2016.10.07
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不登校の子どもたちと(NO.2 「緊張と不安」)

特定非営利活動法人TISEC 理事 荒畑 美貴子

 不登校の状態にあった数名の子どもたちとの生活は、今思えば、お互いの緊張と不安のぶつかり合いから始まったのだろうと思います。しかし、当時の私には、双方の感情とか心理状態を分析する力も余裕もありませんでした。子どもたちの勝手な振る舞いや言動に大人が振り回されているという状況に、何から始めたらいいのかさえわからず、呆然とすることばかりでした。

 私の一番の使命は子どもを登校させるということだと言い渡されていたものの、携帯電話を取り出して写真を撮ったり、マンガ本を読もうとしたりしている子どもたちに注意をしなければなりません。もしかしたらその注意によって、彼らは明日から登校しなくなってしまうかもしれないという緊張感は、計り知れないものでした。

 一方で、子どもたちも同様だったのでしょう。わがままのように映る彼らの言動の裏には、教師という存在への不信感、学校という集団生活への不安感、教師や学校に対する不快な記憶が積もり積もっていたのだろうと思います。もちろん、保護者の方のご苦労も相当なものであったと推察します。

 さて、このようなピリピリとした中で、私は3つのことをやりました。ひとつは、1000ピースのジグソーパズルをする場所を教室の後方に設定し、それをやりながら子どもたちの登校を待つことでした。私の他にもスタッフはいたので、大人がまずパズルをやりながら世間話を始めました。そこに登校した子どもたちが参加したり、会話をしたりするように仕向けていきました。

 視線を無理に合わせる必要がなく、緊張を煽らない雰囲気を作るには、井戸端のような場所を設定するのが一番です。しかし、この方法がとても有効であることは、今だから言えることです。そのときの私には効果のほどを考える余裕もなく、仕事に来てパズルをやる自分を受容することは困難でした。なぜこの学校に来てしまったのか、授業ではなくパズルをやらねばならないのか。そんな疑問が頭の中をぐるぐると回っていました。

 ふたつ目は、私の話し声に慣れてもらうことです。まず絵本を読むことにしました。最初に読んだ本は「三枚のおふだ」でした。彼らはとてもよく聞いていました。これならいけるかなと思いました。でも、読んだ後に、「先生は私たちをバカにしているから絵本を読んだんだよね」と言われてしまい、翌日からは高学年にふさわしい内容の絵本を読むことにしました。宮澤賢治の作品などです。それには満足している様子がありました。

 みっつ目は、遊ぶことでした。最初の1ヵ月くらいは、絵本を読み聞かせる15分間くらいしか集中力がもたなかったので、それ以外の時間は遊んでいました。これを読んでいるみなさんは、「遊ぶ」という言葉から、どのようなイメージをもたれるでしょうか。小学校の校庭でドッジボールやサッカーをする様子でしょうか。固定遊具で遊ぶ様子でしょうか。

 実はそういったイメージとは、まったく違います。子どもたちの緊張感は高く、集団で遊ぶことはできませんでした。ですから、学校に勤務する多くの大人の力を借りて、大人と子どもが1対1で遊ぶことから始めました。例えばオセロのようなゲームもしましたし、卓球をすることもありました。でも大人が相手をすることが条件でした。緊張感の高い子ども同士の関係を築くことは、一朝一夕ではできなかったのです。

 そのうち、トランプをするときに、子どもと大人が2対2のような関係でもできるようになってきました。少人数で遊ぶことのできるゲームも成立するようになりました。卓球も子ども対子どもでできることもありました。

 校内にいても時間を持て余すので、近所の公園に出かけることもありました。そこではドロケイのような鬼ごっこをやりました。泥棒と警察の役に別れて、宝物を取る鬼ごっこのような遊びです。小学生が平日の日中、公園でドロケイをやるのですから、私もスタッフも開き直るしかありませんでした。幸いなことに、子どもたちは外部の人の視線を気にすることもなく、思い切り遊んでいました。地域の方の理解があってこその活動だったと、今でも感謝の気持ちでいっぱいです。

 体育館を使っての遊びもやりました。子どもたちが最も気に入っていたのは、氷鬼です。鬼に捕まるとその場を動けなくなりますが、仲間がタッチしてくれると氷が溶けて逃げることができるのです。当然のように鬼は大人でした。子どもたちは逃げることや助けることを楽しんでいるようで、いつまでたっても鬼になるとは言いませんでした。でも、子ども同士の団結力をつけるには、いい活動だったと思います。

 これも愚痴になりますが、最初のうちは学習の時間がほとんど取れず、私はこれでいいのかと悩む日々でした。教師という仕事は授業をすることがメインであったはずなのに、ほとんどの時間を遊んで過ごしていたのです。

 しかし、この時間は子どもたちにとってどうしても必要だったのだと思います。遊ぶことを通して人との関わり方を知り、関わっても安全だということを確認することができたのです。

 私は、ソーシャルスキル教育についてずいぶん勉強をしましたが、このときのことを思い出すと、遊びこそがソーシャルスキル教育だと思わずにはいられません。子どもは遊びを通じて、しかも同じメンバーとの遊びを通して学びを深め、関わりを広げていくのです。

荒畑 美貴子(あらはた みきこ)

特定非営利活動法人TISEC 理事
NPO法人を立ち上げ、若手教師の育成と、発達障害などを抱えている子どもたちの支援を行っています。http://www.tisec-yunagi.com

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