子どもの心の動きが「見える」ってどういうこと? ~ 教室に行けない子が秘めている力 ~(7)
Aさんは感じる心の豊かな子でした。登校するとまずは保健室へ。そこで自学をしながら数時間を過ごします。
調子が良いときは学級の活動に入り,また宿泊体験や全校行事に参加できることも。そうした時のAさんの姿はわたしたちの気持ちを高揚させました。
元静岡大学教育学部特任教授兼附属浜松小学校長 大村 高弘
どうかかわったらいいのか
別室登校や不登校の子に対して,
ー このかかわりは,適切だろうか? -
と,声かけするときに不安を感じることはないでしょうか。
不用意な言葉がマイナスの影響を与えてしまったら,と思えて。
教室に行けない原因は様々。体調や気分,学習への不適応,家庭環境,生活習慣,教室の風土,特定の子や先生とのトラブル……等々。
こうした原因に対し,教師に何ができるか,学校としてどう対応するか,どこ(外部機関)につなぐのがいいか,と皆で一所懸命考えます。でも,助けを求めていても、何を欲しているか真意が分からない子も多く「自分の心を分かってくれない」と大人に対し心を閉ざす子もいます。原因に対してのアプローチは,なかなか難しいです。
自立支援施設の方の講演会で
先日,引きこもり・不登校の子の自立支援施設を主催しているBさんの講演を聞きました。
農業を中心とした共同生活を運営して20年近く。1,000人以上の子ども・若者に関わってこられた方です。熱のこもったお話に心がゆさぶられました。
会場に置かれた資料には,中学1年から約1年半引きこもりとなったCくんのことが載っていました。本人・お母さん共にどん底というべき日々を過ごしながら,この施設に希望を見つけ可能性にかけることを決意。
入所の際,主催者のBさんは家までCくんを連れに来ました。
ー 何があっても大丈夫だよ ー
そう受け止めるスタッフと自然豊かな環境に囲まれてくらし,農業体験や共同生活を続けるうち,Cくんは次第に自分への自信を回復していきます。
その変容に大きな影響を与えたのは,Bさんの施設の運営方針だと思います。
自己肯定感の低下や無力感のなかにある子は,これまで勇気をくじかれる経験をしてきた場合が多いです。そうした子に対し,あえてBさんは「人のために」「人を喜ばす」行動を強く促します。毎日の朝礼の話に,あるいは家事など日常の中で,人の生活のめんどうを見ることを常に求めます。覚悟をもった,またカンフル剤を打つような強烈な働きかけだと思いました。
Aくんは2カ月間を施設で過ごした後学校に復帰し,スピーチ大会に参加できるまでになりました。
そこで語られたのはこんな言葉でした。
「……優しくなりたい。人を自分の力で喜ばせてあげたい。だから,1日1回は誰かを喜ばせ,笑顔にしようと決めました。それをやっていると,人に『ありがとう』と言われることが増えました……」
講演を聞きながら「人のために」また「人を喜ばす」行為は,その子の中に「共同体感覚」を育てていくのでは,と思いました。
心理学者のアドラーは「共同体感覚は,誰もが感じることができ,人生の支えである安全を与えてくれる」と述べます。集団の中にいることの安心感が高まり,過去にくじかれた勇気が蘇るのでしょう。
またアドラーは「共同体感覚は,生まれつきのものではなく,意識的に発達させなければならない先天的な可能性である」と述べます。「教育の主たる目的は,それを喚起することにある」とも。
「人のために」「人を喜ばす」行為が,どの子に対してもよい変化を及ぼすかは,わかりません。でもその働きかけのチャンスがあるならば,子どもが秘めている力を信じていいのでは。
保健室でのAさん
冒頭紹介したAさんは,感じる心が豊かでしたから,絵の表現を好みました。
養護教諭のD先生は,Aさんのもつ長所を活かせるよう保健室の掲示物づくりを依頼しました。来室した子どもや職員はそれに注目します。掲示作品への皆の視線は,Aさんへの大きな勇気づけとなったでしょう。自己有用感を高めたはずです。保健室にはAさんの掲示がしだいに増えていきました。Aさんはきっと復帰していくだろうと思いました。
参考資料
- 『大丈夫。そのトビラはきっとひらく』子育て紡ぎ,p15
- 『子どもの教育』アルフレッド・アドラー著 岸見一郎訳(2014)アルテ,p97
- 『人はなぜ神経症になるのか』アルフレッド・アドラー著 岸見一郎訳(2014)アルテ,p39

大村 高弘(おおむら たかひろ)
元静岡大学教育学部特任教授兼附属浜松小学校長
新しい学習指導要領の改定に向け,準備が進んでいくことと思いま
アフターコロナの時代,社会が大きく変化する中で,学校と授業は
今後の学校教育に期待することを,不易・流行の両面から考え、お
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