2020.02.27
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言葉のちからを育てる国語教育 ー物語を分析するための視点ー(8)

前回までの記事を通して、「物語をとらえるための枠組み」をもとに、光村教育図書の中学1年生の教科書に載っている文学的文章3作品をどのようにとらえていくかについてお話してきました。

今回は、ここからさらに発展して、中学2年生、3年生で引き続き指導していきたい物語を分析するための観点についてご紹介します。

小平市立小平第五中学校 主幹教諭 熊井 直子

物語を分析すること=深い読み取りをすること

今回の連載は、新井紀子さんの著書『AIに負けない子どもを育てる』(2019,東洋経済新報社)から、「読解力」が身に付いた、つまり「文章が読めていると言える状態」はどういう状態をさすのか?という問いから始まりました。その上で「文章が読めていると言える状態」を「自分の言葉でどのような内容の文章だったかを説明できること」=「文章が要約できること」とし、文章のうち、文学的文章を要約するために必要な「枠組み」をどうやって授業を通して教えていくかということをお話してきました。

今回は、この「文章の要約」から少し離れますが、発展した内容として「物語を分析するために必要なこと」についてお話していきたいと思います。「物語の分析の観点をもつ」ということは「深い読み取りをすること」につながってくるからです。

中学1年生で「物語をとらえるための枠組み」を用いて3つの作品を比較したあと、中学2年生、3年生でどのようなことを指導しているのかについて簡単にご紹介します。

観点① 登場人物は物語の中で何らかの役割を果たしている。

物語を読んでいるとき、生徒はどうしても主人公に感情移入することが多いと思います。中には最初からシニカルな読みができる生徒もいますが、基本的には、「主人公が絶対!」「ハッピーエンドがいい!!」という感覚をもっている生徒がほとんどです。もちろん日頃物語を楽しむときの読み方は人それぞれですので、このような感情的な読み方を否定するわけではありません。

しかし、国語の授業の中で「物語を分析する」ということを目的にしている場合は、自分の感情とは切り離して作品と向き合う必要がでてきます。その時に大切になってくる観点が、「それぞれの登場人物は物語の中で何らかの役割を果たしている」という観点です。事件がなければ物語が動かない、というのと同じように、ミステリーであれば犯人がいなければ始まりませんし、ライバルや敵がいなければスポーツものに感動は生まれません。今から授業で取り上げようとしている物語にはどのような登場人物がでてきているのか、それは物語の展開や全体のテーマに対してどのような役割をもっているのか、という観点で読むのです。

この時、一気に「それぞれの登場人物はこの物語でどのような役割を果たしているか」という主発問を設定してしまうと、理解できない生徒もいるので、私は次のようにステップを踏みます。

  1. この物語は誰の視点で書かれているか(一人称視点/三人称視点)
  2. 人物相関図を書いてみよう
  3. 視点人物以外の登場人物に着目し、その心情や行動を詳しく読み取ろう
  4. 登場人物が物語においてどのような役割を果たしているか考えよう

1~4のステップは、同一単元で扱うのはなく、前回までにご紹介した『花曇りの向こう』から『少年の日の思い出』へとステップアップしていったように、複数の教材を経て定着させていくことが望ましいと思います。

例えば私は2の人物相関図については、新しい物語を読むときに最初に書かせることが多いです。また、1や3の指導は、中学2年生の『走れメロス』が適切だと思っています。4は最終段階に入るので、中学3年生の『故郷』で扱う場合もありますし、その前に他の単元で指導する場合もあります。

観点② 心情の「象徴」となるモチーフがある。

この観点は、少し抽象的になりますが、登場人物の心情を象徴するアイテムが登場する物語がある場合には教えます。例えば、中学1年生の『星の花が降る頃に』では、「銀木犀」が「親友との楽しかった過去の思い出」、中学2年生の『盆土産』では、「えんびフライ」が「少年の父に対する思い」、中学3年生の『故郷』では、「金色の丸い月」が「希望」を象徴しているというような読み取りです。

ここまではっきりとしたものでなくても、暗い色彩の情景描写は暗い心情と、明るい色彩の情景描写は明るい心情と重ねて読むことができる作品が多いので、「情景描写と心情描写が重なっている場合がある」ということを念頭に置いて作品を読むだけで、作品の見え方は少し変わって来ますし、解釈もより深まると思います。

