2020.06.18
  • twitter
  • facebook
  • はてなブックマーク
  • 印刷

「主体的・対話的で深い学び」を支える言語スキル-生徒理解を深めるための授業づくり-(No.5)

No.2からNo.4の記事を通して、大人が見直すべき対話のスキルについて考えてきました。今回は、これまでの内容も踏まえつつ、生徒が安心して授業に取り組めるような授業づくりの工夫について私が考えていることをお話したいと思います。授業が再開されたとはいえ、今までとは異なる学校生活の中で生徒たちが少しでも楽しく、主体的に学習に取り組むことができる教師と生徒の関係をつくっていきましょう。

小平市立小平第五中学校 主幹教諭 熊井 直子

「対話スキル」を「生徒理解」に生かすためには

No.2からNo.4の記事でお話してきた対話スキルのポイントは、以下の通りです。

①相手の常識が自分の常識とは違うことに気づく。(No.2)
②相手の存在意義を認め、尊重する。(No.3)
③「言葉の定義」「理由付け」を意識して、相手の論理を理解する。(No.4)

この3つのポイントは、教師が生徒と対話をするときにもそのまま当てはまると思います。

例えば、「①相手の常識が自分の常識とは違うことに気づく」とは、生徒が当たり前だと思っていることと教師が当たり前だと思っていることが違う可能性を考えて生徒に接する必要があるということです。特に新年度学級が変わったばかりの頃は、「前の担任の先生の時はこうだった」「小学校ではこのように行動していた」など、生徒たちは「それまでの常識」を持っています。これを理解していないと、教師や学校側の「〇〇すべき」を押しつけるばかりで、生徒が困惑したり反発したりする原因になってしまいます。

また、「②相手の存在意義を認め、尊重する」とは、どんな生徒に対してもその存在を大切に思い、平等に接するということです。まだ学級や先生に慣れずに緊張して顔がこわばってしまっているだけかもしれないのに「反抗的だ」という目で見てしまったり、勉強が本当に苦手でどう頑張っても分からない状態かもしれないのに「さぼっている」と判断してしまったりすることはないでしょうか。ひょっとしたら本当に反抗していたりさぼっていたりする場合もあるかもしれませんが、そうした生徒の存在も大切に尊重し、どのような支援ができるのかを考える気持ちが教師には必要だと思います。

さらに「③『言葉の定義』『理由付け』を意識して、相手の論理を理解する」とは、まだしっかりと自分の思いや考えを論理立てて説明することができない生徒の発言から、本当に言いたいことをくみ取り、適切な表現の仕方に変えてあげるということです。大人同士のコミュニケーション以上に、生徒が使っている言葉と教師が使っている言葉の定義にずれがある場合は多いと思います。また、生徒は自分の考えや行動の「理由付け」をきちんと説明することができない場合もあります。これを生徒に質問したり想像したりしながら理解することが大切です。また、単純に教師が生徒の考えを先取りしすぎてしまうと成長につながらないので、どのように説明することが適切なのかもきちんと伝えるとより良いと考えています。

このように、これまでの記事で述べてきたことは、生徒とのコミュニケーション(特に初めて出会う生徒とのコミュニケーション)において応用をすることができます。これらの中から私が授業の中で行っている実践例をいくつかご紹介します。

1.授業の最初の出欠確認を大切にする

いつも年度当初の最初の1、2カ月は出欠確認の際に名前を呼んで返事をしてもらうということを行っています。中学校では毎時間授業担当の先生が変わるので、授業の最初に出欠の確認を必ずしますが、名前を呼んで出席をとることをやっている先生はそこまで多くないのではないかなと思っていますがいかがでしょうか。

