教師としての哲学を取り戻す旅ー授業づくりの根にある思想とは
授業づくりに悩む教師は少なくない。
優れた授業を観て感動し、実践しても、なぜか同じようにはならないーー。
その理由は、技術の巧拙だけではなく、もっと深いところにあるのではないか。
MBAの学びを通して見出した一つの答え。
それが「教育技術のTreeモデル」である。
目黒区立不動小学校 主幹教諭 小清水 孝
原体験――教育実習での挫折と衝撃の出会い
二十年以上前、私は大学生として教育実習に臨んでいた。しかし、授業は思うようにいかず、子どもたちの反応も薄かった。教員としての適性があるのか、強い疑問を抱いたまま実習を終えた。そんなとき、たまたま自宅で目にしたNHKの『わくわく授業』が、私の人生を変えた。
画面の中で教鞭をとっていたのは、有田和正氏だった。「追究の鬼」「教材七分、腕三分」といった名言を残した教育界の巨人である。授業は「郵便ポスト」を題材にしていた。子どもたちは目を輝かせ、身を乗り出して考え、学びに没頭していた。学力面で課題があると思われる児童までもが、真剣に語り合っていた。私はテレビを食い入るように見つめながら、胸を打たれた。「自分もいつかこんな授業をしたい」――この思いが、私の教師人生の出発点となった。
技術との出会い――向山洋一氏に学んだ「指示の技術」
教員1年目。私はいわゆる「しんどい地域」と呼ばれる学校に赴任し、算数を担当した。しかし授業はまったくうまくいかず、教室は荒れた。紙飛行機が飛び交い、暴言も絶えなかった。子どもたちを責める前に、まずは自分の授業力の低さを痛感した。
わらにもすがる思いで、向山洋一氏のセミナーに参加した。模擬授業を見た瞬間、衝撃を受けた。向山氏の指示は短く、それでいて的確だった。私の指示は長く、あいまいで伝わらない。向山氏の言葉は研ぎ澄まされ、教室の空気を一瞬で変える力を持っていた。その技術の高さに圧倒され、「指示とは、子どもを動かす最小単位の技術なのだ」と学んだ。
それ以降、私は教育技術の習得に没頭した。授業づくり、板書、発問、指示、評価、あらゆる面で「技術」を磨こうと努めた。
さらなる衝撃――同世代教師の「飛び込み授業」
教職10年目を迎えたころ、私は複数の教育研究会で役員を務め、教育雑誌への執筆の機会にも恵まれていた。それなりの経験と自信を持っていたが、その自信は一瞬にして打ち砕かれることになる。
東京都で開かれた大きな研究発表会。都内のエース教員A氏による「飛び込み授業」を参観した。第1時。いわゆる「仕込み」は一切ない。にもかかわらず、教室は瞬く間に一つになっていった。A氏の言葉は削ぎ落とされ、必要最小限でありながら温かい。ほめ言葉が速射砲のように飛び出し、教室は笑顔と活気に包まれた。運動が苦手な児童も自然に動き出し、「勝ち負け」ではなく「共に創る」雰囲気が立ち上がっていった。
授業が終わってもしばらく言葉を失った。なぜ同じ年齢、同じ経験年数の教師に、これほどの差が生まれるのか。有田や向山のような教育界の巨匠に感じた衝撃とは違う。A氏は私と同世代だった。もはや「経験の差」という言い訳はできなかった。
模倣の限界――「技術」だけでは届かない壁
私はA氏の授業を何度も追試した。しかし、うまくいかない。5年が経ち、10年が経っても、完全には近づけなかった。数千冊の教育書を読み、数百回のセミナーに参加した。ありがたいことに、授業を参観した同僚からは「子どもが生き生きしていた」「まねしたくなる授業だった」と言われるようになった。それでも、心の奥底で「何かが違う」という違和感が消えなかった。
子どもの表情は明るい。授業後の雰囲気も良い。だが、どこかに「魂の通い合い」が足りない気がした。私は考えた。「なぜ、同じ教育技術を使っても、同じ結果が出ないのか」。
最初に思いついた答えは、「子どもの実態が違うから」である。私はアンケート調査を実施し、子どもの学習意欲や自己効力感を定量分析した。また、学習カードや面談記録をもとに定性分析も行った。確かに、実態の違いはある。しかし、分析を重ねても違和感の正体はつかめなかった。
MBAでの気づき――「思想」が授業を形づくる