観点③ 社会的に考えさせたいテーマがある作品がある

文学作品をどう読むかという議論においては、作家の生きた時代や作家自身の考え方などの作品の背景を踏まえて読むという立場と、作品そのものを作家とは切り離して読むという立場とがあります。どちらの読み方が正しいということはないと思いますが、中学校においては、作品が書かれた背景を知ることでできる文学作品の読みを一度は経験させるべきだと考えています。経験させないと知らないままで終わってしまうからです。
これは特に、社会的なテーマについて自分の考えをもつことが求められる中学3年生の単元で取り上げると良い観点です。

例えば光村教育図書の中学3年生の教科書に載っている教材であれば、森鴎外の『高瀬舟』と魯迅の『故郷』が挙げられます。
『高瀬舟』には、どのような考えのもと『高瀬舟』を書いたのかを説明した森鴎外の「高瀬舟縁起」という文章があるので、それをもとに社会的なテーマを考えさせるためのひとつの手段として文学作品、物語、というものがあるということを知ることができます。

魯迅の『故郷』では、最後の「歩く人が多くなればそれが道になるのだ」という文章から「たくさんの人が希望をもって行動すれば実現する可能性が拓ける」という解釈をすると思うのですが、中学生の中には「どうしてこんな当たり前のことをこんなにまわりくどい方法で表現するんだ。わかりづらい」という感想をもつ生徒もいます。

そこで、魯迅自身のことや当時の時代背景などにふれると、「行動する人が多くなること」にどのような意味がこめられているのかという見え方がまた変わってきます。そして「社会的に考えさせたいテーマがある」ということを理解すると、そのテーマを読者に考えさせるために、どのような設定の工夫をしているのか、ということをさらに考えることもできるのです。

実際の授業では…

今までご紹介してきた
観点① 登場人物は物語の中で何らかの役割を果たしている。
観点② 心情の「象徴」となるモチーフがある。
観点③ 社会的に考えさせたいテーマがある作品がある。
に「物語をとらえるための枠組み」を加えた4つの観点から、中学校最後の文学的文章として『故郷』を実際に指導しました。

授業の流れは、
1時間目:初読と初発の感想
2時間目:最後の「思うに希望とは~」の解釈
3時間目:作品が書かれた背景と前時のメッセージとのつながり
4時間目:これまで学習したメッセージを伝えるための作品中の設定を探す
5時間目:グループに分かれて作品中の設定が読者に与える効果の分析
6時間目:各グループからの発表
という形で行いました。

4時間目の「作品中の設定を探す」ときに、「主人公に起こる事件とその事件は解決したか」「登場人物の役割」「情景描写が表す心情」の3つの観点から自分が考えたい1つを選ばせました。特に、「情景描写」が一番レベルが高く、「登場人物(特にルントウ)」が一番わかりやすい、というようにレベル分けを示してあげると、生徒はそれぞれ自分が取り組めそうな課題に取り組んでいました。

このような指示ができるのも、これまでにすべての観点の指導が終わっているからです。特に「情景描写」のグループでは、「金色の丸い月」について視点の動きや作品中で起こった出来事なども踏まえてよく分析をしていました。発表は全グループのものを聞くので、難しくて困っていた生徒も、「そうか、そのような観点から作品を考えることもできるのか」という気づきを得られていました。

おわりに

今回は、これまでの流れから発展した点についての概略をご紹介しました。具体的な作品については実際の文章をお読みにならないとわからない点もあったかもしれませんが、大切なことは、以前教えたことの積み重ねとして次の単元が来るように授業を考えることだと思います。一度にすべてを教えることはできないので、小さなステップを踏みながら、いかに物語を分析する視点を与えていくかというご紹介でした。

熊井 直子(くまい なおこ)

小平市立小平第五中学校 主幹教諭
英語もできる国語の先生を目指しています。2016年度に1年間フィンランドの高校で国語の授業を研究していました。英語教育に力の入る今だからこそ母国語教育のあり方を今一度よく考える必要があるのではないかと考えています。

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