2017.01.25
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不登校の子どもたちと(NO.8「子どもたちとの喧嘩」)

特定非営利活動法人TISEC 理事 荒畑 美貴子

前回、子どもたちの名前を工藤直子さんの詩の中に入れて、「○○ちゃんに会いたくて生まれてきた」と表現したのを、子どもたちが喜んだという話をさせていただきました。すると、知人から、「子どもたちは愛されていてよかった」という内容の感想をもらいました。些細なことのようですが、反応をもらうということは、とてもうれしいことです。そして、それをきっかけに、どんなクラスを担任していても、子どもたちをみんなの前でほめることは大切だったのだということを思い出しました。

 中でも効果があったと思うのは、帰りの会で行った「ほめほめ大会」です。日直になった二人を、みんなでほめるのです。もちろん、関わりの多い子どもたちがたくさんの友達からほめてもらえる一方で、逆に数人からしか声が上がらないこともあります。ですから、司会はいつも担任の私が行いました。その場の配慮は欠かせなかったものの、その後のクラスの雰囲気はとてもよくなったと記憶しています。

 自己肯定感の重要性を耳にする機会が増えましたが、それを一朝一夕で育てることはできません。教師からほめられ、仲間から認められ、自分でも認識するまでには、手を替え、品を替えた取り組みが必要なのだと思います。

 
 さて今回は、ほめることとは対極にある、「子どもたちとの喧嘩」についてお伝えしようと思います。

 子どもたちと出会ってから3ヵ月が過ぎようとしていたころでした。夏の暑さに身体が慣れない時期に、突如として避難訓練が行われました。なぜ、こんな暑い日にやるのだろうという私の気持ちは、子どもたちにも伝播してしまったのでしょう。始まる前から、「なぜやるんだ」とか、「うざい」とか言いたい放題でした。挙げ句に人員確認のために暑い日差しの中を長時間待たされ、彼らのイライラは限界にきてしまいました。校庭の草をむしっては私に投げつけたり、悪態をついたり。いつもなら我慢を通すところを、私自身もこらえきれなくなっていました。そして、普段よりかなりきつい口調で、言葉をぶつけてしまいました。

 「避難訓練をがんばったから、これからプレイルームに行って遊んでいいよと、にっこりと言うわけにはいかないよ。いつも授業時間なのにプレイルームで遊ばせている私の気持ちがわかるの?」

 私の怒りに対する反応は、極端に分かれました。男子の数人は謝って何とかしようと思ったようでした。一方、女子は逆ギレをして、教室から逃げ出していってしまいました。情けないというのは、こういうときの気持ちを言うのだと思います。私は相談室に逃げ込んだ女子たちを連れ戻し、改めて話し合いの場を設けることにしました。

 学校では担任が一人なので、教師が父親役と母親役を担うのです。父親役が叱るとは限りませんが、片方が叱って片方がフォローするという二つの役割をこなさなければなりません。ですからこのときも、自分で叱っておきながら、子どもたちの気持ちに寄り添って話を聞くという役目をしなければならなかったのです。

 しかし、感情的に叱りつけたことは、悪いことばかりではありませんでした。「喧嘩しても、仲直りができる関係だと思ったから、怒ったんだよ」と説明した、私の気持ちを受け止めてくれたのかもしれません。2~3日すると涼しくなったのも手伝って、また元のような落ち着きを取り戻すことができてきました。

 「調子のいい時もあれば、悪い時もある。成長のラインは決して上り調子一本ではない。後戻りすることもあるけど、一生懸命働きかければ、また成長を促すことができる」そんなことを確認できた出来事でした。「ギザギザの成長曲線。下がるときがあってもいいじゃないか。また頑張れば、上がってくるんだから」こんなつぶやきが、当時のメモに残っています。

 さて、この件が起きてから、私の心の緊張は少し和らいだように感じました。自分の気持ちを押し殺して、子どもたちの言い分だけを受けとめようとしてきた私には、相当のストレスがあったようでした。子どもたちを真綿で包んだような環境に置き、言いたいことが言えるようにすることは、初期の段階では効果があったのかもしれません。でも、何でも受けとめてくれる担任であっても、度を超せば傷つくということを知らせることは大切なのです。互いの関係が深まり、心のうちをさらけ出すことができるようになってきた結果だと思います。

 
 最後にちょっと付け足しです。当時、授業を30分間しか持続させることができず、残りの時間をプレイルームで過ごさせざるを得なかったことについて、私は長い間、自分の力量不足が原因であると考えてきました。しかし最近になって、彼らの集中力には限界があったと認めるべきだし、長い学校生活のリズムを作っていくためには、そういった道のりも必要だったのだと思えるようになってきました。 

 通常学級に勤務していると、45分間をフル稼働させて授業をすることが当然と思ってしまいがちです。でも、長時間の学校生活を成り立たせるためには、体調や天気を考慮しなければならないときもあるのです。行事に追われて身体を酷使しているときには、リラックスさせる必要も出てくるのです。

 よい指導者になろうと思い、実際に認められるようになるためには、たくさんの経験を通り抜けなければなりません。失敗もあるのです。葛藤も生まれます。でも、必ず子どもたちと仲良くなれると信じる気持ちがあれば、子どもたちはそれを感じ取ってくれます。関わることを恐れずに、子どもたちに声をかけていこうと思っています。

荒畑 美貴子(あらはた みきこ)

特定非営利活動法人TISEC 理事
NPO法人を立ち上げ、若手教師の育成と、発達障害などを抱えている子どもたちの支援を行っています。http://www.tisec-yunagi.com

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