「荒れ」と向き合う詩の授業≪実践編≫(3)
子どもたちの「自尊感情」を高め、少しでも「荒れ」が見られる学校の現状を改善しようと、全校全職員で「詩の指導」に注力することが決まったA小学校。その指導法については、校長から「先生方の創意工夫で」という指示のみでした。
前回私の学級では「作戦(2)+(2')」を実践し、企図した以上の成果を得ました。今回は「作戦(3)」を実践してみます。
大阪府公立小学校 主幹教諭・大阪府小学校国語科教育研究会 研究部長 杉尾 誠
詩作指導開始から1か月
詩作指導の実践を始めて、約1か月が過ぎました。毎日発行する学級通信のスペースが、子どもたちの詩の作品でほぼ占められ、教室の横や後ろの掲示板にも、子どもたちの詩の作品が所狭しと貼り尽くされるようになりました。またその頃、教室には大量の詩作用紙の横に「詩のポスト(作品投稿箱)」を設置しました。詩作の意欲が旺盛になった子どもたちの作品を、国語の授業以外でも常時受け付けているという、私からのメッセージの具現化でした。
こうした取り組みから、子どもたちとの信頼関係が、少しずつ深まっていったように感じました。また私の授業を「面白い」と感じてくれるようになったのか、担任するクラスでは、国語以外の時間でも、ほぼ静謐な学習環境のもとで授業が成立するようになりました。ただ、そうした一定の成果はあったものの、私にとってはある「物足りなさ」も感じていました。そこで今回は、私の中で構想を温め続けていた「作戦(3)」を実行し、さらに満足のいく成果をめざしてみます。
作戦(3)「詩で『自分語り』を」
私が感じていた「物足りなさ」とは、子どもたちの作品で採り上げた対象とするものと、作者である子どもの心情に「乖離」があるように見受けられたことです。詩の技法をある程度理解し、多くの子どもが作品をすらすらと創るようになっていましたが、日々大量に作品を創ろうとすることで、とりあえず「小手先」だけで無難な作品を仕上げることもできるようになっていたのです。「これどこかで見たよなぁ」と、強い既視感を伴う作品。詩というより、どちらかというと作文のような作品、それも淡々と事象のみを述べ、作者の存在がそこに全く見当たらない作品などが増えてきており、少なからずのもどかしさを覚えていました。
詩の作品を手に取り、読み手がその「詩情」に浸るためには、作者の「心」が存分に注入された作品でないといけません。美しい情景を詠んだとしても、作者が本当に美しいと感じていなければ、読み手はそれを容易に見抜いてしまいます。詩作を始めてまだ1か月の子どもたちには、少し高度な要求になりそうでしたが、作品創りへの姿勢をよりよきものとし、作品の質をいっそう高めるために作戦を決行しました。この日の授業ではまず、以下の詩を拡大コピーして黒板に貼り、みんなで味わうことから始めました。
題名「さし入れ」
夜ひとりでべん強していた
するとお父ちゃんがとつぜんぼくに
やたいのうどんとスプライトを買ってきた
うちはふくしが来てびんぼうなのに
またかっ手にお金をつかったのかと思った
うどんとスプライトはどっちもおいしいけど
なんかへんな組み合わせと思いながら
ぜんぶ食べた
またべん強をがんばろうと思った
えらい人になりたいと思った
この詩の作者は…
この詩を味わい感想を交流した後、この詩の作者のことについてクラスみんなで話し合いました。いくつぐらいの子かな?「ぼく」って書いてあるから男の子かな?どこに住んでいるのかな?勉強好きなのかな?それとも嫌いなのかな?うどんはおいしく食べたのかな?…など、それぞれが思い思いに想像を広げました。
そして詩の最後に「えらい人になりたい」とあるので、この子は今どうなっているのか、本当にえらい人になれたのかを話し合いました。様々な意見が出ましたが、大方の予想は「えらくなったと思う」でした。「総理大臣」・「社長」・「プロ野球選手」など、「ぼく」の未来予想図でひとしきり盛り上がったところで、隠していた作者名のところをめくりました。
【三年 すぎお まこと】
実はこの詩は、私が小学三年生の時に書いたものでした。障害のある父親は働くことができず、また母親も体が弱く、生活保護を受給していました。さらにきょうだいが4人もいて、三食摂るにも困窮していた家庭環境でしたので、この「うどんとスプライト」の差し入れは、詩に詠んだ通り、非常に複雑な気持ちで受け取ったことを、今でも鮮明に覚えています。
この詩の作者が分かった途端、驚嘆の声が教室中にあふれると同時に、子どもたちから質問の集中砲火を浴びましたが、その騒がしさを掻き消すように、私はひときわ大きなリアクションで口に人差し指を当て、静かになったところで話し始めました。
「自分を語る」意味
詩で「自分を語る」ことの意味…それは自分の生活を見つめ直すこと、自分の性格について省みること、自分の喜びを他人にも分け与えること、自分のしんどさを他人にも共感してもらうこと、自分の思いや願いをいっそう強くすること、自分の夢を実現させる一歩となること…など、とても素晴らしい力に変えていけるきっかけとなることを伝えました。
子どもたちは、真剣な顔つきで聴いてくれていました。そして、クラスみんなで「自分を語る詩」を創ろうと約束し、その日の宿題としました。「すぐに書きたい」と言った子もいましたが、じっくりと自分と向き合うには、やはり時間をかけて、自分のリラックスできる環境で書いてほしいと伝え、納得してもらいました。
そして翌日、ある子どもの作品から、クラスに激震が走ることになったのです。
(続く)
杉尾 誠(すぎお まこと)
大阪府公立小学校 主幹教諭・大阪府小学校国語科教育研究会 研究部長
子どもたちの「自尊感情」を高めるため、「綴方」・「詩」・「短歌」・「俳句」などの創作活動を軸に、教室で切磋琢磨の日々です。その魅力が、少しでも読者の皆様に伝われば幸いです。
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