2026.09.12
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探究を探究する―公開授業で見えた子どもたちの姿―(vol.14)

今回は、月の公開授業における子どもたちの姿を紹介します。
「究極のひよカフェ」に向けて動き出す中で、子どもたちにどのような表れが見られたのか、一緒に考えていきたいと思います。

兵庫教育大学附属小学校 箱根 正斉

「究極のひよカフェのメニューを極めよう」公開授業より

いちごソーダの検討

 

「究極のひよカフェを極めよう」板書記録

この時間は、Aさんを中心に学級全体できき合う(話し合い、その子の思いをきく。その子の訴えをきききる)ことを活動として展開しました。

きき合いは、まず「いちごソーダ」のメニューの検討から始まります。
いちごソーダチームでは、炭酸が苦手な人にも対応できるよう、牛乳や水、豆乳などさまざまな組み合わせを試して飲み比べたいと考えていました。

これに対し、周りの仲間からは「それだけの種類を買って予算は大丈夫なの?」「アレルギーの問題もあるんじゃない?」 といった意見が出されました。

また、メニューを増やすことについても、「すでに黒大豆の豆乳プリンもあるのに、4人でやるのにこれ以上増やして大丈夫?」 と、周囲の子どもたちは現実的な視点から考えていました。前回、自分たちのチームで話し合った際には出てこなかった視点です。

別のチームの中には、いちごソーダチームの検討に対して「追究の甘さ」を感じている子もいるようでした。
Dさんは、改善点についての発表を聞き、感想欄にその思いをつづっていました。しかし、その内容を直接いちごチームへ質問・指摘することはありませんでした。

後から授業を振り返ってみると、そのDさんがどうしてその場で発言しなかったのか、担任として考えたい姿でもありました。
その子の中にあるものは何なのか。その子をそうさせるものは何なのか、考えていきたいと思います。

大根とブロッコリーのスープの検討

次に「大根とブロッコリーのスープ」の検討では、ソーセージに含まれるアレルギー物質について、ほかのグループの子から意見が挙がりました。卵成分が入っていると、卵アレルギーの子が食べられなくなってしまうためです。

その点について、メニューに使われている原材料をネットで検索し、卵が入っているか、あるいは卵不使用の商品があるのかを探しながら検討を進めていました。

授業後、Hさんは自宅でベーコンを入れたスープの試作品を作っていました。追究は学校の中だけでなく、家に帰ってからも続いていたのです。

きき合いの場で直接意見を言えなかったことについて、振り返っていたのかもしれません。その子の心が動き出すという意味で、この授業の時間が次の追究への大きな契機になったとも考えられます。

ひよこのクレパンケーキの検討

クレパンチームのIさんは、全メニューの「アレルギー対応表(材料表)」を作成していました。アレルギーのある人がカフェに来たとき、食べられるかどうか一目でわかるようにするためです。

この表は全体でも共有されましたが、「なぜこのような表を作成したのか」というIさん自身の思いまで、この時間に全体で語りきることはできませんでした。

自分の言葉で活動への思いを伝える――それを受け止めてもらえるとわかってはいても、自分から立ち上がって発言するには至りませんでした。
「どんな思いで作成していたのだろう」と、その子の内面まで深く見取りたいと、担任として強く感じた瞬間でした。

Aさんの切実な思いから、きき合う意味を考える

こうしたきき合いを展開する中で、その場に沈黙が流れる時間がありました。その沈黙は1分以上続いたと思います。
そうした場面でも、担任は「Aさんが発言して場をつないでくれるだろう」と思って待っていました。しかし、その時のAさんは言葉を発しませんでした。そして、こう語ったのです。

「いっつもそうやん。こういうときに僕が話すんだ。今、僕に考えがあって話すことはできるけど、ここで僕が話すと僕だけの『究極』になってしまうやん。25人でやるのが究極って言ったやん。前、僕が『看板をつくってこようか』と言ったときも、『みんなで作る』って言ってたし、みんなで作ることが究極だって言っていたよ。だから、いま僕が一人で話すのは話がちがう……」

そう語ったあと、再びしばらく沈黙が続きました。

そんな緊張感のある状況の中で、Cさんが手を挙げ、自分の意見を語り始めました。それに続いて何人かが発言し、さらにAさんに対してIさんがこう語りかけました。

 「みんな考えていないわけじゃないやん。考えているけど、思いつかないことだってあるやろ。それは違うわ」

この意見に、他の子どもたちも続いて自分の思いを口にし始めました。

Aさんは、なぜあの場で強い思いを口にしたのでしょうか。
日頃の学校生活の中でも、意見が出ずに話し合いが停滞してしまう場面がありました。そうした空気を「なんとかしたい」と、人一倍強く考えていたからなのかもしれません。

朝の会での話や全体のきき合いにおいても、一部の子だけが発言している実態を捉え、学級全体に向けて投げかけたのだとも感じられます。 

一方で、「発言しない=考えていない」わけではないという側面もあります。じっくり時間をかけて考えを深める子もいます。
GさんやHさんは、授業が終わった翌日に感想を書いて提出してきました。また、じっくり対話する中でこそ思いを表現できる子や、全体の前で発言することに少し抵抗を感じる子も教室には存在します。

一人ひとりの育ちにおいては、学級全体における「きき合い」――すなわち、全体の中で自分の思いや考えを表現し、それを仲間が温かく受け止めてくれる安心感を得ることが重要です。
そこから、仲間とのつながりが生まれていきます。自らを表現することは、仲間とともに協働して生きていくことそのものにつながるからです。

こうした一人ひとりの子どもたちの育ちを学級全体で共有しながら、一人ひとりが自分を表現する力を高めていくことで、追究はさらに深く豊かなものになっていくのだと感じます。

きき合うということ ― 学校だからこそできる価値ある学び ―

今回は、1時間の「きき合う授業」における子どもたちの姿から学びを考えていきました。 
互いの意見や思いをきき合う価値――それは、学校という集団の場だからこそできる豊かな学びなのかもしれません。

意味のある1時間にしたい。次の追究への確かな契機となってほしい。
そんな子どもたちと教師の願いが重なり合い、同じ方向に向かって太く伸びていくことを目指して、日々授業づくりに向き合っています。

次回は、4回目の試作品づくりに挑戦する子どもたちの姿を紹介します。

箱根 正斉(はこね まさなり)

兵庫教育大学附属小学校


個がくらしを見つめ、その個が育つことを考えて実践に取り組んでいます。個が立ち、協働し、探究する。個がくらしをつくり、個が生きる。
生活科・総合的な学習の時間を中心として、その個が自分の思いを膨らませながら、自らの願いを実現し、自己実現を更新していく。
そんな個の育ちを目指して実践しています。

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