2019.07.25
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「これから10年の教育」を考える~フィンランドの高校国語科授業の実践①~(No.6)

前回は、教員として海外体験を積むためにどのような選択肢があるのかということ、また、私自身がフィンランドに1年間滞在を決めるまでの経緯についてご紹介しました。今回からは、実際にフィンランドでどのような授業が行われていたかについてお話します。

小平市立小平第五中学校 主幹教諭 熊井 直子

すべてはUp to you!フィンランドでの学校見学

私が1年間在籍したのは、フィンランドのクオピオ市にある高校です。日本人の教員の受け入れは私で6人目ということもあり、日本語の授業をする以外に近くの小学校や中学校を見学しに行っても良いし、すべて「Up to you!(あなた次第!)」と最初に言われたことがとても印象的でした。私の目的は「フィンランドの学校で行われている国語の授業を見たい」というものでしたが、学校や先生側から何か制限をしたり要求をしたりされることはまずありませんでした。「あなたの目的に合わせて必要なことはアレンジしますよ」という言葉から、相手の意思を尊重すると同時に自立を求めるフィンランドの教育の様子を垣間見たような気がしました。

フィンランドの高校で行われている授業の第一印象は…

最初の週は自分の授業がなかったので、まずは実際の高校で行われている英語の授業と国語の授業を見学させてもらいました。国語の授業はフィンランド語で行われているので、到着してすぐの私にはどのような内容なのか細かいことはわかりません。でも、授業の様子についての最初の印象は「意外と日本と変わらない」でした。

フィンランドと言うと、2003年のPISAで読解力が1位になってからというもの、その教育に注目が集まり、多くの研究者や教育関係者が視察に行き、メディアで様々な報告がなされています。それらを読んで漠然と心に残っていたキーワードは、「宿題やテストがない」「自分で興味を持ったことを深めることが主眼」「話し合ったり書いたり等の表現する時間が多い」「自由」といったものでした。だから、フィンランドに到着した当初の私は、「日本の一斉授業とは全く異なる光景を目にすることになるに違いない」と思っていました。

先生が話して生徒が聞くスタイルは変わらない

ところが、いざ見学してみての第一印象は「基本はそんなに日本と変わらない!」でした。高校という学校段階も関係しているかとは思います。また、クラスの規模も、だいたい20人前後と日本よりは小さめではあります。でも、全員が前を向いて座り、先生が話してそれを生徒が聞くという授業スタイルがベースになっている点については、日本で私が行っていた授業と同じでした。特に国語でも英語でも教科書を読み、教科書に書いてある問題を解き、それをみんなで答え合わせする、という流れがありました。一体どんな授業展開を想像していたんだと言われそうですが、その様子を見て「なんだ、日本とそんなに変わらないじゃないか」と拍子抜けしたのも事実です。

生徒を導く授業デザインが教員の仕事

もちろん、この後1年間の滞在を通して、フィンランドと日本との違いもたくさん見つけましたし、参考にしたいと思う点もありました。でも、学校で行われている授業のあり方を考える上で、最初に私が感じた「基本はそんなに日本と変わらないんだ」という感覚は本質をついているのではないかと思っています。新学習指導要領のキーワードである「主体的・対話的で深い学び」を実現しようと考えると、「生徒が学びたいことを学ぶ」「生徒自身が学習の課題を設定し、それについて話し合いを通しながら学んで行く」という授業が良いもののように感じられ、「先生が一方的に生徒に対して話す」というこれまでの授業スタイルがあたかも悪いものであるかのような気持ちになっていました。
 
でも、生徒自身からは出てこないような課題を設定し、生徒だけの力では到達できなかったゴールに到達できるよう導くことが先生の役割なのです。何のスキルや知識も与えず、「好きに考えてごらん」というだけでは生徒の学習を保証していることにならないのだと思います。大切なことは、どのような課題を設定し、どのように生徒をサポートしたり導いたりするのか、ということであり、必要があれば「先生が生徒に教え込む」という場面は出てきて当たり前なのです。

