2018.08.03
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想定外はあり得ない ~NIE全国大会岩手大会に参加して~(第1回)

夏休みは教務だよりを出していませんので、NIE全国大会岩手大会に参加して感じたことを書きます。
「新聞と歩む 復興、未来へ」と名付けられた大会。
日程の関係もあって、私は盛岡会場に参加しました。(大槌町での研修に参加したかったのですが)
改めて、防災・減災への日常の取り組みが大切だと感じました。
東北での学びを2回にわたって整理してみます。
第1回目は授業を見た感想を中心に書きます。

熊本市立龍田小学校 教諭 笹原 信二

風化させてはいけない

盛岡市立松園小学校の道徳「日本一の復興をめざして」を参観。
児童の学習習慣がきちんと身についていると感じました。
授業の開始前に、クラス全員で「千本桜」などの踊りの披露。
恥ずかしそうにしている子どもは一人もいません。
子どもたちの表情が素敵でした。そして、先生が一番楽しんでおられる。
その後「お笑いトーク」。
子どもたちが「あるある」などを、一人ずつ前に出てきて
先生の横に立ちクラス全員に発表するのですが、そのトークが実に素晴らしいのです。
先生が相槌を打ちながら、子どもたちとやりとりされる、雰囲気が一気に和みました。

授業に入ると切り替えスイッチがはいって、真剣に取り組む子どもたち。
今回の主役である岩手県田野畑村のワカメ養殖業の方の
弱い気持ちと強い気持ちを、グループや全体の場で本音で話し合っています。
学習の終末では、自分に置き換えて考える活動がありました。

こんな素晴らしい授業、子どもたち、先生。
指導案の中のある部分に目がとまりました。
「震災当時幼児であった児童にとっては、その知識や経験がほとんどない」
いかに内陸部の盛岡といっても岩手県です。岩手県でも。。。
当たり前ですね。3,4歳の頃の出来事を細かく覚えている人間はいません。
教師と子どもたちの経験値、意識差がまったく違うのです。

戦争の記憶、学校には戦争を経験した人はいません。
体験したことを伝える難しさを年々感じます。
東日本大震災では、教師は経験をしていますが、子どもは経験していても覚えていない。
教師の伝えたい思いはいっぱいあるはずです。
「東日本大震災に関する知識を持たない状態で本教材の授業に入るのではなく、
震災当時の新聞記事を数回に分けて新聞スクラップにすることにした」
先生はギャップをうめるための一つの方法として、新聞スクラップをされていました。
こんなに素晴らしい授業を生んだ要因の一つは準備でしょう。
夏休みは戦争特集が組まれます。新聞スクラップをすることをおすすめします。

阪神淡路大震災・中越地震・東日本大震災・熊本地震などの地震、
九州北部豪雨災害、平成30年7月豪雨災害など風水害など、ときに自然は鋭く牙をむきます。
最近では報道も少なくなってきましたが、どの災害もまだまだのはずです。
災害は辛いことですし、できれば思い出したくはありません。
しかし、経験した人間だからこそできることもたくさんあります。
一番いけないのは「風化させること」なのだと改めて感じました。


自分事として考える

岩手県立沼宮内高等学校と盛岡市立本宮小学校の授業の共通キーワードは「自分事」。

沼宮内高等学校は「災害を自分事として考えよう」。
「被災地支援には強い興味を持っているが、自分たちの町の防災という視点で考えることは
ほとんどない。岩手町は災害が少ない地域と思っているようだ。」
指導案に書かれていました。
これも当たり前です。熊本に大きな地震がくるなどと考えてもいなかったのです。
経験をして初めて、テレビで見る避難所生活の大切さがわかってきます。
高校生は、町の災害の危険性について学んできて、
誰に、何を、どのようにして伝えるかを主にグループを通して考えていきました。

本宮小学校は「命を守る ふるさとを守る ~私たちの本宮の防災・減災を考える~」。
「震災をはっきりと記憶している子どもは少なく、家庭で聞いたことや
毎年3月11日前後に取り上げられる新聞やテレビ等の報道で知識を得ている子どもも少なくない。」
これをうめるためにゲストティーチャーから学ばれたり、新聞記事を読んだり、
実際に被災地を見学したりされていました。

今回は洪水の記事から「自助」「共助」について考える活動でした。
東日本大震災の後、「公助」はいつくるかわからない、「自助」「共助」が大切、
学んでいたつもりでした。
しかし、熊本地震で私はどれだけのことができていたのか?
経験して初めて「備え」の大切さを感じました。
貴重品をまとめておくことは行っていましたが、
薬を持ち出せるようにしておく、食料・水などを蓄えておく、ガソリンは早めに満タンにしておく、
「自助」を考えるようになったのは経験してからです。

最近では、地域に住んでいる人を知らない、同じマンションでも顔を見たことがない、
子ども会に参加しない、町費を払わない、こんなことが当たり前になっています。
「共助」をしようにも、誰かわからないのです。
「近所」が「近助」にならなくては「共助」はできないのです。
熊本地震のあと、廃品回収や地域行事など、参加できるときには参加するようにしています。

豪雨災害の様子を新聞やテレビで知るにつれ、2学期を自分の学校で迎えることができない子どもたちが
いることを知りました。
災害の報道がでるたびに、ずっと前なら「かわいそう」「大変だろう」くらいに思っていました。
熊本地震後は「明日は我が身」が合い言葉になったようです。
しかし、大きな地震が起きたら、想像もできない大雨が降ったら、
自分の住む地域、勤務する学校、地域は大丈夫でしょうか?

3つの授業を見せていただいて、改めて防災・減災の日常の取り組みの大切さを感じました。
もう「想定外」はあり得ない、通じないのです。





笹原 信二(ささはら しんじ)

熊本市立龍田小学校 教諭
37年の教師人生を終えたが、もう少し学びたく再任用の道を選択。過去の経験を生かしつつ、新しいことにもチャレンジしていきたい。

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