2024.01.05
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学校の水泳は,これからどうなるの? ~「個別最適」は誰が決めるのか~(4)

「シンクロのまねっこ」実践を通し,協働的な学びの意味を前回考えました。水遊びの中で,あこがれに促された挑戦や苦手な子への援助が生まれた活動でした。
一方,泳ぐという運動自体は、そもそも「個人的」なものです。その子その子の実態に即した適切な支援が教師に求められます。
「令和の日本型学校教育」が示されて以来,「個別最適な学び」について様々な議論が進んでいます。今回は,「個別最適」は誰が決めるのか,水泳の授業で考えてみたいと思います。

元静岡大学教育学部特任教授兼附属浜松小学校長 大村 高弘

小プールの横が泳げるようになれば

3年生を受け持った時のこと。
運動能力が極めて高いのに,泳ぎだけは苦手な児童(Aさん)がいました。
「さあ、ここまでおいで」
小プールの中で私が手を差し出すと,体を前に投げ出しバタ足をします。でもすぐに立ち,顔を手で何度もぬぐう姿があります。運動場でいつも見せる活力が,体にも表情にも表れません。他の子たちとの泳力差を感じ,自己肯定感が低くなってもいるのでしょう。

水泳は「克服的スポーツ」とも呼ばれます。「泳げない」から「泳げる」状態への向上。「小プールの横が泳げた」「大プールの縦(25m)が泳げた」との達成感。これらが次への挑戦意欲を生むと自分は考えていました。
ー まずは小プールの横を泳げるようにしよう。それがきっと自信に ー
そう思った私は,
「Aさんはバタ足がうまい。息継ぎの時にこうやってごらん」
と,バタ足で進み,息継ぎ時に犬かきをする泳ぎをやって見せました。
Aさんは真似をして泳ぎ,小プールの真ん中まで進めるように。そして4回・5回と挑戦するうち身体が柔らかくなり犬かき泳ぎは安定。
「いいぞ、さあ、思い切ってもう1回!」
Aさんは苦しそうに息継ぎしながら,小プールの横を泳ぎ切りました。
― どんなに喜んでいることだろう ―
嬉しくなった私はAさんを見ました。
― えっ! どういうこと? ― 
喜びの表情が全くないのです。
拍子抜けした私は,Aさんにどうかかわったらいいのか,分からなくなってしまいました。

Aさんがほんとうに願っていたこと

この日の授業は学年団での小研究。3人の同僚が見に来てくれており,放課後,私は自分の困惑を語りました。3人は私に見えていなかったAさんの表れをいくつも報告してくれました。
・Aさんはすぐ近くで泳ぐBさんやCさんの泳ぎを批評していた。
・教師の技術的な助言に鋭く反応し,聞こうとしていた。
・Dさんのきれいなクロールの後を追って泳ごうとしていた。

そして,
「Aさんの願いは,クロールのきれいなフォームで泳ぐことではなかったのか?」
「Aさんが求めていたのは,それに近づくための技術だったのでは?」
と話は進みました。私がAさんに位置づけた目標は,Aさん自身がもつ願いとは,大きな「ずれ」があったことに気づきました。
「自分なりの泳ぎでいい」「小プールの横を泳げさえすれば……」との思いに囚われて,目の前にいるAさんの現実が見えなくなっていたのです。 

次の時間,私に迷いは無くなりました。
クロールの手のかきを示し面かぶりクロールを示範。Aさんの手のかきはあわてる気持ちがあるのか,どうしても速くなってしまいます。片方を前に伸ばし,手を合わせる気持ちでかくことを助言。また息継ぎをする瞬間泳ぎが不安定になるので,フィン(足ひれ)をつけることを勧めました。
「先生,ぐんぐん進む。息継ぎが楽にできる」
私の顔を真っ直ぐ見て話すAさんの表情には強い意欲が感じられました。求めるものに即して技術指導することは,子どもを受け身にするものではなかったのです。
この夏の終わり,Aさんは足ひれ無しのクロールで25mを泳ぎ切りました。

「最適」に近づくために

教師が「最適」だと思って指導しても,子どもにとってそうであるとは限らない。Aさんがそれを教えてくれました。
では,「最適」であることの判断を子どもに任せ,学習の内容や方法を子どもにゆだねればよいのでしょうか?
亘理(2022)は「『個別最適な学び』を『自己調整』に対応させる議論は,最適を判断する主体の能力を問わず,個性化した学習の問題を学習者の責任主体論へと展開させかねない」と述べています(p79)。
学習の進め方やそれに伴う成果を,子どもの自己責任とすべきではありません。でも,教師の思い入れによって授業を進めれば,上述の私のような状況になってしまいます。
大切なのは,子どもの求めるものと教師の教えたいことが一致することではないでしょうか。
子どもの求めが「見える」教師になりたいと願います。

参考資料
  • 参考 亘理陽一(2022).「『個別最適な学び』の何が問題か」『学校教育研究』37,70-83.

大村 高弘(おおむら たかひろ)

元静岡大学教育学部特任教授兼附属浜松小学校長


新しい学習指導要領の改定に向け,準備が進んでいくことと思います。
アフターコロナの時代,社会が大きく変化する中で,学校と授業はどう変わっていくべきなのでしょう。
今後の学校教育に期待することを,不易・流行の両面から考え、お伝えしたいと思います。

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