2023.08.06
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「君たちはどう生きるか」を問い続ける道徳教育~道徳教育のゆくえ(NO.1)

平成27年(2015年)に、「道徳」から「特別の教科 道徳」への変更が告示され、移行期間を含めて8年余りが過ぎました。当時の記事を読み直してみますと、「読む道徳から、考え・議論する道徳へ」「評価はどうするのか」といった言葉が踊っています。「特別の教科」と命名したことで、子どもたちの道徳教育を推し進めようとする気概が伝わってきます。

特定非営利活動法人TISEC 理事 荒畑 美貴子

『君たちはどう生きるか』

それを受けて現場では、道徳の授業を校内研究として扱ったり、研究会や研修会に参加したりと、新しい道徳にどのように向かい合っていけばいいのかについての研鑽を積み重ねてきたことと思います。しかし、実際のところ、道徳の授業の質が高まり、子どもたちの道徳的価値観が身につき、それに伴って道徳的行為が以前より向上してきたといえるのでしょうか。

あくまでも私の感覚ですが、表面的な陰湿ないじめは減ったように感じます。しかし、SNSを通した表面化しにくい嫌がらせは増えているのではないでしょうか。表面化しにくいゆえに、学校や教師が把握しにくく、対応も後手に回ることが多いようにも感じます。また、以前と比べて、人との関わりが円滑なものになったという実感も湧きません。

一方この夏、ジブリの映画で『君たちはどう生きるか』を扱ったことで、吉野源三郎氏の書籍も再販を重ねて多くの人たちに読まれているようです。原作の解説を読むと、今から85年以上も前の、戦争が日常生活の中にあった混沌とした時期に、子どもたちの倫理観を育てるために書かれた一冊だそうで、その熱意に頭が下がります。こういった社会的な動きを通して、子どもたちの道徳性が培われるといいと願っています。

そこで私自身も今一度初心に返り、道徳教育はなぜおこなっていく必要性があるのか、何をポイントにしていけば道徳教育が充実したものになるのかについて、考えてみたいと思いました。実践を基に、みなさんのお役に立つ情報を提供できればと思っています。 

私たちは、なぜ道徳を学ぶのか

私たちは、残念なことに生まれながらにして道徳を身につけているわけではありません。道徳というのは、人や社会、自然との関わりの中で必要とされる価値観のひとつであり、成長と共に様々な人々や周囲の環境と関わる中で培われていくものだからです。

言い換えれば、道徳という価値観を自分自身が学びの中から獲得し、自分の中で成長させていくものといえます。ですから、私たち教師は、道徳を学ぶ環境を整え、支援していくにすぎません。道徳に関する知識は最低限必要であっても、「思いやり」の定義を教え込むようなやり方では、意味をなさないのが道徳教育なのです。

では、なぜ道徳を学んでいかなければならないのでしょうか。様々な考え方はあるでしょうが、ひとつには、自分自身も含めた人間関係、社会や自然との関係をより良く築き、それを維持向上させていくことが「生きること」だからだと思います。私たちは常に、「君はどう生きようとしているのか」を突きつけられながら生きているといっても過言ではないのです。

つまり、「人や社会と関わって、人生を楽しんでいきたい」と思うなら、そこに道徳を欠かすことはできません。社会にルールやマナーがあり、思いやりや優しさがあって、多くの人たちがそれらに沿った言動をとっていこうとしなければ、社会はギクシャクしたものとなってしまい、穏やかに楽しんで生きることは望めなくなってしまうでしょう。 

なぜ道徳教育が重要なのか

私は通勤に電車を使うのですが、このところ首を傾げざるを得ないような姿を目にすることが多くなりました。ある男性はスーツ姿でしたが、長い雨傘の真ん中あたりを手で握り、その手を大きく振りながら歩くのです。混雑した駅の階段で彼の後ろを歩いていた私は、目を刺されそうになりました。

もうひとつの例は、非常に混雑した電車の中で起きました。ある女性が駅に到着した途端に、グイグイと押してきたのです。「降ります」とか、「空けてください」といった言葉があれば、周囲の人たちも気づいて体を引くのに、何も言わずにカバンを抱えた体でタックルするように押してくる姿に、唖然とするしかありませんでした。

私が特に学校教育において、道徳教育が大切だと思うのは、社会や家庭での教育だけでは道徳が身につきにくくなっていると感じるからです。手本となるべき大人が少ないのではないかと危惧しているのです。

また、社会や家庭で学ぶ内容には、限界があります。子どもたちが経験する世界は、グローバルな側面のみならず、IT産業の目覚ましい発展と共に大きく変化していくでしょう。そういった激動の時代を生き抜いていくためにも、道徳教育は益々必要性を高めていくと考えられます。

荒畑 美貴子(あらはた みきこ)

特定非営利活動法人TISEC 理事
NPO法人を立ち上げ、若手教師の育成と、発達障害などを抱えている子どもたちの支援を行っています。http://www.tisec-yunagi.com

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