2023.11.21
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学校の水泳は,これからどうなるの?――指導の「タイパ」をどう考えるか――(2)

学校外のプールを使う水泳授業は,子どもにとって,また教師・学校・行政にとってどうなのかを前回考えました。
働き方改革や予算削減につながることは大きなメリット。
では子どもの学び,教育のあり方という観点からは,どうなのでしょう?

元静岡大学教育学部特任教授兼附属浜松小学校長 大村 高弘

「タイパ」を上げたい

この取組のデメリットの一つは,校外の施設までの往復に要する時間です。
バスの乗降等も考慮すると,授業時間のまとめどり(2~3時間連続)が必要。水泳に充てられる時間は,どの学校も10時間程度と限られています。
一方で,年間の予備時数を確保しない状況は今後も進むでしょう。とすれば,水泳授業の回数は年間で5回や3回になってしまうかもしれない。

教師はみんな「子どもに力をつけてあげたい」と願っています。
この状況にいたら,「指導の密度を濃くしたい」「短時間で泳力を向上させてあげたい」と思うのが人情。現地で高い専門性をもったインストラクターの力を借りられる,となればなおさらでしょう。

最近よく聞かれる言葉に「タイパ」があります。水泳指導において,タイム・パフォーマンスを上げるとはどういうことか?自分の若い頃の経験を紹介しながら考えたいと思います。

先輩教師が教えてくれたこと

初任で勤務した学校に,体育指導で力のある先輩(A先生)がいました。A先生は当時40歳で研修主任。
梅雨が明けたある日の放課後,私はプールでA先生から泳法の実技指導を受けることになっていました。この機会に,自信のなかったクロール・平泳ぎを見てもらい,「子どもたちへの示範ができるようになりたい」「泳法指導のコツを体得したい」との思いでした。

私が泳ぐクロールをプールサイドからじっと見ていたA先生。
「おまえは,もう泳法は,いいにしておけ」
「えっ!?」
 ――それって,自分の泳ぎは「見込み無し」ってこと?

A先生は言います。
「大の字になって浮いていられるな」
ご自身で浮身を見せた後,
「息を全部吐くと,沈んでいられる。これを『死人』と言う」
と,今度は長時間プールの底に大の字の姿でへばりついたまま。しばらくして浮かんできた先生は笑顔で,
「ずっと沈んだままいると『先生,大丈夫?』となる。子どもを心配させてやると面白い。いろんな水遊びを教えてやれ」
こうして私の知らない遊びを次々と示範。夢中になって私はそれを試しました。

それまで小規模校の体育主任として厳しい水泳指導をしてこられたA先生。市の水泳大会でも大きな成果を上げてきた指導者です。そんなA先生に私が期待していたのは泳法やスキル指導の方法。そんな私のはやる気持ちを,先生は察していたのでしょう。
翌朝,出勤し職員室に行くと,机上には子どものための水遊びの図解本が載っていました。

遊びとは,強制されて行われるものでなく,ただ楽しいから続けられる活動。
はらはらワクワクの挑戦意欲が基になって自発的に行われるものです。そうした体験に浸ることによって,子どもの心と体は自ずと水になじみ,泳法の基盤となる感覚や力が育っていくのでしょう。

A先生は高学年の授業でも,また鉄棒やマットであっても,遊びを重視する教師でした。
自由に満たされる中で遊びに没頭する経験が子どもの自発性を育てる,との考えをおもちでした。カイヨワの『遊びと人間』に述べられた理論を,ご自身の実践の中で実現されたのです。
この2年後,A先生は県教委の体育担当指導主事に転出。県内の小中学校の体育授業改善に力を注がれました。

子どもが運動の主体者となって

タイパとは「時間対効果」のこと。「かかった時間に対しどのくらい効果が得られたか」に囚われて,教師主導の技能伝達や反復練習を集中的に行うことに陥るようでは,たとえスキルは身に付いたとしても,子どもを受け身の人間に育ててしまいます。

水とかかわる運動文化は,競泳,シンクロ,水球,高飛び込み,スキューバダイビング,サーフィン……と,多様にあります。そして休日の温水プールでは,老若男女が思い思いの時間を楽しんでいます。

子どもが成長した後も,水とかかわるスポーツに親しみ,生涯にわたる健康増進につなげてほしい。そのために,水が好きになる,水と友達になれる時間を保証してあげたいと思います。

今から40年近く前の学校においても,子どもが運動の主体となる授業を実現することは教師たちの願いでした。
21世紀を生き抜く力を育もうとする今,主体的に学ぶ意欲と態度を体育授業の中心から外してはいけない,と思います。そのために,子どもの自発的な遊びや指導のゆとりが必要です。授業をする場所は,どこであっても。


大村 高弘(おおむら たかひろ)

元静岡大学教育学部特任教授兼附属浜松小学校長


新しい学習指導要領の改定に向け,準備が進んでいくことと思います。
アフターコロナの時代,社会が大きく変化する中で,学校と授業はどう変わっていくべきなのでしょう。
今後の学校教育に期待することを,不易・流行の両面から考え、お伝えしたいと思います。

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