筆者作成
その答えを見いだすきっかけとなったのは、社会人として学んだMBA(経営学修士)課程での経験である。経営学では、組織の行動を支えるのは戦略や技術ではなく、「理念」や「思想」であると学ぶ。優れた戦略も、理念に根ざしていなければ持続しない。私はふと、教育の世界にも同じ構造があるのではないかと感じた。
あるとき、自分の人生をナラティブに振り返る機会があった。そこで私は初めて、「私は何のために教えるのか」という問いに真正面から向き合うことになる。自分の内面を掘り下げるうちに、これまでの実践が「技術」に偏り、思想に支えられていなかったことに気づいた。
つまり、同じ教育技術を使っても結果が異なるのは、子どもの実態だけでなく、教師自身の思想が違うからである。教育技術は思想の表現であり、思想が異なれば、同じ技術を使っても異なる授業になる。
教育技術のTreeモデル――思想を可視化する試み

筆者作成
私はこの気づきをもとに、「教育技術のTreeモデル」(2025,小清水)を提唱している。根は「思想」、幹は「教育哲学」、枝は「個別の願い」、葉は「教育技術」である。
多くの教師は、葉に当たる教育技術ばかりを学ぼうとする。しかし、根(思想)や幹(哲学)が育っていなければ、技術は長くは持たない。枝葉をいくら磨いても、根が枯れていれば木全体は倒れてしまう。逆に、思想という根が深く張っていれば、技術は自然に枝葉を伸ばす。
例えば、「短く明確な指示を出す」という技術は、単なる効率化ではない。その背後には「子どもを信じ、余白を委ねる」という思想がある。ほめ言葉を多く使う教師の根底には、「人の可能性を偏見によって限定させない」という哲学が流れている。技術とは、思想を形にするための手段にすぎない。
思想と技術の往還――教師の生き方が授業をつくる
有田氏は「追究の鬼」と呼ばれたが、その背景には「子どもの学ぶ力を信じる」という思想があった。向山氏の鋭い指示の裏には、「子どもを分かる喜びへ導く」という一貫した哲学が流れていた。そして、A氏の授業には「共に創る文化を育てたい」という信念が宿っていた。私は長年、彼らの技術だけを模倣してきたが、思想にまで踏み込めていなかった。
教育技術のTreeモデルは、教師自身が自分の思想を可視化し、再構築するためのツールでもある。技術を磨くことはもちろん大切である。しかし同時に、「自分はなぜこの技術を使うのか」「何を子どもに伝えたいのか」という問いを持ち続けたい。
結び――思想を掘り、技術を伸ばす
教育実習での挫折、有田・向山・A氏との出会い、そしてMBA課程での学び。これらを通じて私は、「教育技術の根には思想がある」ことを実感した。教育技術とは、思想の枝葉であり、教師の生き方そのものが授業ににじみ出る。
これからも私は、技術を磨きながら、自らの思想という根を掘り続けたい。教育技術のTreeモデルは、私自身の実践を支える地図であり、また次世代の教師たちが自分の思想を育てるための羅針盤でもある。
優れた授業を見て感動することはすばらしい。しかし、その感動を自分の教室で再現するためには、思想という見えない根を育てる必要がある。どの教師の授業にも、その人の人生がにじむ。
だからこそ、教育は深く、そして面白い。

小清水 孝(こしみず たかし)
目黒区立不動小学校 主幹教諭
フープ1本でできる運動を3つ以上言えますか?
現場で使える技術、できる実践、リアルな指導法を日々追究しています。
現場の先生方、共に考え、指導法の選択肢を増やしていきましょう!
NPO教育サークル「GROW5th」代表。
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