「主体的・対話的で深い学び」を支える言語スキル ―対話についての理解を深める―(No.2)
前回の記事では「『話す聞く』の授業実践についてご紹介します」と書きましたが、3月に引き続き私が勤務する学校も休校となり、授業どころではなくなってしまいました。読者の皆さまのご健康と事態の収束を願いつつ、今回は、対話についての理解を深めるために参考になるのではと私が考える本を紹介します。まだアウトプットはできないけれど、少し時間がある今こそいろいろなことをインプットしていきましょう!
小平市立小平第五中学校 主幹教諭 熊井 直子
「対話力」は子どもだけでなく大人こそが必要
はじめに、次のようなことが起きた時、皆さんはどんなことを心がけますか?
①初めて学級担任をもつことになった。
②学校行事や校外学習等のプロジェクトリーダーになった。
③休み時間中に生徒同士がケンカをして、そのうちの一人が怪我を負ってしまった。
④何らかの事情で学年主任がしばらく学校に出勤できなくなってしまった。
①と②は集団をまとめる役割についた場合のこと、③と④は緊急事態が起こった場合のことです。また、①と③は生徒を中心とした対応、②と④は教職員を中心とした対応が求められます。私は、この①~④全ての場合において、(当たり前のことで申し訳ないのですが)「一人でなんとかしようとしないこと」が大切であると考えています。
例えば移動教室の担当になった時に大切なことは、子どもの動きだけでなく大人の役割分担とその動きを考えることです。生徒同士のトラブルが起きた時には、生徒への対応やその保護者への対応、次の時間の授業者の確認、その後の情報共有など、やはり教員の連携が求められます。私が初めて学年主任になった時には、自分で文書を作ったり、生徒を指導したりすること以上に、周りの教職員と話す時間を惜しまず作ることを心がけました。今回の新型コロナウイルス流行への各学校の対応を考える時にも、管理職は生活指導主任や教務主任、学年主任と打ち合わせをしながら方針を決定したことと思います。
このように、私たちは日頃から教員同士の連携を取りながらものごとを進めているはずです。でも、同じ教員とはいえ、年齢も性別も考え方も違う他人同士。ひょっとすると「自分の言いたいことが分かってもらえない」「何度も注意しているのに全く変わらない」「それぞれが自分の考えを主張するばかりで会議をしても話がまとまらない」等の問題意識を感じている方もいるかもしれません。これは上手に「対話」ができていないからです。「対話力」は子どもだけでなく、大人にこそ必要な力であると思います。
しかも、私たちが受けてきた国語の授業を振り返ってみると、「話合いの仕方」などを教えてもらった記憶は全くないのではないでしょうか。「では、話合いましょう」となんとなく始まる、ふわっとしたもの、という印象はないでしょうか。それはそのはずです。なぜなら前回の記事で触れた通り、学習指導要領で言語活動が重視され、実践が広がっていったのは、平成も後半に入ってからなのです。私たち大人は、今の子どもとは違い、自分自身で「対話力」を身に付けてこなければならなかったのです。だからこそ、意識的に「対話」について考えてみる機会があっても良いのではないかと考えています。
『他者と働く―わかりあえなさから始める組織論』宇田川元一(News Picks PUBLISHING)
そこでご紹介したい本が、宇田川元一さんの著作『他者と働く』です。この本ではまず、ハーバード・ケネディ・スクールで25年間リーダーシップ論の教鞭をとるロナルド・ハイフェッツの定義を紹介するところから始まります。
「技術的問題」…既存の方法で解決できる問題
「適応課題」…既存の方法で一方的に解決ができない複雑で困難な問題
最初に挙げた①~④の場面は、教員経験が長くなればなるほど「こうすれば解決できる」という自分なりの対応が身に付きます。しかし、私たちは機械を相手に仕事をしているわけではないので、生徒に対しても教員に対しても相手が変わればその方法を調整していかなければなりません。しかも、公立学校では数年に1度異動があり、学校が変わると対応が変わります。例えば私は、生徒に1台ずつタブレットが貸与され、校内に無線LANが通り、プロジェクターと書画カメラが全教室に配置されている学校から、教室にテレビすらない学校に異動しました。それまでの指導方法を、質を保ちつつ変えるにはどうしたら良いか、この環境からICT化を進めることはできないかなどを考えながら対応してきました。これらは、自分のこれまでの経験をもとに解決できるような問題ではありません。生徒、教員、さらに教育委員会と共に解決していくことが求められます。こうした点をふまえると、学校の中で起きる問題の多くは「技術的問題」ではなく、「適応課題」にあたると考えられます。
著者はこうした「適応課題」に対して、これまで医療や臨床心理の領域で研究・実践されてきた「ナラティブ・アプローチ」という思想・方法に基づいた取り組みを提案しています。「ナラティブ」とは、例えば「上司たるもの/部下であるならば、こういう存在であるはず」という暗黙的な解釈の枠組み、つまり、その人たちが置かれている環境における「一般常識」のようなものです。
「適応課題」を解決しようとするとき、それぞれの「一般常識」が似ていれば話が早いのですが、「一般常識」が異なるときや、「一般常識」が異なることに互いに気づかない時には、うまくことが進みません。著者は、この「一般常識=ナラティブ」が異なるもの同士が協力してものごとにあたることができる関係性を築くことを「溝に橋を架ける」と表現し、次の4つのプロセスとしてまとめています。
1.準備「溝に気づく」
2.観察「溝の向こうを眺める」
3.解釈「溝を渡り橋を設計する」
4.介入「溝に橋を架ける」
詳しいことはぜひ本書を読んでいただければと思いますが、私自身はこれを読んだ時に、対話を円滑に進めるための課題が大きく2つあると感じました。
1つ目は、相手の常識は自分の常識とは違うことに気づき、それがどのような常識なのかを理解する「他者理解」、2つ目は、理解した他者に対してどのような表現で言えば伝わるかを考える「言語技術」です。この本の素晴らしいところは、この「他者理解」を強調している点だと思うのですが、文章を読んで理解することと、それに対する自分の考えを表現することが異なるように、他者を理解するだけで適切な言語表現ができるとは限りません。国語教師としては、その「言語技術」の方についてより深く考えねば、と個人的には考えています。でも、「他人は自分とは違う」ということを理解することも簡単にできることではないのは事実なので、まずは「対話」という行為の全体像をこの本を通して学んでみてはいかがでしょうか。
おわりに
今回は、休校中にできる「インプット」として対話の基本が書かれた本をご紹介しました。その中で「他者理解」というキーワードが出てきたので、次回はここについてまた別の書籍をご紹介したいと思います。先行きの見えない今日この頃ですが、逆境を逆手に取り、今だからこそできることに取り組んでいきたいですね。重ね重ね皆さまのご健康をお祈りします。
熊井 直子(くまい なおこ)
小平市立小平第五中学校 主幹教諭
英語もできる国語の先生を目指しています。2016年度に1年間フィンランドの高校で国語の授業を研究していました。英語教育に力の入る今だからこそ母国語教育のあり方を今一度よく考える必要があるのではないかと考えています。
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