2024.01.26
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学校の水泳は,これからどうなるの?~命を守る~(5)

原稿を書いている今も能登地震の報道が続いています。お亡くなりになった方々のご冥福と行方不明の方々のご無事をお祈りすると共に,被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。
学校関係者の皆様も,多くの苦難の中におられることと存じます。始業式の延期が相次ぎ、学校再開の目途がたたない中で,中学生の集団避難も行われるとのこと。 

元気に過ごしていた子が被災によって亡くなることは,学校職員や子どもたちにとって甚大なショックです。在籍する子がある日突然亡くなる出来事を私も経験しましたが,ほんとうに辛いことです。「命を守る」ことについて,水泳の側面から,改めて考えてみたいと思います。

元静岡大学教育学部特任教授兼附属浜松小学校長 大村 高弘

本年度,多発した水難事故

2023年の夏,海や川,そして池での水難事故は多発しました。
夏休み初日,クラスメートと川遊びをしていた子が溺れた出来事,放課後児童クラブで遊泳中の子が亡くなった事故の報道など,いたたまれない気持ちで聞きました。
警察庁の統計では,2018~2022年の4年間の水難事故死亡者・行方不明者は,中学生以下で137人。場所は,河川が75人,海が26人,湖・沼・池が15人,用水路が15人,プールとその他が3人。
水辺に柵を巡らして事故を防ぐ,また,判断力の乏しい子どもを,水辺の危険な場所に近づかないようにさせる,これも対応の方法ではあるのですが,教育の観点からはどうなのでしょう。

夏の暑さは,今後さらに

ー2023年の7月は日本の観測史上,平均気温が最も高いー
120年間のデータを気象庁が分析し分かった結論が,昨年報道されました。省庁から出されるのは,
ー外出はなるべく控え,涼しい室内で過ごすー
ー運動はできるだけ中止ー
地球温暖化が進めば,この頻度がさらに増すのでは。

「子どもに、自然の中で活動してほしい」
「戸外の遊びを通し,仲間とかかわってほしい」
この思いをもつのは教育者なら当然です。家の中に籠もっていて,心身の健康な子が育っていくとは思えません。休日や夏休みには大人の見守りの中で,あるいは年齢に応じた判断力をもって,水辺の遊びや活動を楽しんでほしいと願います。活動の魅力とリスクとは表裏の関係。教育の働きかけによってどうリスクを減らすかです。

サバイバルテクニックの教育

現行の小学校学習指導要領(体育編)は「生涯にわたっての健康の保持増進」「豊かなスポーツライフの実現」が中核的な目標です。海洋性のリクレーションが盛んに行われる中,サバイバルテクニックは今後の水泳指導の中で重視される内容でしょう。
同書の高学年「水泳運動」には,これまで無かった溺水予防を目的とした「安全確保につながる運動」が明示されました。「安全確保につながる運動では,その行い方を理解するとともに,背浮きや浮き沈みをしながら,タイミングよく呼吸をしたり,手や足を動かしたりして,続けて長く浮くことができるようにする」とされます。
この内容はスポーツが本来もつ特性とは異なるものをねらっています。競争の魅力等は味わいにくく,ワクワクするような動機付けも難しい。子どもたちがこの活動を自分事として捉え,挑戦への意欲を高めるためにはどうしたらいいのでしょう。

私の勤務校がある静岡県浜松市では,夏休みに入った直後、『小学校30分間回泳』が開催されています。現在98校ある市内の小学5年生、6年生の多くの児童が「浜松市総合水泳場」の50mプールを使い,保護者が参観する中,回泳でゆっくり泳いだり,背浮きで浮かんでいたりすることに挑戦します。午前8時過ぎから午後4時前までの時間帯に全小学校が位置付き,3日間をかけて実施されます。
始まったのは1966年。当時の記録によれば,
「南に遠州灘,西に浜名湖,東に天竜川など,多くの河川や湖に囲まれた環境の中で育つ浜松の児童に,水と触れ合う機会を増やすとともに,万が一の水難事故から身を守る泳力と自信を付けさせたい」
との学校関係者の思いから立ち上げられました。合格者には合格証が授与され,名簿に名前が記されます。
浜松市小学校体育連合が中心で進められるこの行事は58年続いていますから,30分間回泳に挑戦することを目標に取り組んでいる児童も数多くいます。
市内参加者の90%以上の子が合格している現状から,市を挙げてのこの取組が,子どもたちの泳力向上に大きく寄与していることは明らかです。学年や学級の集団でも取組は可能なものと思います。

「実際に命を守ることに効果があったのか」については,現時点では分かりません。しかし,この経験の場の用意は、命の尊さに重きを置く地域の大人たちの願いを伝えるものでしょう。
市全体での大規模な開催にはお金も人も必要です。予算削減や目先の課題に囚われて、大きなリスクを見過ごしてしまう傾向が社会に見られる中で,この取組は価値をもつものと捉えます。命を守る教育は,コスパやタイパに左右されてはいけませんね。

大村 高弘(おおむら たかひろ)

元静岡大学教育学部特任教授兼附属浜松小学校長


新しい学習指導要領の改定に向け,準備が進んでいくことと思います。
アフターコロナの時代,社会が大きく変化する中で,学校と授業はどう変わっていくべきなのでしょう。
今後の学校教育に期待することを,不易・流行の両面から考え、お伝えしたいと思います。

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