、そういった、本人にはどうにもできないところで、パワーの強さが決まってしまうことがあります。また、流行りの言葉でいえば「親ガチャ」によって、パワーが左右される側面もあるでしょう。あるいは、なんらかの差別体験やいじめ等のネガティブな体験などが、パワーを削ぐことも。加えて、学歴や金銭的状況など、様々な要因が、その人の社会的パワーを決定づけます。
人はそれぞれ、(少なくとも先進国では)この、見えないパワーをまとって生きています。
先生は、大学卒で定職にあるという点で、既に一定の社会的なパワーを得ています。保護者の状況は人によってさまざまでしょうが、児童生徒の場合は、子どもであるという時点で、パワーを持たない側と言っていいでしょう。

自分はどのくらいのパワーを持っているのか気になりますか? 家族支援においては、このパワーの自覚はとても大切で、自分がどれくらい社会的パワーを持つかを確認するワークがあります(詳しくは参考リンクをご覧ください)。

対等で親しい関係とパワーウイズ

前回の解説で、家族支援には絶対に対等で親しい関係が必要と書きました。
支援の受け手はパワーを持たない場合が圧倒的に多いです。支援者はどうしても、受け手よりはパワーが強い状況にあります。パワーが弱い人は、パワーの強い人とともにいるだけで、引け目を感じてしまいます。そして、引け目を感じると、卑屈になったり防御的になったりして、支援が受け入れにくくなってしまいます。
だから、前回書いたように、パワーを持つ人がそのイメージを自ら覆し、親しみを感じてもらったり、あるいは、パワーの弱い人が自覚していないパワーに気づいてもらったり、等の方法で、パワーに差があっても、対等で親しい関係を築くようにするのです。

そしてパワーの差に関係なく、最終的には、お互いのパワーを持ち寄って、パワーウイズになることが肝要です。パワーウイズとは、ラポンテという学者さんが使った言葉で、「共に行動するときに創り出されるエネルギーと楽観」と説明されています。
要は、小学校的表現で言えば、「力を合わせて」ってことですよね。沖縄の言葉でいう、ゆいまーる、かな。
ちなみに、この対極にあるのがパワーオーバー。これは「自らの欲求に従って他者を思い通りに動かそうとすること」と説明されています。パワーをアピールして対等でない関係を好む方ってたしかにおられますよね(私もおそらく根はそういうタイプだから気をつけないと)。表現や振る舞いが丁寧でへりくだっていても、実はパワーオーバーなケースもありますね(^_^;)。

対等で親しい関係を前提に、パワーウイズで支援がなされたとき、支援の受け手は、エンパワーすることができます。
保護者との関係作りでは、ぜひこのパワーウイズを活用してください。

人はだれかをエンパワーすることはできない

さて、ではエンパワーって? 
この言葉も、支援の現場ではよく使われる言葉です(エンパワメントは名詞形)。
一般的にはよく、「エンパワーされた」などと受け身で使われます。エンパワーの意味は「力を与える」ですから、「エンパワーされた=力を与えられた」という意味になり、元来の英語も他動詞ですから、使い方としては合っています。

けれど、家族支援の文脈では、エンパワーしているのはその人自身であり、人は決して、他の人をエンパワーすることはできないと考えます。人が「エンパワーされた」と表現するとき、実際には、他からの助けを得て、自分自身の力によってエンパワーしているのです。

エンパワーされたと感じるのは、パワーを阻害するものを取り除かれ、パワーを使う機会や情報、知識等を提供されたことで、自分自身の力を発揮できるようになったから。そして、阻害するものを取り除いたり、機会や情報/知識を提供したりすることが、支援者の役割なのです。家族支援@学校で言えば、保護者を支援する先生やカウンセラーの役割……またはその逆もアリ?

エンパワー@学校

「だから、先生は家族支援者じゃないんだってば」と言う声が聞こえてきそうなので、この「パワー」と「エンパワー」を、今回は、保護者ではなく子どもとの関係にも応用してみます。
前述したとおり、先生と児童生徒は、パワーに差があります。立場も対等ではありません。しかし、お互いを尊重するという点では、対等で親しい関係は可能です。ここにパワーウイズを加えれば、支援の受け手である子どもたちは、エンパワーすることができます。

そして、子ども(教育の受け手)がエンパワーする状況を創り出すことこそ、教育という営み(と私は定義しています)。
先生方の「うまくいったなあ」という経験も、この視点で見直してみると、おそらくパワーウイズ→エンパワーの図式に当てはまるのではないでしょうか。
そう考えると、この「パワー」と「エンパワー」、そしてパワーウイズという概念を根底に持っておくことは、授業や、日々の生活指導や特別活動等でも、ナカナカ有用だと思うのです。

(…と書いていて、そうか、どうすれば子どもがエンパワーする状況を創り出せるか、という観点を、必ず根底に持ち続ければ、授業作りがブレずにできるのか! と、今、私も気づきました。新年も頑張ろう笑。最後になりましたが、あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします。)

林 真未(はやし まみ)

東京都内公立学校教諭
カナダライアソン大学認定ファミリーライフエデュケーター(家族支援職)
特定非営利活動法人手をつなご(子育て支援NPO)理事


家族(子育て)支援者と小学校教員をしています。両方の世界を知る身として、家族は学校を、学校は家族を、もっと理解しあえたらいい、と日々痛感しています。
著書『困ったらここへおいでよ。日常生活支援サポートハウスの奇跡』(東京シューレ出版)
『子どものやる気をどんどん引き出す!低学年担任のためのマジックフレーズ』(明治図書出版)
ブログ「家族支援と子育て支援」:https://flejapan.com/

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