2024.08.14
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学校の水泳は,これからどうなるの? 〜3分でも,3時間でも,30時間でも......助けが来るまで〜(8)

「もし,池に落ちた子どもがいるのを見つけたら,みんなはどうする?」
「飛びこんで,助ける」
「ダメ! それは,ぜったいにやっちゃいけない」
7月,H小学校で参観した『水辺の安全教室』(6年)でのひとコマです。
着衣泳など,溺水予防を目的にした授業を大事にしている学校は多いと思います。高学年の水泳で,初めて『安全確保につながる運動』が指導要領に入りましたので。
いつも入っている学校のプール。川でも海でもなく,身の危険はあまり感じにくい場所。そこで溺水予防を自分事として学ぶために,何が大切でしょう。

元静岡大学教育学部特任教授兼附属浜松小学校長 大村 高弘

自分が水に落ちてしまい,命が危うくなったなら

説明をするライフセーバーのJACKさん

冒頭の会話は,ライフセーバーさんと6年生とのやりとりです。
子どもの前に立つお二人は,赤・黄色のユニフォームを着用。背面のプールの青さに,きれいに映えます。
「ぼくの名は,JACK!」
「わたしはミナミ。普段はアシカのショー,やってまぁす」
「へえぇー」
子どもたちを引きつけるオーラが,お二人の身体から出ている感じ。

「もしも自分が水に落ちたなら,助けが来るまで一人で浮いているんだ。3分でも,3時間でも,30時間でも……。 命をつなぐ,自分で命を守りつなぐことを,今日は学ぼう!」
笑顔で語られるJACKさん。これまでの人命救助のご経験に支えられた言葉は力強いです。

「30時間でも」という言葉に,わたしは数日前のニュースを思い出しました。
下田の海水浴場で水遊びをしていた20代の中国籍女性が行方不明。千葉県南房総の沖合で浮き輪に体を入れた状態で漂流し,救助されたのは36時間後のこと。女性に脱水症状は見られたものの,命に別状はありませんでした。
報道を知っている子も多かったでしょう。「30時間でも」は他人事にしていられないのです。

「ザブーン」
まずはJACKさんご自身が大プールに入水。最初に見せたのはボビングです。
「息を吐くときは,水中でゆっくりと。だから鼻で吐く。吸うときは,一気に。だから口からだよ」
プールサイドで子どもたちは大きくうなずきます。理由が明確だからでしょう。
次に見せてくれたのは,水中で立つ際の身体技法。
「浮いている状態から立つ時は,腕で水をかいて,足をシュッと縮める」
「おお!」
一瞬にして膝を胸につけ小さくなってしまうJACKさん。機敏な動きに子どもたちはびっくり。

 いよいよ今日のメイン、浮く活動。
JACKさんは空を見つめ,ゆったりと浮いて背浮きを示範。

途中から雨が激しく降り出し顔に水が当たるのですが,落ち着いた表情は変わりません。背浮きという技法は,安定した心に支えられるようです。
「体の力を抜いてぇ~,腕を広げぇ~,大きく息を吸って,あごをあげる!」
示された四つのポイントを頭において,子どもたちは各々試行。
人はもともと浮けるはずです。水の比重が「1」に対し,人は「0,98」なのだから。でも足から沈んでしまう子が多いです。その様子を観察していたJACKさん・ミナミさんが,子どもたちを集めます。
「浮くの,簡単だった人?」
手が上がったのは3分の1くらい。手足を動かさないで浮いているのはなかなか難しいです。スカーリングなどして,少しでも体を動かせたら違うのですが。
ここでまたポイントの説明。
「顔に水がかかるからといって,頭を上げると体が折れてしまう。と,体の真ん中から沈んでしまうんだ」
なるほど。この原理にも納得がいきます。

その後ペットボトル(空にした2リットルの物)を一人ひとりに貸与。それを両手で胸に抱える背浮きはずいぶん楽です。ボール,ランドセル,ヘルメット,カバン,靴など,身近にある物が提示され,それを投げることが他者救助の方策であることも,子どもたちは理解します。

様々な体験活動を経た後は,まとめのお話。
「水に落ちてしまって川で流されたとする。頭の方から流される? それとも足の方から? どっちがいいんだろう」
「……」
「頭から流されていて,その先に岩があったとしたら,どうなるかな?」
「頭からぶつかる」
「そう。でも,足から流されていたなら岩を自分の足で蹴ってよけることができるよね」
普段の泳ぐ活動はクロールも平泳ぎも頭が先。でも,背浮きで流されるときには逆。川の状況をイメージしてみれば,そのとおりです。
JACKさんのお話は,どれも原理に裏打ちされています。経験を通し得られた知恵に支えられているのです。

私は自分が20代の頃,海で命の危険を感じた出来事を思い出しました。
友人に連れられ初めてサーフィンをした日のこと。「波に乗る」なんてできないので,ボードの上に寝転び,心地よく漂っていました。ふと気がつくと,友人たちとはずいぶん離れた沖き合いに。
ー まずい,戻らなくては ー
教えてもらったパドリングで一生懸命水をかくのですが,岸に近づいていく気がしない。逆に遠ざかっていく感じ。そのうち,腕がつって(痙攣)しまい,
ー これは危うい ー
あせると,いっそう進みません。
数分後,あるところで流れが変わりました。かけばかいただけ前へ。岸に向かって必死で手をかき,ヘトヘトになって砂の上に座り込みました。

こうなった理由を,友人が教えてくれました。
「外海へ向かう潮の流れに乗っちゃったんだなぁ。あの入り江には流れがあるんだよ」
「えっ? それ,はじめに教えてくれよ!」
「そういうときはあせらない。流れから抜け出られるときがあるから」
ー そんなあ…… あらかじめ,知っていさえすれば ー

必要なコンテンツを正しく学ばせる

命にかかわる知識と技法は,正しく与えなくてはいけないと思います。水辺の活動において「自分流」は極めて危険ですから。でも,だからといって子どもを授業で受け身にさせたくはありません。
動きのコツがつかみやすいモデルになること。吟味された言葉で,原理・原則をわかりやすく表現すること。そして何より「命をつなぐこと」への強い思い。JACKさん・ミナミさんの講習は,教える授業であっても子どもの能動的な学びは成立することを見せてくれました。

現在の学校の多忙な状況において,溺水予防に関する豊かな知識や経験を先生方がもつのは,なかなか難しいかもしれません。公益財団法人「日本ライフセービング協会」からは,学校へのいろいろなご協力もいただけるようですので,よろしかったら。

大村 高弘(おおむら たかひろ)

元静岡大学教育学部特任教授兼附属浜松小学校長


新しい学習指導要領の改定に向け,準備が進んでいくことと思います。
アフターコロナの時代,社会が大きく変化する中で,学校と授業はどう変わっていくべきなのでしょう。
今後の学校教育に期待することを,不易・流行の両面から考え、お伝えしたいと思います。

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