子どもの心の動きが「見える」ってどういうこと? ~子どもに言葉が届かないとき,何が求められているのだろう~(4)
一生懸命語りかけても,子どもが受けとめてくれないときがあります。一方で「あっ,今,心に届いたかも」と感じることも。
一人ひとりの子どもに教師の願いが届くのはどんな場面や環境なのか,子どもとはどういう関係にあるのか,考えてみたいと思います。
元静岡大学教育学部特任教授兼附属浜松小学校長 大村 高弘
「そのものになりきって動こう!」
1年生の体育には「表現リズム遊び」があります。
「みんなは『浜松動物園』に行ったことあるね。あそこにいる動物になってみよう!」
「遊園地『浜名湖〇〇』の乗り物になって動こう!」
子どもたちに投げかけると,それなりに動き出します。ごっこ遊びや模倣の好きな子は,この時期多いですから。でも本気になれない子も,少なからずいます。
指導要領では「そのものになりきって全身で」動くことがねらい。跳ぶ・回る・ねじる・這う・素早く走る……などの動きが求められます。
どの子も生き生き動く授業をしたい。そのものになりきってほしい。その願いを体育好きのT先輩に伝え「どんな言葉かけがいいのでしょう?」と聞いてみました。
虚構の世界に入る
「人が変身するときって,心の中はどうなっているのだろう?」
T先輩の最初の問いでした。
たとえば仮装を楽しむとき。現実とは異なる虚構の世界を過ごすワクワク感,普段の自分を忘れて何者かになる楽しさがそこにあります。
ー そうか,虚構の世界に子どもたちを引き入れることだ。言葉かけがどうこうじゃなくて ―
授業のイメージがふくらんできました。ふだんのグラウンドや体育館の場では現実のまま。ならば暗幕を引き、中を暗くした体育館を海の底と見立てて授業をしよう,と話はまとまりました。
海底の生き物たちになってみる
「さあ,体育館に入ろう!」
真っ暗な体育館に子どもたちを引き入れました。
ステージ上のスクリーンに海底の生き物たちが動く動画を流しBGMをかけると,子どもたちの気持ちが高揚してくるのがわかります。
「今,みんなは暗い海の底にいるんだ」
わたしは両手を体の前で合わせ,魚の動きでくねくね小走りをしました。
「みんなも海にいる生き物になってみよう!」
「わあぁ」
とがった感じをつくって魚になり走り出す子。手でハサミをつくり,カニになって横歩きをする子,自分の回りを手でつついてウニになる子……
生き生き動く子どもの姿にうれしくなってわたしは声かけをして回りました。
「おぉ,うまく変身したね!」
「上手だねぇ」
ところが……
声かけをしていても何かしっくりこない感じ。ほめてさらに動きを高めたいのに,自分の言葉が子どもに届いている気がしない。
放課後,子どもたちが帰った教室で考えました。
当時自分が大切にしていた言葉は「やってみせ,言って聞かせて,させてみせ,ほめてやらねば,人は動かじ」(山本五十六)。
ー 人を動かす要諦はここにあるはず。でもそのとおりにやってもどこか違うなあ ー
あらためてT先輩に相談
「子どもに声かけしても,受け入れられていく感じがしないんですよ。一生懸命ほめてるのに」
「そうなんだ…… 『上手だねぇ』『うまく変身したね』なの? そういう評価って,子どもにとって必要なのかな? 子どもは自分が本物のタコやイカになったことを信じてほしいと思っているのかしら?」
「えっ?……」
ー そうか,子どもたちは海底の世界に居る,その思いに浸りたいんだ…… 動きの高まりなんて子どもには関係ないこと。自分は子どもの活動の輪の外にいた ー
「ほめてやらねば」の意味
次の時間,サメになって魚を追いかけ,ワカメになって漂い,手足をぐにゃぐにゃ動かしタコのように…… 子どもの経験している世界をいっしょに楽しんでいると,子どもたちはいっそう夢中になってくれました。動きの高まりは,その結果としてあったのです。
「やってみせ,言って聞かせて,させてみせ,ほめてやらねば,人は動かじ」
連合艦隊を指令する重い立場,命令・服従の世界で人を動かした山本五十六。その「ほめてやらねば」を,自分は上から目線の行為として解釈していました。それでは冷ややかな評価者にすぎない。
五十六は部下との人間的な関係のなかにあって,きっと「共感」とともにほめる言葉が出ていたのだろう,と今は思えます。
大村 高弘(おおむら たかひろ)
元静岡大学教育学部特任教授兼附属浜松小学校長
新しい学習指導要領の改定に向け,準備が進んでいくことと思いま
アフターコロナの時代,社会が大きく変化する中で,学校と授業は
今後の学校教育に期待することを,不易・流行の両面から考え、お
ご意見・ご要望、お待ちしています!
この記事に対する皆様のご意見、ご要望をお寄せください。今後の記事制作の参考にさせていただきます。(なお個別・個人的なご質問・ご相談等に関してはお受けいたしかねます。)