2025.06.19
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子どもの心の動きが「見える」ってどういうこと? ~小学校の動物飼育から見えてくる、子どもの心の成長~

久保田早紀さんの『異邦人』の冒頭では、子どもたちが空に向かって両手を伸ばし、自由や夢に向かおうとするような情景が描かれています。
歌詞から浮かんでくる伸びやかな姿に、A小学校の子どもと動物たちのかかわりが重なります。
今回は、静岡県のA小学校で実際に行われている動物飼育活動「どうぶつむら」の取り組みについて、担任のB先生から伺ったお話をもとに紹介します。

静岡大学大学院教育学研究科特任教授 大村 高弘

「どうぶつむら」で起こること

A小学校の正門を通ると、右手に「どうぶつむら」の大きな看板が目に入ります。
広い空間に緑の樹木が生い茂り、この暑い時期も涼しげです。たくさんの小屋がここに置かれ、各々にウサギ、モルモット、亀などが飼育されています。村の中には柵を張ったウサギの遊び場や池(かつてはアヒルがいた)もあります。

入学後の学校探検で子どもたちは「どうぶつむら」を初めて訪問しました。1年生の夏になると、
「わたしはおもち(ウサギの名)がいいな」などと自分が世話したい動物を選択します。秋には少人数グループをつくり、糞の掃除やトレーの洗浄など飼育方法の引継ぎを2年生から受けます。翌年の9月までの1年間が本格的なお世話の期間です。
この間に「どうぶつむら」ではいろんな事件(?)が発生します。
担任のB先生の報告によれば……

観察、協力、そして責任感

ある日、モルモットの足から血が出ているのを子どもが発見しました。
「たいへん! たいへん!」
担当する子どもたちは大騒ぎ。

ー すぐに手当てをしないと ー
ティッシュで足から出ている血を拭き取ろうとする子。
「先生、病院連れてって!」と嘆願する子。
でも授業がありますから、すぐ連れて行くわけにはいきません。
「これ以上ひどくならないように、まず原因を見つけようよ」
B先生は呼びかけます。

ー おかしいなぁ、なんで血が? ー
原因はなかなか見つからず1年生は困るばかり。不安も収まりません。

ー 2年生だったら分かるかもしれない -
機転をきかせ昨年モルモットを飼育した先輩に、起こった出来事を報告する子がいます。
休み時間「どうぶつむら」に来た2年生は、すぐに原因を見つけてくれました。
「先生、釘を打ち直してください」
飼育小屋に敷いてあったすのこから釘が飛び出ていたのです。

ー さすが2年生! -
自分たちに見えないものが上級生には見える。感謝と敬意の気持ちは高まり、モルモットグループはそれから毎日すのこの点検も行うようになりました。
ここにいる動物たちは小学校の子ども皆のものです。上級生が大切に育てた動物を受け継いでいることの意識は高まります。「責任の自覚」「公共性への気づき」は活動を通しB先生が育てたいと強く願うものでした。

冬が近づきました。

ー 動物が夜も寒くない寝床を作りたい ー
子どもの願いを受け止めつつB先生は安易に方法を教えません。強い西風から動物を守る対策を子どもが考え相談する様子を見守ります。家族や2年生に尋ねる子。本やインターネットで調べる子。仲間と力を合わせて試行錯誤で小屋の周りを囲う活動を進めます。

命と向き合う経験

あるときはウサギが病気になりました。子どもたちは目薬をさしたり注射器を使用し薬を飲ませたりしました。
言葉のない求めに応じ五感をフル動員しての“看護”の期間は2カ月間におよびました。
子どもにとって未知のことは多く、どうにもならない出来事もありました。

ー 昨日まで元気だったのに、どうして? ー
モルモットの姿が突然一変しました。言葉でしか知らないでいた「死」が、実態として目の前に現れたことも。やり場のない子どもたちの気持ちに、B先生は寄り添うしかありません。
こうして動物に働きかけ、また働き返される「経験」を子どもたちは続けていきます。

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「経験」というのは、ある一つの現実に直面いたしまして、その現実によって私どもがある変容を受ける、ある変化を受ける、ある作用を受ける、それに私どもは反応いたしまして、ある新しい行為に転ずる、そういう一番深い私どもの現実との触れ合い、それを私は「経験」という名で呼ぶのですけれど……
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と森有正は記しています。
体験はそれを積ませ豊かにすることはできても、経験は人為的につくりだすことはできません。くらしと一体になった飼育活動のなかで、仕組まれた授業の世界で味わえない経験をもたらしてくれる「どうぶつむら」。ことなかれ主義とまったく反対の営みが、ここで進められます。

梅雨時の「どうぶつむら」。この時期にはカッパ着用で世話する子どもたちの姿が見られます。季節の変化の中で動物たちの体調は変化します。飼育環境の見直しも必要です。小屋を清潔に保つ相談も、これから進められることでしょう。

参考資料
  • 『思索と経験をめぐって』森有正(1985)講談社,p173

大村 高弘(おおむら たかひろ)

静岡大学大学院教育学研究科特任教授


教員不足の問題がいろんな機会に取り上げられています。
でも教職は実に愉しくやり甲斐ある仕事ではないでしょうか。
その魅力を読者の皆さんといっしょに考えていきたいと思います。

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