2016.12.01
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不登校の子どもたちと(NO.5「身体作り、仲間作り」)

特定非営利活動法人TISEC 理事 荒畑 美貴子

 前回は、中学校の教師の興味深い授業についてご紹介しました。私たち小学校の教師とは異なった発想や専門性のおかげで、子どもたちの学習意欲も刺激されていたのではないかと思い出されます。

 さて、その中でもお話ししたように、子どもたちは遊びや運動を通して動きが活発となり、学習にも集中できるようになっていきました。そうはいっても、遅遅とした歩みであったことは言うまでもありません。失敗談を思い出そうとすると、当時の様子がありありと浮かび上がってきます。

 あるとき、子どもたちを連れて、裏山の散策に出かけたことがありました。公園や体育館で遊ぶのもいいけれど、自然の中を歩くことも気分転換になると思ったからです。しかし、どこまで行っても森。子どもにとって面白そうな公園もなければ、見晴らしのいい場所もありません。「さあ、戻ろうか」と声をかけたところ、「なんでつまらないところを歩かせたんだ〜」と泣きじゃくる子どももいて、連れ帰るのに一苦労しました。

 それからこんなこともありました。新学期が始まってひと月が経ったころ、遠足に連れて行きました。そこは子ども向けの遊び場のある大きな公園で、遠足先に選ぶ学校の多い場所です。私も何度も子どもたちを連れて行った経験があり、きっと楽しく遊んでくれるものだろうと想像して当日を迎えました。

 しかし、私の期待や想像はすぐに虚しいものに変わりました。彼らは友達とかかわることが苦手であるため、遊具を使った遊びにもすぐに飽きてしまったのです。加えて、最初から遊具で遊ぼうとしない子どもたちもいました。

 長い教師生活の中でも、こんなにも辛い遠足はありませんでした。それまでに出会った子どもたちは、遊具のない草っ原であっても、寝転がったり鬼ごっこをしたりして遊ぶことができたのです。でも、敷物に座って動こうとしない子どもたちを、どうやって遊ばせたらいいのだろうと悩みました。そして、こんなことなら、トランプのようなカードやボールなどを持ってくればよかったと後悔しました。

 私は思案の末に売店に行き、シャボン玉を買いました。それで遊ばせながら、何とか時間を潰そうと務めました。一分一分が異常に長く感じられ、早く帰る時間にならないものかと時計ばかりを見ていました。体力がなくて仲間意識が薄いと、子どもは遊べないものだということを、嫌というほど思い知らされた出来事でした。

 こんな絶望的になりそうな毎日でしたが、転機は意外に早くやってきました。6月に入った頃に、全校で卓球大会が開かれることになったのです。私のクラスの6年生は、毎日の遊びのおかげで本来の身体能力を復活させ、卓球が上手になってきていました。とはいえ、中学生と戦う大会なので、モチベーションが上がることはないだろうと思っていました。

 ところが、スタッフの若手が試合に参加しない女子たちをまとめて、応援団を作ってくれました。旗や横断幕のような物を作らせて、本格的に応援の体制を整えてくれたのです。試合に参加するのは、やんちゃな男の子たちでしたが、応援団の存在は彼らの闘争心に火をつけたようでした。試合に勝つことはできなかったけれども、歓声が響く中での試合に大満足のようでした。そして、その大会がきっかけとなり、子どもたちの団結力が生まれていったようでした。

 授業でも工夫を重ねていきました。耳からの情報を受け取りにくい子どものために、必要な情報を掲示するようにしたのです。説明もするけれど、いつでも見ることができる環境を作るやり方は、とても効果的でした。最近は、ユニバーサルデザインを意識した教育の手法が広まってきましたが、当時は試行錯誤の連続でした。ただ言えることは、子どもたちをよく観察していれば、必要なことが見えてくるということだと思います。

 今でこそ、耳からだけでは情報を受け取りにくい子どもの存在を、多くの教師が理解していますし、クラス担任になれば相応の配慮ができるようになってきています。逆に、耳からの情報の方が入りやすく、読み物などに抵抗を示す子どもたちがいることも認識されてきています。でも、残念なことに、その頃はそういった困難さを抱える子どもたちへの理解が十分とは言えませんでした。それが原因で不登校になってしまったとすれば、残念なことだったと思います。

 最後に、クラスをまとめるために工夫したことを、もうひとつご紹介しましょう。それは、クラスのルールを作ったことです。当たり前のようですが、クラスにルールを作るということは、意外と難しいのです。私が最も大切にしたことは、何でも話し合って決めるということでした。そして、決まったことには協力することを、何度も確認しました。反対があれば、話し合いのときに言えばいいのです。

 みなさんは、こんな些細なことをわざわざ決める必要があるのかと、思われるかもしれません。でも、この当たり前の話し合いこそが、社会のルールの根源だと気付かれることでしょう。学校とはいえ、社会生活の場であることに変わりありません。家庭ではないのですから、気分次第で予定を変更されては困るのです。わがままというのは、社会生活では通用しないことなのだということを、繰り返し教える必要があったのです。

 仕事に対しては消極的な子どもたちでしたが、あるときから日直の当番活動も開始しました。それも、出欠席を伝えるカードを、保健室に届けるという簡単な仕事から始めました。順番ではつまらないだろうと、玩具店を回って「黒ひげ危機一髪」を買い求め、毎朝それをやって決めました。

 みなさんは、「黒ひげ危機一髪」というおもちゃをご存知でしょうか。樽に入った海賊の黒ひげがいます。樽にはたくさんの穴が空いていて、そこに剣を差し込んでいきます。ある場所に差し込まれると、黒ひげが飛び出すというもので、どこに差し込むと飛び出すのかは、その都度異なるのでわかりません。

 10人に満たない子どもたちのクラスであったからできた遊びでしたが、それで当番を決めることは彼らのお気に入りでした。決めたことは守るという鉄則があっても、楽しみのエッセンスはいつでも必要だと思います。ひと月も経つと、そんなことをしなくても当番活動をやってくれるようになりました。

荒畑 美貴子(あらはた みきこ)

特定非営利活動法人TISEC 理事
NPO法人を立ち上げ、若手教師の育成と、発達障害などを抱えている子どもたちの支援を行っています。http://www.tisec-yunagi.com

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