2020.09.07
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「主体的・対話的で深い学び」を支える言語スキルーコロナ禍で実感した学び合いの重要性―(No.9)

今回の連載では、「対話」に視点を当てて、その心構えや活用の場面についての考えをご紹介してきました。しかし、連載を始めてすぐに新型コロナウィルス感染拡大防止のためにこれまでとは異なる形での教育活動を行わなければならなくなり、生徒同士が直接対面して対話する機会を設けることがなかなか難しい現実が続きました。
今回は、そんな状況の中で改めて感じた「学び合い」の重要性についてお話したいと思います。

小平市立小平第五中学校 主幹教諭 熊井 直子

ウィルス感染拡大防止を意識した生活を通して見えてきたこと

今年度は、クラス開きをしないまま臨時休業期間に突入し、約2ヶ月間の臨時休業を経ての学校再開。しかし、学校が再開されても新型コロナウィルス感染防止のため、消毒作業はもちろんのこと、生徒同士対面しての話合い活動や、人が触ったものにはできるだけ触らないような手立てをとりながらの生活でした。

初対面同士の生徒の多い新1年生のクラスでは、休み時間になっても自席を立ったり話したりすることができず、静かに座って先生を待つだけの日々が何日も続きました。7月が終わる頃には、少しずつ元気な姿も見られるようになりましたが、やはり例年とは違い、クラス内の人間関係はまだまだ未熟なままの夏休み突入となりました。夏休みを迎えるまでの2ヶ月間、緊張が解けず、不安を抱えながら生活していた生徒もいたようです。

こうした生徒の様子を通して、学校がこれまで果たしてきた役割を改めて感じるようになりました。それは、「人や社会とのつながりをつくること」です。現代は様々な方法で「人や社会とのつながり」をもつことができますから、学校だけが全てであるとは思いません。しかし、多くの子どもたちは学校生活を通して他の人や社会とつながっているという点もまた事実だと感じました。

「人や社会とのつながり」をどのようにつくってきたのか ①学校行事

現在、原則行うことができないのが、学級を越えた活動です。学年集会や全校集会はもちろん、運動会や合唱コンクールなどの行事を通常通り行うことができません。行事の中止が意味することは、生徒自身でものごとを企画・運営する機会がなくなるということです。特に最高学年の生徒にとっては、学級や学年を越え、学校全体においてリーダーシップを発揮する機会がなくなってしまいました。

他の生徒とそれぞれの意見を交換し、集団としての合意を形成し、実行していく、という一連の活動がなくなっても、学校生活は通常通り流れていきます。しかし、「何かを体験すること」は「子どもの世界を広げること」です。それまでに話したことのなかった人と話すことができた、これまで挑戦してこなかった人の前に立つ仕事を経験することができた、それまで知らなかったことを実際に目にして興味の幅が広がった、など、体験することでしか得られないものはたくさんあります。そして、こうした体験を全ての家庭が子どもにさせてあげられるわけではないのです。

1学期は運動会が中止になりましたが、クラスを見ていると人間関係に広がりが見られず、運動会のあった例年の学級との違いを感じました。学校とは、全ての子どもに体験のチャンスをつくる場所であり、子どもはその体験を通して友達や大人や社会とのつながりをつくることができるのだと改めて実感しています。

「人や社会とのつながり」をどのようにつくってきたのか ②授業での学び合い

もう1点は、授業における生徒同士の交流についてです。臨時休業中は各学校が様々な形で課題を出し、生徒は自宅で学習をするという形をとっていたことと思います。本校でも1週間ごとに課題提出とともに個人面談を実施し、また次の課題を出す、という対応を取りました。この時に感じたことは、課題の量にもよりますが、臨時休業中でも大きく生活リズムを崩すことなく生活できている生徒がほとんどである、ということでした。学校が休みになったら、夜ふかしをしてしまう生徒が増えるのではないかと心配していたので、家庭での努力を感じました。

その一方、「一人でいるとやることがない」「他の人はもっと頑張っているのではないかと心配になる」などの声も多く聞こえてきました。もちろん、学習とは一人ひとりが自分に必要なことは何かを考えながら取り組むことが大切です。しかし、やはり「本当にこれで合っているのだろうか」「他の人はどんなことをしているんだろうか」と不安になってしまうのもわかります。特に中学生ならなおさらです。

学校が再開してからも、授業の中で生徒同士の交流をもたせることはなかなか難しいものがありました。しかし、No.6でご紹介したように様々な方法を模索しながら生徒同士の交流を取り入れました。1学期の授業の振り返りシートにも、「他の人の意見を聞けたのが楽しかった」「もっと時間をとって深いところまで知りたい」と書いている生徒がいました。

このように、学習とは1人でもできるものです。しかし、自分と同じように頑張っている友達がいると感じられることでより効率を上げることができたり、他の人の考えを知ることで、より深い学びに到達できたりするものです。基礎的・基本的な内容の定着を助けることももちろんですが、生徒同士の交流や学び合いを通した学習の楽しさを感じさせることができるのだと思います。

これからの学校はどうあるべきか

今回これまでと同じような教育活動ができなくなったことにより、生徒の「人や社会とのつながり」をつくることこそが、学校がもつ大きな役割であると改めて感じることができました。これを踏まえ、これからの学校はどうあるべきなのでしょうか。私は、本質を見失わずに、方法を模索することが大切だと考えています。「人や社会とのつながりをつくること」という本質はこれからも変わらずにもち続けるべきだと考えます。それは、生徒自身や家庭でできることには限界がある場合があるからです。その一方で、これまで通りの方法が通用しなくなっているのも事実です。文科省は、GIGAスクール構想を前倒しするとしていますし、新しい方法を模索していかなければなりません。

しかし、生徒1人1台タブレットが配布されても、それをどのように活用するのかはそれぞれの学校や先生たち自身が考えていかなければならないのが事実だと思います。今後、コロナウィルスとはまた違った災害が学校を襲うこともあるかもしれません。そうした先の見えない状況の中でも生徒の「人や社会とのつながり」を失わせないようにするためにできることは何かを常に考え続ける必要があります。

そのときに、大切なことはやはり「対話」だと思います。子供や家庭がどのようなことに困っているのかを知るための「対話」。自分の考えを相手と共有する「対話」。教員同士が協力してより良い方法を模索するための「対話」。学校と社会をつなぐための「対話」。より良い教育活動を実践するためにも、大人も子供も「対話」のスキルをさらに高めていってもらいたいと思います。

熊井 直子(くまい なおこ)

小平市立小平第五中学校 主幹教諭
英語もできる国語の先生を目指しています。2016年度に1年間フィンランドの高校で国語の授業を研究していました。英語教育に力の入る今だからこそ母国語教育のあり方を今一度よく考える必要があるのではないかと考えています。

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