2022.07.27
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教師の五感を磨く~子どもと教師の成長に欠かせないもの「本物体験」②心を動かす総合的な学習での出会い~(14)

「教師の五感を磨く」、今回も「触覚」です。「直接ふれること」「本物にふれること」どちらも人を成長させてくれます。ここでは、子どもにとって、本物にふれる体験がいかに貴重なものかを当時の子どもたちが大人になってから生の語りを交え、綴ってみたいと思います。

浜松学院大学 現代コミュニケーション学部 子どもコミュニケーション学科 教授  前浜松学院大学短期大部 幼児教育科 特任講師 川島 隆

本物に触れるとはどういうことか?

間接でもなく擬似でもなく直接に触れ合うことであり、半端なものではなく、まさに一流、本物と出会うことである。
前号“教師の五感を磨く~子どもと教師の成長に欠かせないもの「本物体験」(13)”は、教師が本物に出会うことの必要性を考えてきましたが、今回は、子どもが本物に出会うことの意義について考えてみたいと思います。

総合的な学習を模索する愉しみ

総合的な学習の時間が、教育現場に初めて登場した1990年代後半。
当時、各学校、各学級で様々な試行実践がなされ、校内、校外を問わず熱い議論が交わされ、手探り状態、ちょっぴり不安も感じましたが、とっても愉しい時代でした。
私が勤務していたN小学校も同様でした。
試行実践された単元もいろいろでした。
子どもに身近なトイレを素材として扱ったり、地域を流れる川の上流に向かって歩いてみたり。
自宅の冷蔵庫を出発点として食育へと発展させていったり。
教師、子どもの豊かな発想を生かした、その学校学級ならではの実践が展開されていたと記憶しています。
決められた教科書もなく、ある意味、自由な発想と構想力を生かして創っていく総合的な学習は、もちろん頭を悩ませることもありましたが、それよりも新たなものを創り出す愉しさを感じる、魅力的な授業でした。

その中で、とりわけ印象深く記憶に残っているのが、劇を創る実践です。

総合「6年間の学びをまとめる、ぼくたち・私たちの思い出の劇を創ろう」

第6学年総合的な学習単元展開案①

この単元を構想する背景は、単元構想の「子どもの実態」や「教師の願い」によるところが大きいのですが、おそらく当時の私は、とにかく「本物との出会い」をどこかで、どんな形かでさせたかったという思いがあったのでしょう。

そこで、その一つとして具体化させていったのが「6年間の学びをまとめる、ぼくたち・私たちの思い出の劇を創ろう」(以下、「劇を創ろう」)という単元です。
劇を創るには、子どもたちの中に「創りたい」という強い思いや願いが生まれなければ前には進んでいきません。
その「たい」を生むための仕掛けをするのが私の、教師の役割です。
その仕掛けの一つは、本物の劇に出会うことでした。
もう一つは、本物の劇の作り手、演じ手に出会うことでした。

2つの本物との出会いという仕掛け

第6学年総合的な学習単元展開案②

前者は、単元前半の「本物中の本物、劇団四季『ライオンキング』を観に行こう」を修学旅行に重ねる形で位置付けました。本物の迫力を実感させ、劇づくりのエネルギーにしていきたいと考えました。

後者は、同じく単元前半から、「劇団たんぽぽの通しけい古を取材しよう」という場を設定しました。これは、偶然にも劇団たんぽぽが普段の稽古場が使えないため、探しているということを知り合いから聞きつけ、ならば「私の勤務する学校を使ってください」ということになったのです。(劇団たんぽぽは、1946年設立され、「すべての子どもたちに夢を!」を掲げ、北海道から沖縄まで全国で公演活動を続けている劇団です。私自身も小学生のころ、観劇の経験がありますし、教員になってから何度も楽しませてもらっている劇団です。校内研修で「国語の音読指導」で講師をお願いしたこともありました。)

普段の稽古をしている姿や公演前、仕上がり直前の作品を間近で見せていただいたり、単元中頃には、子どもたちの劇について具体的な指導をしていただいたりしました。
本物の役者さんからの指導は、偶然から生まれた機会とは言え、何ものにも代えがたい貴重な学びの場でした。
6年生2クラスが3つのチームに分かれて創られた3つの劇。いずれもが、「本物」との出会いがなければ、果たして同じようなものができただろうか、そう思わせる完成度の高いものであったと思います。
今、「劇を創ろう」がどんな授業であったか、本物との出会いが如何に大切か、私が、どんな言葉で語っても、今ひとつうまく表現できないように思います。
そこで。