もしもフィンランドに行かなかったら、私は今でも「教え込みはいけないのかもしれない」「海外ではもっと自由に生徒が学習しているのかもしれない」と思い続けていたことでしょう。「今自分がやっていることというのは大きく間違っているわけではなさそうだ」という認識を持つことができたのは、フィンランドに行ってよかったと思っていることの一つです。

学校のICT環境は…

ただし、ICT環境に関しては日本よりもずっと進んでいます。2016年当時のフィンランドの学校のICT環境は、全ての教室にパソコン、プロジェクター、書画カメラ、スクリーンがあり、パソコン上の教材やインターネットの動画をクラス全体に提示したり、用意したプリントを書画カメラでスクリーンに移しながら説明をしたりするというものでした。教材の保管場所としてどの先生もOneDriveを使用しており、職員室や家で作成した教材をOneDriveに保存し、教室のパソコンからアクセスして生徒の提示する、ということを簡単に行うことができます。また、これを生徒とも共有しているので、生徒はOneDrive上で必要な教材にアクセスすることもできますし、課題を提出することもできます。また、発表等を行うときも、OneDriveにプレゼンテーション用の資料を保存しておき、それを教室で開いて発表をするということもできます。学校の建物の中はWi-Fi環境が整っており、生徒は自分のノートパソコンを教室に持ち込むことができるので、多くの生徒が授業中や休み時間にはノートパソコンを使って作業をしていました。

特に私が印象的だったのは、ノートをとったりプリントを整理したりするという「紙ベースで、授業で行った内容を蓄積する」という習慣があまり見られなかったことです。授業中に資料としてプリントを配ることもありますが、授業の終わりには生徒はそのプリントを先生に返却して帰っていきます。また、先生が黒板に何か書いて説明するという場合でも、日本の授業のように板書計画があってのものではなく、黒板に書いた方が、説明がわかりやすいから書く、という程度でした。ICT環境が整っていると、黒板にそんなにたくさんのことを書く必要がないからかな、とも思っていました。

日本とフィンランドの授業に対する考え方の違い

日本の授業では指導案を書く時には必ず板書計画があり、本時の目標や発問とそれに対する答えなどを黒板に書くことが一般的です。でも、フィンランドではそもそも板書計画がないだけでなく、「本時の目標」を生徒に提示するという様子もありませんでした。単元やコースの目標、授業の流れ等は、コースの最初に提示されるのですが、毎時間毎時間「本時の目標」を明示する、ということはありません。これについてフィンランドの先生に聞いてみたところ、返ってきたのは「どうして先生がその時間生徒が何を目指して学ぶかを決めるの?その時間に生徒が何のために何を学ぶかは生徒自身が決めることだから、先生は提示しない」という言葉でした。私はこれを聞いて、なるほど確かにフィンランドの授業の様子はICT環境が整っているという点を除けば日本と同じような一斉授業の形をとっていることも多いけれど、その後ろにある「何を大切にして授業をするか」という教育哲学は異なるんだな、ということに気づきました。「生徒が主体的に学習に取り組む授業」を実現させるためには、単純に生徒自身でたくさん活動していれば良い、というものではなく、先生がどのような哲学を持ってどのような仕掛けを授業で行っているかが重要なのかもしれません。

おわりに

今回は、フィンランドで行われている授業の第一印象をもとに考えたことをご紹介しました。「先生が生徒に教える一斉授業の形がベース」と言っても、ICT環境や授業を行う上で何を大切に考えているかが違うと、授業展開の仕方や授業技術にも違いが出てくるという点について主に取り上げました。次回以降は、もう少し具体的な授業展開についてお話したいと思います。

熊井 直子(くまい なおこ)

小平市立小平第五中学校 主幹教諭
英語もできる国語の先生を目指しています。2016年度に1年間フィンランドの高校で国語の授業を研究していました。英語教育に力の入る今だからこそ母国語教育のあり方を今一度よく考える必要があるのではないかと考えています。

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