2021.06.24
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「個別最適な学び」と「協働的な学び」の実現で、子どもの学びはどう変わる? New Education Expo 2021 リポート vol.5

今年も豪華講師陣による熱い講演が繰り広げられたNew Education Expo2021 東京。vol.5では、中央教育審議会のキーパーソンである上智大学教授・奈須正裕氏の講演の模様をお届けする。中教審答申(令和31月)でも言及されている「個別最適な学びと協働的な学びの一体的な充実」によって、 子どもの学びはどう変わるのか。また、教師はどう取り組んでいけばよいのか。GIGAスクール構想がもたらす11台端末環境の活用も踏まえ、奈須氏が目指すべき学びの姿を明らかにした。

個別最適な学びと協働的な学びの一体的な充実を目指して

上智大学 総合人間科学部 教授 奈須 正裕氏

個別最適な学びと協働的な学びの一体的な充実とは?

改めて問われる「個に応じた指導」の必要性

新型コロナウイルスの感染拡大により、登校の見合わせや3密の回避で従来型の対面授業が困難になった。子ども達の多くが教師の指示を待って動き、学習の遅れが懸念される一方で、在宅でも自分で着実に学びを進める子どもが少数ではあるが存在した。両者の明暗を分けたものは何か? 講演はそんな問題提起からスタートした。

自ら学びを進める子どもには、自分が何をしたいか、何をすべきかを判断して学習の計画を立て、実行し、その結果を評価するという「メタ認知を通じた自己調整能力=学びに向かう力」が育っている。その力が子ども達に広く養われていないのは、「教師が一斉指導で細かく指示を出しすぎ、子ども達にアクティブ・ラーナーとして自律的に学ぶ経験を提供できていないからではないか」と奈須正裕氏は指摘する。

この学びに向かう力を養うものとして、今、注目を集めているのが「個別最適な学び」である。といっても、新しくできた概念ではなく、平成元(1989)年以降の学習指導要領において掲げられてきた「個に応じた指導」(指導の個別化・学習の個性化)を学習者の視点で整理したものだ。経済産業省が「個別最適化された学び」として提言し、 それを文部科学省の中央教育審議会(以下、中教審)が、より教育学的な視点から「個別最適な学び」として再定義したという経緯がある。

個に応じた指導は本来、子ども一人ひとりの学びの状態や特性に合わせた指導を指すが、個々に丁寧な指導をすることと矮小化されて受け取られ、子どもの学びに向かう力の不足を招いてきた可能性がある。そこで中教審は、従来の日本型学校教育を発展させた「令和の日本型学校教育」の一環として、個別最適な学びと協働的な学びを往還し、主体的・対話的で深い学びの実現に向けた授業改善につなげることを打ち出している。

奈須氏はそうした流れを説明し、「大事なのは、学びの主体である子どもが、自らにとって最適な学びとは何かを判断しながら、自律的に学び進められるように支援すること。今回の令和の日本型学校教育についての答申は、新しい学習指導要領のねらいを実現するための枠組みや道具の提案であると理解し、それぞれの学校や地域で必要とするものを選んで取り入れていただければと思います」と述べた。

「個別最適な学び」はなぜ生まれたか

上智大学 総合人間科学部 教授 奈須 正裕氏

次に、奈須氏は日本の近代教育史をひもとき、個別最適な学びの源流を明らかにした。

1872年に始まった日本の近代学校は、富国強兵・殖産興業を掲げて国の近代化を目指す明治政府によって、欧米の教育制度を参考に作られた。軍隊や工場がモデルなだけに、「軍服を摸した制服や工場の報時に習ったチャイムなど、現代の感覚では教育的とはいえない面も多い」と奈須氏は指摘する。

また、それまで寺子屋や私塾で行われていた個別指導は、アメリカからもたらされた学級単位の一斉指導へと変化した。一斉指導は教師の指導効率や経営上の費用効率を高めることには役立つが、発達の度合いが異なる早生まれと遅生まれの子どもに同じように学ぶことを求めるため無理も生じる。

このように、近代学校は必ずしも子どものために存在するものではなかった。そこで、心ある教師達が立ち上がり、2つの大きな改革の流れを生んだ。

1つは主に教育内容編成に関わるもので、各教科の縦割りによる暗記中心の書物教育を、実社会の身近で切実な問題を解決する中で学びが生じるような教育に変えようという動きである。これは、今日の「生活科・総合的な学習の時間」「社会に開かれた教育課程」「教科等横断的なカリキュラム・マネジメント」「合科的・関連的な指導」「探究」などにつながっている。

もう1つは主に教育方法に関わるもので、一斉画一的で没個性的な教育方法のあり方を改め、子ども一人ひとりの要求に根ざした個別的で個性的な学習機会を提供しようという動きを指す。これは、のちに「個に応じた指導」や「個別最適な学び」へと発展した。

これらの教育改革に日本が国として取り組み始めたのは、1971年のこと。中教審答申に「国民の教育として不可欠なものを共通に修得させるとともに、豊かな個性を伸ばすことが重視されなければならない」という2つの目標が示され、その実現には「個人の特性に応じた教育方法」が必要であると明記された。これを受けて教育学者の加藤幸次氏が提唱したのが、「指導の個別化」と「学習の個性化」だ。

 「指導の個別化は、すべての子どもに等しく基礎学力を習得させるために、子ども一人ひとりに最適化された指導方法、学習時間、教材などを柔軟に提供するもの。学習の個性化は、その子ならではの得意分野やこだわりを持つ領域に学校教育のリソースを集中投下し、豊かな個性を伸ばそうというものです。これらは集団での学習活動を否定するものではなく、併せて実践することが望ましいとされています」