私が担任していた子どもたちが、19年後の今、語る「劇を創ろう」

この原稿のためっていうわけじゃなくて、先日、偶然にも、この年代の子どもたち、当時担任していた人たちと会う機会を得ました。
もう30歳を超える、立派な社会人です。思い出話を様々していく中で、話題になったのは、今回のテーマ「劇を創ろう」でした。
代表して3人に、19年前の当時を振り返って語ってもらいましょう。

まずは、Aさん語る 「そんな経験を小学生のうちにじっくりとできてよかった」

チーム分けがされて、それぞれのテーマに沿って劇をすることが授業として成立したことは、私たちの世代がいわゆるゆとり世代だったことも大きいのだろうなと今は思います。その上で、私自身は当時、とても楽しんでこの授業に参加していました。

既存の作品を演じるか、自分たちで台本を作るかも自由で、私たちのグループは台本を作りたいという子がいて、オリジナルの劇をしました。比較的この授業に対して乗り気のチームだったように思います。子どもながらに感動できるような劇にしたい気持ちは強かったです。台本自体が「主人公が病気になってそれが原因で距離を置かれて、その後和解し、最終的には亡くなる」という重いストーリーのものでした。「友情」がテーマでそこまで重いストーリーを小学6年生の子たちで作ったのは、今思えば背伸びをしているようにも思えますが、当時は真剣でした。Kiroroの「Best Friend」を劇の最後で歌ったのも良い思い出です。

修学旅行(ではなく学習という体でしたが)で劇団四季のミュージカルを観られたことも刺激になりました。

授業でがっつり演劇に時間を割いて、一つのテーマを皆に伝えられる形に落とし込んだあの授業で得られる力は、社会人になってからも使えるスキルだったように思います。職場の人間と協力をして求められているものを作り上げ、他者に伝わるように構成していく。そんな経験を小学生のうちにじっくりとできてよかったなあと思います。

続いて、Bさんの語り。「凄く貴重な体験」

『ライオンキング』でしたよね。
未だに同級生で集まると話題に挙がりますよ!
何事でもそうですが、一流のものに触れられるって凄く貴重な体験でした。

何か具体的な演劇論を学べたという訳ではないかも知れませんが、世界的なレベルの演劇を見て、何かを突き詰めると、こんなに人を感動させるものをつくることができるのかって思えました。
あの修学旅行を通じて、自分たちの総合学習に対するモチベーションもかなり上がったように思います。
※ちなみに、彼は、当時の総合的な学習の記録ファイル(ポートフォリオ)を未だに保管しているそうです。

最後に、Cさんの語り。「チャレンジする姿勢というものが培われた」 

あの1年間は「自ら創る」ということをテーマにして、私たちの自主性を引き出そうとされていましたね。
その分、苦労も多かったのですが、あの経験はその後の人生にもすごく生きています。
与えられたものに満足せず、チャレンジする姿勢というものが培われたように思います。

劇に関しては、「かけがえのないもの」を柱にすえましたが、作り始めてからはとても大変でしたよ。私は命のシナリオ担当で、教科書の「海の命」には記されていない感情を言語化することを意識しました。今から思うとほんとに拙いものだったので、苦い思い出かもしれません。

配役もすごくもめたんですが、主役のIちゃんがいい演技してくれたので、最終的にはよかったかな。
大道具などの裏方も含めて、それぞれが個性を発揮しながら、一つのものを創りあげるという大きな目標は達成できたかな。そんなふうに思います。

むすびに

当時の6年生一人ひとりが、それぞれに学び、各々思いをもっていることでしょう。
それでよいのだと思います。
でも、本物との出会いがあって、そんな思いにつながった、そう思います。
心を動かす出会いであったと。

川島 隆(かわしま たかし)

浜松学院大学 現代コミュニケーション学部 子どもコミュニケーション学科 教授
前浜松学院大学短期大部 幼児教育科 特任講師


2020年度まで静岡県内公立小学校に勤務し、2021年度から大学教員として、幼稚園教諭・保育士、小学校・特別支援学校教員を目指す学生の指導・支援にあたっています。幼小接続の在り方や成長実感を伴う教師の力量形成を中心に、教育現場に貢献できる研究と教育に微力ながら力を尽くしていきたいと考えております。

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