2023.09.30
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「君たちはどう生きるか」を問い続ける道徳教育~頭で考えることと言動を一致させる難しさを克服するために~(NO.3)

「特別の教科 道徳」への改訂では、道徳の授業において、読み物の登場人物の心情理解のみに偏ったものとなったり、価値観の伝達になったりしないようにとの考えが明確にされました。
今回は、これらのことが具体的に何を意味するのかについて、考察してみたいと思います。

特定非営利活動法人TISEC 理事 荒畑 美貴子

「ヤマアラシのジレンマ」から思うこと

「ヤマアラシのジレンマ」というのは、心理学用語で、「人間同士が互いに仲良くなろうと心の距離を近づけるほど、互いに傷つけ合って一定距離以上は近づけない心理」をいうのだそうです。その心理状態を学芸大青春(ガクゲイダイジュネス)が歌にしたものが、この秋のテレビドラマの主題歌になるという話を聞きました。

歌詞からは、「自分自身の棘の長さも気づかずに誰かを傷つけていたのではないか」「となりにいたいだけなのに傷つけてしまうのではないか」という不安が伝わってきます。相手との距離を詰めることは、こんなにも難しいものなのかと、改めて考えさせられます。

もちろん、人との関係における緊張感や不安感の度合いは人それぞれであり、相手の懐にするっと入り込むような器用さを持ち合わせている人もいます。幼い子どもが、親しい者の胸に飛び込んでくるような感覚を、持ち続けられる人を羨ましいと思うことさえあります。しかし一方で、人との関係を築くのに困難さを抱える子どももいるのです。

では、人間関係に躓きがちな子どもは、具体的にどんな様子を見せているのでしょうか。

頭で考えたことを、実生活にいかせない例

以前、通級による指導教室に勤務した際、「こんな場面ではどういった言動をとるのか」を学ぶために、カードを使ったことがありました。例えば、給食の配膳中に友達が横入りをした場面が表現されているカードを見ながら、どのように声をかけるかを考えるような学習です。

私が担当した子どもの一人は、常に優等生のような回答を思いつきました。私と二人で演技しても、とても良い対応をすることができたのです。ですから、その子どもがどのような課題をもっているのかを、なかなかイメージすることができずにいました。担任の先生の話からは、その子どもが頻繁に友達とトラブルを起こすという話を聞いていたにもかかわらず、一対一の関係では課題が見えなかったのです。

翌年、通常学級の仕事に戻ったとき、その子どもの授業も担当することになって、なぜトラブルを起こすのかを目の当たりにしました。頭で考えるような対応を、友達にはできないという課題を抱えていたのです。暴言を吐いて友達を傷つける様子は、道徳性が身についているとは言いにくいものでした。

この経験から分かったことは、例えば道徳の授業に読み物教材を読み、その心情について考えを深め、自分のあるべき行動の方向性を探っていったとしても、実生活に反映させていくのは難しいということです。

愛情を求めるがゆえに棘のある言動をとる例

もうひとつの例は、振り向いてほしい気持ちを伝えるために、わざと棘のある言葉で表現する子どもです。「計算の仕方が分からないから教えてください」という伝え方ではなくて、「ちょっと来て。ここにいて。こっちを見ないで」という表現を日常的に使うのです。

それだけならまだしも、授業参観で保護者がいるにもかかわらず、「先生、今自分の筆箱をきれいにしたいから、ティッシュある?」と突拍子もなく言ってきたときには、唖然とするしかありませんでした。「今は、その時間ではありませんよ」と応じるのが精一杯でした。

場の空気が読みにくい、家庭の事情で愛情を求めているなど、こういった表現をしてしまう原因はいくつか考えられましたが、その子どもとの通路を見つけるのは至難の業でした。

実生活に結び付けられる道徳教育とは

この2つの例は趣こそ異なるものの、このような言動が友達に受け入れられなくなったときに、一人ぼっちになってしまうのではないかという不安要素を抱えています。

では、このような子どもたちに対してどのような教育や支援が必要になるかというと、ひとつには「こういった場面では、このように振る舞うと好感を得られる」というやり方を学ばせることです。道徳教科書には、そのためのたくさんの場面が掲載されています。毎時間の指導を丁寧に行い、必要な知識が残るような指導をしていく必要があると思います。

そしてもうひとつは、読み物の心情理解だけに終わらないように、表現の仕方を練習できるような場を設けていくことです。スポーツや楽器などと同様、練習は子どもたちに勇気を与えます。練習したことをやればいいという安心感を与えるのです。

これらの学習は、実際に続けてみると、教師にとっても子どもたちにとっても楽しいものです。「楽しいからまたやりたい」という気持ちが湧き上がるような授業の方法を、次回以降も考えていきたいと思います。

荒畑 美貴子(あらはた みきこ)

特定非営利活動法人TISEC 理事
NPO法人を立ち上げ、若手教師の育成と、発達障害などを抱えている子どもたちの支援を行っています。http://www.tisec-yunagi.com

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