生成AIへの教員のマインドセット~文科省「生成AIの利活用に関するガイドライン」再読を通して~
教育における生成AIの利活用について考えてみたいと思います。
今回は、文部科学省の「生成AIガイドライン」を読み直し、まず教員自身が校務で使ってみることの大切さについて考えました。
議事録や実施要項での実践例、そして子どもたちがいずれ手にする道具として教員が向き合うべきマインドセットなどについても取り上げます。
花園中学高等学校 社会科教諭 伏木 陽介
はじめの一歩
『初等中等教育段階における 生成AIの利活用に関するガイドライン』から
生成AIの教育での利活用について、今回から数回に分けて考えていきたいと思います。
まずは、文部科学省が公表している「初等中等教育段階における生成AIの利活用に関するガイドライン」を、久しぶりに最初から読み直してみました。
2023年7月に公表され、2024年12月には改訂版が出されたこのガイドラインですが、私自身は初版が出た当初に一度目を通しただけでした。その後は「大体こんな内容だったはず」という記憶だけで語ってしまっていたことに、読み返しながら気づかされました。
改めて読んでみると、今でも生成AIを利活用する上で大切な教示を多く得られる内容だと実感します。
生成AIの基本的な考え方、情報リテラシーの育成の必要性、生成AIの利活用が進む社会だからこそ必要とされる各教科授業の知識、文章の読解力、批判的考察力、問いを立てる力の必要性など。
また、生成AIの学習場面での利活用が推奨される場面と、不適切と考えられる事例も共有されています。
このようなガイドラインが示されて3年ほど経ちますが、当たり前のようでいて、実際の学校現場ではなかなか浸透しきっていないように思います。
「生成AIに仕事を奪われるのでは」という漠然とした不安、「生成AIを使うのは楽をすることだ」「生成AIの利用は生徒の学力の伸長につながらない」という根強い先入観。自らが実証しているとは言い難いこの認識が、多くの先生方の一歩を踏みとどまらせているのかもしれません。
なぜ、まず教員から始めるのか
この不安と先入観の根っこには、「生成AI格差」という言葉に象徴される現実があるように思います。
企業間の話として語られがちですが、改めて考えてみると、教員という職業にもあてはまる構図かもしれません。生成AIを日常的に使いこなす教員と、まったく触れない教員との間には、業務の質や効率で少しずつ差が生まれていく。
だとすれば、生徒に向き合う前に、まず私たち大人がその差の外側に立っておく必要がある。ここに行き着いたとき、進むべき道筋は自然と見えてきました。
GIGAスクール構想で1人1台端末を整備したときも、自分の周囲では、「まず教師が校務で使ってみる」「次に授業で使ってみる」「そして生徒が使えるようにする」という段階を踏んできました。生成AIについても、このICT導入のときのステップが参考になると思います。
小さな校務から始めてみる
そのような前提に立って、まずは生成AIを起動し、小さく試してみることを続けてきました。
最初に取り組んだのは、教員のミーティングの議事録づくりでした。要点を整理してまとめるだけでなく、その日の会議に参加できなかった先生方にも情報が伝わるような議事録を、時間に追われることなく作成できるようになりました。
メール返信の案文作成や評価文の推敲、学校webサイトや保護者向け文書の作成にも、活用の場面は広がっていきました。
例えば、学校行事の実施要項の作成においても生成AIは有用です。日時や会場、対象、持ち物といった必要事項を箇条書きで入力するだけで、体裁の整った文書の下書きができあがる。
ゼロから書き始めるより、まず叩き台が手元にあることで、そこから調整していく作業のほうがずっと楽だと実感しました。また、学校や自治体のルールに従い、個人情報や機密情報を含まない資料を生成AIに読み込ませることで、同じ形式で情報だけ差し替えた文書の作成も可能です。
こうして生みだされた時間という「余白」を、授業のプランづくりや、同僚・生徒との交流の時間に充てることを目標としています。
