子どもの心の動きが「見える」ってどういうこと? ~経験を積むことで生まれた思いを引き出し,子どもの学習を活性化する~(10)
理科が専門のA先生は子どもの好奇心を喚起するのがとても上手。自然事象との出会いや体験活動によって「ふしぎ!」「おもしろそう」の思いになって夢中で追究する。そんな子どもたちの姿を何度も見てきました。
でも今回の総合的な学習の時間の授業は,ちょっと様子が違いました。それは「体験」を超えた「経験」を大事にしていたからかな,と今思えます。
静岡大学大学院教育学研究科特任教授 大村 高弘
「これをやったところで……」
参観したのは5年生の総合『見つけよう!日本のよさ』の授業。
地域での米づくりを取り上げていました。現在、米の価格は高騰しています。我が国の「米づくり」が今後どうあるべきかは、国民みんなの課題です。
1学期からの学びを重ねるなかで,日本のよさの一つとして稲作を捉えるようになった子どもたち。本時の課題は「米づくりの魅力を届けるために,私たちは何をすればいいだろう」でした。
子どもたちは4~5人のグループになり,付箋紙を使いながら発信の方法を考え始めます。
私が見ていた子たちが書き留めた方法は,ポスター・新聞・クイズなどでした。付箋紙を模造紙に貼りつけ始めたとき,Bさんがつぶやきました。
「これをやったところで,農家に入る人っているのかなぁ?」
ー えっ,それを言っちゃあ,おしまいよ(寅さん) -
でもここは子どもの学びの場。大人社会と違って素直な思いが出てくるのがいいですね。
グループに近づいてきたA先生は敏感に、この空気を感じ取ったようです。いつもとは違う感じの口調でした。
「できそうなことじゃなくて,“やりたいこと”を出し合いなさい!」
ー おぉ,A先生,カンフル剤を打った ー
子どもたちは,1学期に田植え体験をし,学校ではバケツ稲を育ててきました。2学期には稲刈りを行い,脱穀・もみすりまでを体験。子どもたち自身が収穫の喜びを味わい,米づくりの仕事の苦労も知りました。またこの間,機会あるごとに農協職員,稲作農家,市役所職員などと関わってきました。
「農家数は年々減少しているんだ」
「稲作の仕事って,こんなにたいへんな思いで……」
「自分もご飯は残さず食べないと」
これまでの体験活動の苦労と喜び,関わってきた稲作農家や農協職員の情のこもった願いを知る中で,“やりたいこと”が心のなかに芽生えていることを信じての、カンフル剤だったのでしょう。
体験は「する」と言います。一過性のものとも捉えられます。でも経験は「積む」。その人間の中に継続した流れの中で積み重なっていくものです。A先生は子どもに同伴しながら,また振り返りの文を読みながら,子どものなかに熟成されていくものを見とっていたのでしょう。
しばらくすると,Bさんが言いました。
「『農業がやばい!』ってことを書いていこうよ」
その声音には体温が感じられました。グループの空気は変わりました。
変化を起こすことを
今,世界で起こっている様々な問題,国際紛争,気候変動などに対し「それをやったところで……」でなく,一人の市民としてできることに向き合う人間を育てることを願い,この学校の先生方は授業をつくっていました。そしてA先生は「資質・能力」を育てることに加え「自分で目標を設定し,振り返り,責任をもって行動し,変化を起こすことを求める」姿勢を大切にしていたのです。
授業の終わりにCさんが発言。
「2年生のペアの子に農業のことを伝えたい。その子が5年生になったとき,また下のペアの子に伝えてくれるかもしれない。そうやって広まっていってくれたら……」
遥か先までを思っての発言に,心が動きました。
(なお、本稿の内容は、校長先生およびA先生のご承諾を得て掲載しています。)

大村 高弘(おおむら たかひろ)
静岡大学大学院教育学研究科特任教授
教員不足の問題がいろんな機会に取り上げられています。
でも教職は実に愉しくやり甲斐ある仕事ではないでしょうか。
その魅力を読者の皆さんといっしょに考えていきたいと思います。
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