規模の大きい学校では、授業の時にしか顔を合わせないという生徒もたくさんいます。また、授業のなかで毎時間全員と対話をすることができないときもあります。そうした生徒たちとの最初のコミュニケーションは、名前を呼び、返事をしてもらう、ということだと思います。教師も人間ですから、話しやすいなという生徒、どうやってコミュニケーションを取るのが良いかなと試行錯誤する生徒、さまざまです。時には、「ちょっとこの子と上手に話ができるか不安だな」と感じるときもあるかもしれません。でも、全員平等に名前を呼び、返事をしてもらうというその瞬間だけは1対1の関係をつなぐことができます。返事の仕方で、今日はあんまり元気がないかな、まっすぐこっちを見て返事をしてくれるな、と生徒の様子を感じ取ることができます。それを踏まえて、授業中に個人的な声掛けをしてみたり、皆の前で発表してもらったりしています。

このように、出欠確認から関わり方を工夫することによって、生徒も少し安心して授業に取り組めるのではないかと考えています。出欠確認は、短い時間で一人ひとりの存在を尊重していることを生徒に伝えるチャンスではないでしょうか。

2.生徒が自分のマイナスの感情を表現できる機会をつくる。

「意見を書きましょう」「感想を書きましょう」というとき、生徒は「何かいいことを書かなければ」「マイナスの感情はあまり書かない方がいいのではないか」と考えがちなのではないかと思います。むしろ、「そういうものだ」と思い込んでいるのではないかとすら思います。

「そういうものだ」と思い込んで自分をだましきれれば良いのですが、そうして押し込めたものがストレスとなり、何か別の形で表れてしまうことがあるかもしれません。特に、今はいつもとは違う学校生活で不安を感じている生徒が多くいると思います。そんな今の「不安」な気持ちを表現しても良いと伝えることが、国語の授業を通して行うことができます。

例えば、作文の書き方の指導で「今、不安に感じていることを書いてみましょう」「自分がこれだけは許せないと思うことを書いてみましょう」とテーマ設定をすることができます。私は、「事実の説明と、その事実に対する自分の感情や思いを組み合わせて文章を書く」という指導を行ったときに、「その事実に対する自分の感情や思いは、プラスでもマイナスでもどちらでも大丈夫」という一言を付け加えました。そうすることで、生徒もマイナスの感情を表現しやすくなり、教師としても生徒についての理解を深めることができると考えています。

ちなみに、この方法は以前にもご紹介した『つらいことから書いてみようか 名コラムニストが小学校5年生に語った文章の心得 』(幻冬舎、近藤 勝重)という本が非常に参考になりますので、興味のある方はぜひこちらの本も手にとってみてください。

3.自分が授業で使う言葉を整理して生徒に伝える。

例えば「序論・本論・結論」「情景描写」「事実と意見」など、授業の中で使う学習用語は教科書の巻末などに整理されています。こうした学習用語を生徒とともに確認しながら授業で使うことが、教師が指導しようとしていることを確実に生徒に伝えるためには必要なことです。「③『言葉の定義』『理由付け』を意識して、相手の論理を理解する」と書きましたが、自分が使っている「言葉の定義」や「理由付け」を丁寧に生徒に伝えていくことで、生徒が授業の内容を理解しやすくすることができます。「先生が使っている言葉が難しくて授業が分からない」ということにならないような工夫と言うことができると思います。

これは、発問を考える時にも通じる内容なのですが、発問に触れると話が長くなってしまうので今回は割愛します。が、発問を考える時に、言葉の定義が明確になっているかどうかということもよく考えてみてください。

おわりに

生徒が主体的に授業に取り組んだり、意欲的に他の生徒と対話をしたりすることができるようにするためには、まず生徒が安心して参加できる授業をつくることが大切です。いつもとは違う学校生活ですが、短い時間の中でも少しの工夫で生徒理解を深めていきましょう。それが「学校で学ぶことの意義」につながっていくのではないかと思います。

熊井 直子(くまい なおこ)

小平市立小平第五中学校 主幹教諭
英語もできる国語の先生を目指しています。2016年度に1年間フィンランドの高校で国語の授業を研究していました。英語教育に力の入る今だからこそ母国語教育のあり方を今一度よく考える必要があるのではないかと考えています。

同じテーマの執筆者

ご意見・ご要望、お待ちしています!

この記事に対する皆様のご意見、ご要望をお寄せください。今後の記事制作の参考にさせていただきます。(なお個別・個人的なご質問・ご相談等に関してはお受けいたしかねます。)

pagetop