2016.10.26
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不登校の子どもたちと(NO.3 「授業をどのように始めたのか」)

特定非営利活動法人TISEC 理事 荒畑 美貴子

 前回、不登校の子どもたちと、まずは遊ぶことから始めたというお話をしました。だからと言って、私が授業を諦めたわけではないのです。どのようにしたら彼らを学習に向かわせることができるかというのが最大の課題でしたので、それを克服するために知恵を絞っていきました。具体的な例をお伝えしようと思います。

 朝一番の授業は、国語にしました。それは毎日変えることなく行いました。一日の流れを作り、それを続けることが大切だと思ったからです。それに、子どもたちは毎日登校するとは限らなかったし、途中から授業に参加することもありました。ですから、一日の流れが決まっている方が、誰にとっても都合がいいと考えたのです。

 そして授業の内容は、とてもシンプルなものにしました。まず読み聞かせをして、それを視写するというものです。例えば、宮澤賢治の「雨ニモ負ケズ」を読んで意味を伝えます。賢治の生涯や、この詩にこめられた想いも話します。その後、それを少しずつ書き写すことができるようにするのです。もちろん、詩のプリントを見て、それを別の用紙に写すのは根気が要ります。ですから、書き写すための用紙に予め小さな文字で詩を書いておき、それを見ながら写させるようにしました。

 実は、この授業はとても思い出深いものとなりました。彼らは学校に行っていない時期があったけれども、学ぶことを拒否していたわけではないということがわかったからです。賢治の生き方には、とても興味をもったようでした。わずか7〜8名のクラス集団でしたが、しんと静まり返って集中して学ぶ姿を見て、感動したことを覚えています。これが「呼吸を合わせる」ということだと実感しました。

 私は、どの教材を使ったらこのレベルの授業を維持できるかと、毎日いろいろな本をひっくり返しました。教科書のみならず、児童文学や絵本、詩などを探しました。そうして、次第に国語の授業の習慣を作ることができるようになっていきました。1時間の授業と言っても、最初のうちはまるまる45分間を行えたわけではなく、15分が20分になり、30分になりというように、時間を少しずつ伸ばして行きました。今思い出しても、遅々とした歩みでしかなかったのです。もちろん、その授業の後は、多くのスタッフの力を借りて遊びました。

 そんな中で、私は開き直って始めたことがあります。これまで通常のクラスではできなかった授業を、思い切ってやってみようと考えたことです。しかし、葛藤がなかったわけではありません。当時は、不登校の原因は学校にあり、しかも教師の責任のような風潮が少なからずあったからです。また、私のやり方を管理職が快く思うことはなかったように思います。なぜ時間割通りに進められないのかという私への不満があることを、常に感じていたからです。私は子どもたちを学習に向かわせようとするエネルギーを注ぐ一方で、周囲からのプレッシャーというストレスを浴びることになりました。このことは後にお話しできるかもしれません。

 さて、国語の授業が形になってきたところで、算数の授業も始めました。かけ算ができる集団であれば、6年生にうってつけなのが面積や体積の学習です。この問題はバリエーションをもたせることができますし、公式に沿って立式することを教えるのはとても有意義なのです。きまり通りに計算すれば必ず正解できるのですから、自信をつけさせることもできます。

 たとえ九九を覚えていないようであっても、立式ができるように導き、九九表を手がかりに問題を解かせる方法もあります。最終的には、計算機を使うことを認めてもいいのです。問われるべき点は計算ができるかどうかではなく、公式に沿った式を立てることができるかどうかなのです。大人になって応用が利くのは後者の方であることを、皆さんも実感されているのではないでしょうか。

 それから、こういった授業は、きまりを守るという内面への刺激にもなるのです。道徳の授業や生活指導を通して規則の大切さを訴えるよりも、間接的に感じさせることができるということを、私たちはもっと意識していなければならないのです。

 ところでこの頃、前にご紹介した東京学芸大学の小林正幸教授から、新たなヒントをいただきました。「みんなでやろうと言わずに、気づいたらみんなが参加しているような活動」を取り入れてはどうかというアドバイスです。私はこういった活動に対し、ちょっと自信がありました。私は大学で幼児教育を専攻していて、幼稚園の指導法もよく知っていたからです。先進的な教育を行う幼稚園で実習させていただいた経験もあり、気づいたらみんなが参加しているという指導形態のあり方を、何度も目にしていました。幼児教育でなくても、強制力の少ない指導法が彼らに合っているということも理解できました。

 これを受けて最初に挑戦してみたのは、スライム作りでした。これは理科の実験として取り組ませました。数種類の色水と洗濯のり、ホウ砂という薬品の水溶液で作りました。授業にあたっては説明から入るのではなく、何人かとスライムを作り始め、興味をもった子どもたちを順次仲間に入れていくというやり方をとりました。気づいていたら、全員が関わっているという姿を想像して始めたのです。

 結果は、少し成功しました。この手順でやることによって、無理なく学習を始めようとした気配を感じたからです。しかし、残念なところもありました。粘りのある独特の手触りが苦手であるとか、匂いが嫌だと言って、理科室を逃げ出してしまう子どもたちがいたからです。子どもたちと何度もスライム作りをやった経験では、スライムを作ると20〜30分程度は夢中になって遊ぶことができました。しかし、彼らが興味をもったのは、ほんの5分間程度でした。道のりは厳しいなと思いました。

 その後、料理を作るのはどうかと考えました。このやり方は後々になって大きな成果を上げるのですが、最初は光が見えるものではありませんでした。プラカップにアイスクリームや生クリームを入れてパフェを作らせたものの、結果としてはスライム作りと変わらなかったのです。子どもたちは教室に戻りたいと言って、食べるだけ食べた挙げ句、逃げ帰るように家庭科室を後にしてしまいました。活動を振り返りながら、大人が片付けをする羽目になりました。

荒畑 美貴子(あらはた みきこ)

特定非営利活動法人TISEC 理事
NPO法人を立ち上げ、若手教師の育成と、発達障害などを抱えている子どもたちの支援を行っています。http://www.tisec-yunagi.com

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