2024.07.24
  • twitter
  • facebook
  • はてなブックマーク
  • 印刷

学校の水泳は,これからどうなるの?  ~泳ぎにつまずいたって いいじゃないか にんげんだもの ~(7)

イヌが四足歩行のまま水に入ると,自然に水面から頭が出ます。そのまま手足をかいて前に進むのが「犬かき」。こうして本能的に泳げてしまう四つ足の動物は多いです。でも,二足歩行のヒトは「泳ぐことを習わなければ,泳げるようにならない」と言われます。
「泳げない」から「泳げる」への変化。その過程では,多くの人が克服的な体験をしたのではないでしょうか。

元静岡大学教育学部特任教授兼附属浜松小学校長 大村 高弘

スイミングスクールを横目で見ながら

平日,自由時間の増えた私は,今日もまた温水プールへ。
「さあ,いくよぉ! 先生は途中で手を離すからね」
声を受け一人の子が壁をけって進みます。低学年の子のよう。先生は寄り添いながら水中を歩行。手を子どもの体に添えて前に送り出します。

大プール1コースの水底に踏み台が置かれ,スクールの練習場所となっています。私は隣のコースに入水したまま様子を注視。と,指導しているスイミングの先生と目が合ってしまいました。
ー このまま居るのも気まずいなぁ ー
ゴーグルをつけ直し,平泳ぎでゆっくり25m進み北側へ移動。そこでは別のグループが練習中。元教員の性(サガ)で,また観察が始まりました。

「はい,座って。そこから『バッシャーン!』だよ」
水の中で待つ先生の声に促され,プールの縁に腰かけた子が勢いよく飛び込みます。練習内容は先程のグループと異なりますが,年齢構成はほぼ同じ。
プールサイドで並ぶ子たちに目をやると,上方を見上げている子がいます。視線の先は観覧席。そこには手を振るお母さんの姿が。「恵まれた子たちだなぁ」と思います。能力別の班編制,泳力の段階に即した内容,マンツーマン指導。資質・能力育成についてはいったんカッコの中へ入れて,学ぶところが多いです。
でも,家庭環境によって,また地域によって,希望してもスイミングに行けない子はたくさんいます。まして私が子どもの頃は……

手をつないで泳ごう

自分は小学校1年生の1学期,水が苦手でした。プールで顔を水につけていると,なぜか鼻血が出てきてしまい先生から,
「とまるまでプールサイドで休んでいなさい」
タオルを体に巻き鼻をつまんで水遊びを見学。そんな状況が度々あって,浮くことも潜ることもできないまま1学期が終わりました。

鼻の調子がよくなった夏休み,近所の子と学校のプール開放へ行けるようになりました。
仲良しのTさんと一緒に,鬼ごっこや潜りっこ,水中ジャンケンなどして遊んでいるうち,
「手をつないで一緒に泳ごう」
「えぇ……」 
臆病者の私は一瞬とまどいました(今思えば,なんとありがたい言葉か)。
でもTさんを信頼して手をつなぎ,思い切って体を前に投げ出しました。水に浮いた体がTさんに引っ張られ前に進んでいくのがわかり,「やった,泳げた!」と実感。
少しだけ上への挑戦が技能を向上させる原則ですね。Tさんの言葉がチャレンジへの勇気を引き出してくれました。
スイミングも学校も,歴史の上ではつい最近できた教育システムの一つ。川や海で,仲間とかかわるうちに泳ぎを身につけていった子どもも古来多かったはず。生まれながらに泳ぐ力をもっていないヒトには,学び合う力が備わっています。
では, ちょっと性質の異なるエピソードを。

「ボコ,ボコ,ボコ」の音と共に

尊敬するK先輩から聞いたお話です。
Kさん(K先輩)は,2年生のとき小プールで顔を水につけられるようになったものの,水が苦手ですぐプールから上がり,震えていることが多かったそうです。
そんなある日,いつものようにプールサイドで休んでいると,担任の先生に抱っこされました。連れていかれた先には大プールが……
ー バッシャーン -
いきなり放り込まれたというのです。
大プールの水底に沈んでいくときの怖さ,「ボコ,ボコ,ボコ」と聞こえた音は今も忘れられないとのこと。恐怖体験というのは,フラッシュバックによって細部に至るまで記憶に残るそうですね。
K先輩は当時を振り返って語られました。
「担任の先生にすれば,『プールサイドでウジウジしていてはダメ』『入れば浮くから』と,私を励ます気持ちだったと思う」
「追い詰められれば,人間は泳げる」との先生の思いだったのでしょうか。あの時代(65年程前)なら,そうした考えもあったかもしれません。でもなんか,ライオンの子育て物語のようです。(『はい,泳げません』高橋秀実)
​​​​​​​
「今日は朝からおなかが痛い」
「このあいだ犬にかまれた傷が……」
その日以降,Kさんは理由をつけ水泳授業を見学するように。それは学年が上にあがっても続きました。
「またかぁ。水泳はダメだな。でも,陸上の力はあるからな」
温かく見てくれる友だちの言葉もあったそうです。が,結局Kさんの見学は,その後6年生まで続きました。泳げないままに小学校を卒業したのです。

子どもの心が見える

Kさんは,その後に小学校教師となりました。
以前私は,教師としてのK先輩が1年生の水泳指導をしておられる姿を見たことがあります。
小プールの中で身を低くし,子どもの目線になって一人ひとりの動きを笑顔で認め,励ましておられました。泳げない子の心中を深く受け止め,また,泳げたときの喜びに人一倍共感できる小学校教師であったのでは。

ご自身が25m泳げるようになったのは,中学校1年生での猛練習によって、だったそうです。ちなみにK先輩は,2年生のときの担任の先生を,その後恨んだりはしていません。ご自身の結婚式に先生をご招待した,とのことですから。

大村 高弘(おおむら たかひろ)

元静岡大学教育学部特任教授兼附属浜松小学校長


新しい学習指導要領の改定に向け,準備が進んでいくことと思います。
アフターコロナの時代,社会が大きく変化する中で,学校と授業はどう変わっていくべきなのでしょう。
今後の学校教育に期待することを,不易・流行の両面から考え、お伝えしたいと思います。

ご意見・ご要望、お待ちしています!

この記事に対する皆様のご意見、ご要望をお寄せください。今後の記事制作の参考にさせていただきます。(なお個別・個人的なご質問・ご相談等に関してはお受けいたしかねます。)

pagetop