また、こうして作成し続けたプロンプトは、使い捨てにしないよう心がけています。よく練れた資料ができたときには、そのプロンプトを手元に残しておき、次に似たような文書をつくる際に使い回す。
さらに、自分の中だけにとどめておかず、他の先生方とも共有するようにしています。その際、生成した成果物を再現するためのプロンプト自体を、生成AIに作らせておくことも効果的でした。
このような方法は、ICTを導入したときと同じで、それぞれの先生が個別に工夫を重ねるだけでは、学校全体としての底上げにはつながりにくい。
だからこそ今、アイデアを気軽に共有できるプラットフォームをつくり、互いの工夫を「共有知」として積み重ねていく活動が大切だと思っています。
新しいものに触れたときの先人の対応に学ぶ
今後に向けて
もっとも、生成AIはすでに検索エンジンをはじめ、SNS、ショッピングサイト、カスタマーセンターなど、さまざまな場面に組み込まれ、子どもたちも知らず知らずのうちに日常的に触れる段階に入っています。
むしろ、大人である私たちよりも、子どもたちのほうがすでに「先行者」になっているとさえ言えるかもしれません。
しかし、その利活用の仕方が適正で、より良いものになっているかと問われると、甚だ疑問な部分も多いのが実情ではないでしょうか。
だからこそ教員には、生徒がすでに、あるいはこれからさらに日常的に手にしていくであろうこの新しいツールについて、書籍やニュース、研修といった様々なリソースを通じて、まずは「知っておこう」、そして実際に「触ってみよう」、その上で「(批判的に)利用していこう」というマインドセットが欠かせないと感じています。
さらに、年齢や場面に応じて、どこまで生徒に使わせるのか、あるいはどこで利用を抑止していくのかを、私たち自身の目で見極めていく力が問われているのだと思います。
そのために何より必要なのは、「自分には無理だ」「難しそうだ」と、最初から食べず嫌いをしない姿勢です。
私は日本史を教えている立場ですので、このような新技術の「渡来」の際には、よく歴史上のある場面を思い出します。それは、16世紀の鉄砲伝来や、19世紀の幕末の黒船来航の場面です。
見たこともない新技術を前にしたとき、当時の人々の中には、まず自らそれを試し、その実証体験の中で体得へと向かった者もいました。
ICTの時も、生成AIの時も、そして探究の時にも、この日本史の記憶が思い出されます。
新しい技術や新しい枠組みに向き合った際に、次世代にバトンをつなぐ役割の一端を担う教育者として、どのように意識し、対処するのが最適解と言えるのか。
まずは「触る」ことからすべてが始まるのでは、というのが私の認識です。
生成AI教育は、まだ始まったばかりの分野です。完璧な導入方法はどこにもなく、どの分野で、どのレベルまで利用させるべきか、逆に利用させないべきかも、検証を重ねながら座標を探っていくほかありません。
想像や評判、間接的な二次情報だけで速断するのではなく、私たち教育者自身が学び、実践する姿勢こそが試されているのだと感じます。
探究の授業でも生成AIを取り入れる場面が増えてきました。その具体的な様子や、そこから見えてきた手応えについては、次回お伝えできればと思っています。
あわせて、生成AIの教育利用において気をつけておきたい観点についても、今後考察していきたいと思います。

伏木 陽介(ふせぎ ようすけ)
花園中学高等学校 社会科教諭/中高一貫(ディスカバリー)コース統括・ICT担当、東西探究交流会代表
長年にわたり、探究学習のプログラム策定や実践に携わってきました。
学校や授業の改革には何が必要かを考え、現場でのチーム作りや実践を重ねております。
また、大学などの「学術知」を中高の教科指導とどう結びつけるかを追求し、共通テストの分析やICTとの接続等の教材開発に取り組んでおります。
こうした経験を活かし、未来の学びの創造に貢献したいと考えています。
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