「これから10年の教育」を考える~主体的対話的で深い学びの実現をめざして~(No.9)
今回の連載では「『これから10年の教育』を考える」と題して、新学習指導要領の基本的な方針を確認した上で、私が実際に見てきたフィンランドの学校教育についてご紹介してきました。今回は今期最終回ということで、これまでご紹介してきた内容をふまえながら、これからの教育、特に授業づくりについて考えていきたいと思います。
小平市立小平第五中学校 主幹教諭 熊井 直子
教師として最も大切にしないといけないものは何なのか。
実際に教壇に立っている先生方は実感されていると思うのですが、教員の仕事は多岐にわたります。担任としての学級経営、生徒対応、保護者対応、行事の準備、校務分掌、部活、書類提出などなど。これらの中で私が最も大切にしたいと考えているのは、教科の授業です。確かに、個別の対応や部活指導の方が生徒と深いところまで話すことができたり、様々な経験を共有できたりするかもしれません。でも、私は「国語」の教員として採用されているのであり、「国語」の授業で自信を持って生徒を指導することができなければならないのだといつも考えています。
「みんなは何のために学校に来ているの?」
こんなふうに質問をすると、生徒の答えは様々です。
友達と会えるから学校に来ている。
家にいてもすることがないから学校に来ている。
部活をするために学校に来ている。
行かないと怒られるから学校に来ている。
でも、私がこれまで出会った答えの中で多かったのは、
学校に行かないと将来困るから。
というものでした。
同様に、「何のために勉強するの?」という質問に対しても、
社会に出たときに困らないようにするため。
と答える生徒が多くいます。
これらの答えは、生徒自身が実感として持っている考え、というだけでなく、これまでに親や先生をはじめとする多くの大人から言われてきたことなのでしょう。それを鵜呑みにするのは良くない、とは思いません。だって、自分はこれからどうやって生きていくんだろう、どんな仕事をしてお金をもらうことができるんだろう、今自分が就きたいなと思っている仕事に就くことはできるのだろうか、というような不安を全く抱いたことがない人はほぼいないと思うからです。私たちは、「これをしておけば大丈夫」という安心がほしいのです。生徒にとって(もしかしたら親にとっても)、学校とは、「行っていれば、とりあえず将来めちゃくちゃ大変なことにはならないだろう」という安心剤なのではないかなと思います。
「学校に行かないと将来困る」
「社会に出たときに困らないようにする」
これを言いかえると、
「社会の中で生きていくために必要な力を身に着けたい」
「今の自分にできないことができるようになりたい」
ということだと思うのです。
その思いに答える場が「授業」であると私は考えています
国語科のキーワードは「言語スキル」の育成
「『これから10年の教育』を考える」と大きな看板を掲げてこの連載を続けて来ましたが、新学習指導要領で言われているような「社会に開かれた教育課程」をつくり、「主体的・対話的で深い学び」を実現させるために大切なことは1時間1時間の日々の授業です。特に私が教えている「国語」という教科で「深い学び」を実現させるためにこれから必要になってくるのは、「言語スキル」だと考えています。
国語の教師として授業を作る上で最初に悩むのは、「この教材でどのような国語の力を身に着けさせるべきか」ということです。そして、単元が進むにつれ「今回の教材では前回までに身に着けさせたどのような力を活用しつつ、新たにどのような力を身に着けさせようか」と考えていきます。しかし、国語科の難しいところは、この「どのような国語の力」というものが明確には整理されていないということです。私がこれまでに出会った多くの国語の先生は、教科書の指導書通りに授業をして「どのような国語の力を身に着けさせているか」という点について自覚的でなかったり、あれもこれもと盛り込みすぎて今回の単元の目標が何かがよくわからなくなったりしていることがよくありました。
でも、それは当然起こりうることだと思います。
なぜなら、国語科という教科を通して身に付けさせるべき言語スキルが明確に整理されていないからです。体系立っていないものを自分の力で整理していかなければならないとは、国語という教科はなんて大変な教科なんだ、というのがこの世界に足を踏み入れたときの私の本音でした(そしてそれがこの教科のおもしろいところでもあるのですが)。
だからこそ、教室の外でのびのびとドラマを撮影している楽しそうなフィンランドの高校生たちの背景には、体系だった言語スキルの指導があるということを知り、感動しました。私も、生徒たちが社会の中で生きていくために必要な言葉の力を、もっときちんと整理し、指導していきたいと思いました。
「言語スキル」を明確に整理すること。これは、国語だけでなく他の教科にも影響を与える大切な能力だと考えています。
全ては子どもの力を伸ばすために。
この数年間、新学習指導要領の「社会に開かれた教育課程」というキーワードを受けて、学校外の人とも交流を深めてみたり、これからさらに国際化が進むことが予想される日本の未来を鑑みて海外に勉強しに行ってみたりといろいろなことをしてきました。そしてそれらの経験を通して考えてきたことを、この連載の中でご紹介させていただきました。でも、これらの経験が国語の授業の教室で活かされなければ何の意味もないと考えています。インプットしたものをどのように、何のためにアウトプットしていくのか。これが常に教師が向き合い続けなければならない問いだと思います。
これを受け、「『これから10年の教育』を考える」というテーマは今回で一度一区切りとさせていただき、次回からは、私がインプットしたことだけでなく、実際に現場で行ってみたことなども共有していければと思っています。次回以降もどうぞよろしくお願いします。
熊井 直子(くまい なおこ)
小平市立小平第五中学校 主幹教諭
英語もできる国語の先生を目指しています。2016年度に1年間フィンランドの高校で国語の授業を研究していました。英語教育に力の入る今だからこそ母国語教育のあり方を今一度よく考える必要があるのではないかと考えています。
同じテーマの執筆者
関連記事
- 「これから10年の教育」を考える~フィンランドの高校国語科授業の実践③~[No.8]
- 「これから10年の教育」を考える~フィンランドの高校国語科授業の実践②~[No.7]
- 「これから10年の教育」を考える~フィンランドの高校国語科授業の実践①~[No.6]
- 「これから10年の教育」を考える~海外研修という選択肢~[No.5]
- 「これから10年の教育」を考える~これからの教育を考えるきっかけをくれる本~[No.4]
- 「これから10年の教育」を考える~教科等横断的な視点を持つために~[No.3]
- 「これから10年の教育」を考える~これから必要な資質・能力とは~[No.2]
- 「これから10年の教育」を考える~新学習指導要領全面実施に向けて~[No.1]
ご意見・ご要望、お待ちしています!
この記事に対する皆様のご意見、ご要望をお寄せください。今後の記事制作の参考にさせていただきます。(なお個別・個人的なご質問・ご相談等に関してはお受けいたしかねます。)