子どもの心の動きが「見える」ってどういうこと? ~他者には見えて,自分に見えないもの~(6)
子どもを見て「あれっ?」「おやっ?」と感じたとき,その「ずれ」を突き詰めることで教師の思考の枠組みは変わっていく。「見える」世界を豊かにする手だての一つかもしれません。
この「あれっ?」「おやっ?」をつなぎ合わせる媒介物はいろいろあって,時間の経過のなかで子どもの変化を捉える実践(築地久子先生・当時静岡市立安東小)を,前号で紹介しました。今回は,この「時間軸」と別の観点から考えてみます。
......とすると「空間軸」かな? いや,ちょっとちがうような。
静岡大学大学院教育学研究科特任教授 大村 高弘
「手がかかる」と思うばかりで
以前の勤務校でのこと。
新任の講師として4月に着任したB先生は,明るい性格の女性でした。
放課後の職員室では周囲の先生方と笑顔で会話する姿もよく目にしました。
B先生は3クラスある2年生で人数の最も少ない学級の担任。そのため,5月から転入する子を担当してもらうことに。下は7月の週案簿に書かれた振り返りです。
5月に転入してきたAさんは発言が少なく,必要なことを伝えるのも苦手である。学習面でもゆっくりで指導が必要。そんなAさんなので私は手がかかると思うばかりで,良いところを見ることができていなかった。
そのAさんについて,書写の時間の真面目な取組で「書き写すことが丁寧」と教頭先生から教えてもらった。その後に,マット運動でスムーズに前転し,友達にも熱心に教える様子を,体育授業担当のC先生に教えてもらった。
次の日にAさんに伝えた。その時の表情は変わらないように見えたが,その日から,必要なことをAさんから伝えてくるようになった気がする。認め褒められたことがAさんの自信になったのだと思うと……
転入時,周りの子と同じ行動が難しかったAさん。自信がもてないから口数は少なく,行動も慎重にならざるをえない。過ごしにくさを感じていたかもしれません。でも,
ー わたしのいいところを,先生がちゃんと知ってくれている -
よさを認められたAさんはB先生との心の距離を縮めました。自己肯定感も高まったのでは。
職員室で明るく過ごすB先生。一方,教室では大変さを抱えていました(実は家庭でも子育ての忙しさがあったようです)。学校の動きに自分もまだ慣れないのに5月に転入生。余裕が無い中、特別の対応や支援が続いていたら,
「手がかかる子」
と見えてしまうのもわかります。
子どものマイナス面が気になると,よい面はなかなか見つけられないようになってしまう。「この子はこういう子」と,見方が一旦できると色メガネをかけたような状態に。わたしも経験しました。自分の論理に合わない現象は見えなくなってしまう。というか,見ようとしないのが人間かも。ここを自分一人で抜け出していくのは難しいです。
いろんな角度から,異なる価値観で
子どもには得意なこともあればそうでないものも。学習内容や取り巻く環境との関係で言動が異なるのは当然です。担任としてつかんでいない表われを把握できるのはとても貴重。今までと違った角度から,その子を見られるようになります。
また,教師のものの見方には各々特性があります。コップの水を「半分しかない」と見るか「まだ半分もある」と見るのか。よく言われるところです。同僚の解釈や評価は,自分の見方が「唯一でない」ことに気づかせてくれます。
その子の捉えが変容すれば,日常での教師の接し方は意識しなくても変わっていくはず。それを子どもは敏感に察知します。その影響によって,子どもはさらによい方に変化していくのでしょう。
問題行動とは言えないけれど
上は子どものよい表れの事例。でも逆もあるでしょう。
忘れ物が増える。意識していないのに生活がルーズになる。遅刻が続く等々。何かの生きづらさを抱える影響が教室で現れることがあります。
授業者の目からすると,校内で「問題行動」と共有すべきほどに思えない。でも,この兆候は,学習・生活のつまずきや友達関係の不調かも。家で何かを抱えている場合もあります。
支援を必要とする子を見つけ適切な対応を早期に始めるために,スクリーニング会議を行う学校も多いと思います。一方で,会議はできるだけ精選し,職場の働き方改革も進めていきたい。どうすればいいのか。
日本の学校の職員室
B先生は日頃からなんでも話す人でした。だから周りの先生方もそれに応え,様々な情報を返してくれる。教師には授業力・学級経営力がまずは重要。加えて同僚が応援してくれる人間関係力があれば鬼に金棒。仕事を支えてくれる力と言えるでしょう。
先日,映画『小学校~それは小さな社会~』を見ました。ある小学校の1年を追ったドキュメンタリー。コロナ禍の学校で,先生方が互いを支え合う繊細な心遣いが心に残りました。
諸外国には,学校に職員室がない国もあるとのこと。でも日本の学校の職員室は,なくてはならないコミュニケーション空間(「空間軸」では,やっぱりなかった)。
ある学校の経営書には,いい言葉が載っていました。
「弱音が吐ける職員室,困ったときはお互い様」
教室でうまくいったこと,困ったことは,どんどん話に出してみたらいいのでは。

大村 高弘(おおむら たかひろ)
静岡大学大学院教育学研究科特任教授
教員不足の問題がいろんな機会に取り上げられています。
でも教職は実に愉しくやり甲斐ある仕事ではないでしょうか。
その魅力を読者の皆さんといっしょに考えていきたいと思います。
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