記号接地の問題について考える ~体育科の視点から~(1)
中庭の木々に果物が実り始めました。本校にはレモンとキウイフルーツの木があります。レモンは黄色味を帯びてきてそろそろ頃合いだそうですが、キウイフルーツは今から2月ごろまでお預けだそうです。
さて、今回は認知科学者の今井むつみさんが書籍等でたびたび話題にされてる「記号接地」について考えたいと思います。考えるといいましても、認知科学的な視点から考えることはできません。僕ができる精一杯の「考える」をしてみたいと思います。
明石市立鳥羽小学校 教諭 友弘 敬之
最近読んだ本の中で、抜群に読みごたえがあったものがあります。それは、『学力喪失:認知科学による回復への道筋』(今井 2024)です。本書は、子どもの算数文章題への躓きから問題提起が始まり、算数嫌いの本質が記号接地に問題があるということを中心に展開されます。特に、それらを克服していくためのヒントが記述してある終盤がわかりやすくワクワクしました。今回は、そういった記号接地問題を少し取り扱ってみたいと思います。
記号接地問題とは何か
記号接地という問題は、今から30年以上も前、「AI」が発達してきた頃に認知科学者であるスティーブン・ハルナッド氏が指摘された言葉だそうです。外から膨大な量の情報をインプットさせた「AI」に、「リンゴとは何か?」と質問したとします。すると、「AI」は、インプットされた膨大な情報の中から「リンゴ」を定義する言葉を導き出しすぐさま提示するでしょう。つまり、「リンゴは、バラ科リンゴ属の落葉高木、またはその果実のことです。ジャムやリンゴ酒などに加工して食すこともできる人間とかかわりの深い果物であります。」という具合にです。しかし、この答えは「AI」がリンゴのことを理解しているということができるのか?というのが記号接地問題です。実際にリンゴを食べ、口の中で広がる甘みや酸味、シャクシャクという歯ごたえや口に広がるみずみずしさを味わわずして、リンゴを理解しているといえるのか、ということです。(記号接地問題について関心を持たれた方は、『言語の本質』(今井 2023)をぜひ手にしてみてください。
もう少し記号接地問題
記号接地という問題は何も子どもに限った話題ではありません。私たち大人にとっても初めて見たり聞いたりした言葉や、初めて知った知識などはまだ身体と記号が接地していないことがあるでしょう。
例えば、「このカカオ90%のダークチョコレート、苦いし口がモケモケするから食べないほうがいいかもしれない」と言われていながらも、思い切って口にしたとたん、「ゲッ…僕の口には少し合わないかな…」と、渋い顔をした経験はないでしょうか。
言葉で「苦い」「モケモケする」といわれて、なんとなく想像して分かった気になっていながらも、いざ口にして初めてその言葉の意味が理解できるという経験であります。この時、口にして初めて、このチョコレートの「苦い」という言葉と「モケモケする」という感覚が理解できたわけです。
学校の中での記号接地問題
学校教育においてこういった問題をあげだすと枚挙にいとまがありません。子どもたちは日々言葉を見聞きし、それらを少しずつ経験し体験し、理解していくのでしょう。今回はこの話題について、「体育科」の視点でもう少し考えてみたいと思います。なぜ体育科かというと、言葉と身体の結びつきが一番わかりやすい教科であると考えたからです。
体育科においても様々な「記号」が学習の中で用いられます。例えば、マット運動でアンテナの技を学習している際に「腰の位置をもう少し高くして!」という言葉で指導を受けたとします。子どもにとってはどれも難しい言葉ではありません。「腰」も「位置」も「もう少し」も「高く」も4年生もなればどれも理解できる単語です。しかし、それらをマット運動の局面で耳にするとどうでしょう。
寝ころんだ状態で「腰の位置」がどこ示しているのか?
もっとというのは、今どれくらいで、そこからさらにどれくらいあげる必要があるのか?
高くというのはどれくらいの高さのことを示しているのか?
と、実はよく理解できないことがたくさんあるのです。
指導を受けた子どもにとっても、自分なりの「腰の位置をもう少し高くする動き」をしようと試みますが、その意味するところがはっきりと理解できていないので、なかなか美しいアンテナにはなっていきません。では、どうすると、この子どもは美しいアンテナができるようになるのでしょうか?
今回は記号接地の問題という今ホットなワードを提示させていただきました。少し文面が長くなっておりますので、次回はそのことについて体育科の学習を基にして話題を深めていきたいと思います。
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友弘 敬之(ともひろ たかゆき)
明石市立鳥羽小学校 教諭
「単元学習」をテーマに学び続けてきました。その中で、「学習デザイン」「実の場」「問い」と、興味を広げてきました。今は「そもそも学びってなんだろう?」という問いと向き合っています。それは、子どもの学びだけではなく、教師としての、また大人としての学びも含みます。この学びの場を通して、私の問いを解決していきたいです。
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