「個別最適な学び」の実践例と教師の役割

では、個別最適な学びを実現するために、教師は具体的に何をすればよいのだろうか。個別最適な学びには「一人ひとりに合った教材・学習時間・方法などの柔軟な提供」と「自分の最適な学びを自力で計画・実行できる子どもの育成」の2つの意味があるとして、奈須氏はそれらに対応する実践事例を紹介した。

そもそもすべての子どもは有能な学び手であり、「適切な環境さえあれば、自ら環境に関わり学んでいく」ものであると奈須氏は言う。例えば、ある学校で理科室の顕微鏡を廊下に常設したところ、子ども達によって日常的に使われ、スキルも身についたという。こうした環境による教育は、幼児教育ではごく普通に実践されている。ただし、幼稚園では自由に使って遊べるように道具や材料を並べておけばよいが、小学校以降は教科の学習があるため、もう少し主題化された環境を提供する必要がある。例えば社会科の農業の学習であれば、お米について学ぶ単元の前に学習材を掲示して情報提供し、学習が進んだらその成果を掲示するといった方法が有効だ。こうした環境の整備により、幼小接続もスムーズになると考えられる。

また、子どもの自律的な学びを支援するために開発された教材を利用する手もある。例えば、何を、なぜ、どのように学ぶのかを明記したガイダンスプリントと、学習の時数や目標、流れなどを示した学習の手引きがそれだ。これらを単元に入る前に手渡すことで、子どもは学習の見通しをもち、教師の指示がなくても学び進めることができる。紹介された事例では、学習の流れの中に利用可能な学習材や早く進んだ子ども向けの発展学習なども盛り込み、個々の学びをサポートしていた。

「一斉授業では、時間より早く学びを終える子と時間内に学びを終えられない子が出てしまいがちです。しかし、各自が自分のペースで学び進めることで学習効率が高まり、足止めされる子も取り残される子も出さない学びが可能になります」

さらに、自己調整学習の手法の一つである単元内自由進度学習(指導の個別化)の事例も紹介された。理科の実験や観察も各自のペースで進める中で、子ども達は「ここどうするの?」と聞いたり、「こうしたらうまくいったよ」と教えたりしながら、自発的に協働していくという。

「教師の仕事は、子ども一人ひとりの様子をしっかり見とること。関心をもっていることや意外な得意分野など、普段見過ごしているその子ならではの部分をたくさん発見できるはずです」

続いて紹介された自由研究学習(学習の個性化)は、それぞれの子どもが関心のあることを探究的に学ぶもので、総合的な学習の時間の個別課題として実践できる。子どもに好きなことをやらせると遊びごとばかりになってしまうかと思いきや、実際は教科の学習の中で関心をもったことを選ぶ子どもが多いという。事例でも、室町時代の文化史の学習で学んだ茶道を体験している子どもがいた。ここでの学びが将来やりたいことや進路につながっていく可能性もあるだろう。

特別支援(自閉症・情緒障害)学級における算数科「重さ」の学習の実践事例では、アクティブ・ラーナーとしての子どもの姿も垣間見られた。学習が始まる2週間前に教室にはかりや体重計などを並べると、子ども達は早速重さを量り、いろいろな気づきを得ていく。早々にはかりが一つ壊れてしまうが、それは子ども達が使っているからこそ。ここでやめずに続けることが肝心だと奈須氏は言う。

授業は教師が意図的に材料の計量に失敗した甘くないホットケーキの試食からスタートするが、2週間はかりに慣れ親しんだ子ども達からは、すぐ「材料を量ればもっとおいしく作れるんじゃない?」という声が上がっていた。また、ランドセルの重さを量る調べ学習では、ワークシートに書かれていない量り方もたくさん試し、「何をやっても重さは変わらなかった」と嬉しそうに報告する子もいた。ここでの学びはゴールのホットケーキ作りに活かされ、子ども達は一度では量りきれない量の小麦粉を4回に分けて量ることに気づき、きちんと量り取ることができていた。

「自分にとって納得できる意味や文脈を見出せれば、子どもは粘り強く追求し、使った道具もきちんと片付けられます。さらに自ら学び進める力が育っていくと、協働的な学びも子ども達だけで進められるようになります。教師としては寂しさも感じるでしょうが、大切なのは子どもが学び、たくましく育つこと。子どもが自ら学びを進められるのは、日頃から教師がよい授業をして、しっかり育ててきた証でもあります。ですから、子離れするために教えるという意識をもちましょう!」と奈須氏は呼びかけた。

1人1台端末環境が生み出す、時空を超えて連続した学び

奈須氏は、GIGAスクール構想によって全国の小中学校に導入される1人1台端末環境についても言及した。

「1人1台端末は自律的な学びを加速します。大事なのは、教師が教えるための道具ではなく、子どもが学び考えるための道具として使うこと。特にキーボードによる文字入力は大人になってもよく使うので、小学校3年生あたりから長めの作文は端末を使って書かせたほうがよいと思います。また、わからないことがあれば検索して調べる習慣をつけることも大切です。これまで1時間かけて教えてきたことも、動画を見れば数分で理解できます。その情報を足場に問いを生み出し、授業を展開していきましょう。情報を伝達するだけの授業はもうやめるべきです」

また、子ども一人ひとりにアカウントが割り当てられることで、家庭から自分の情報環境へのアクセスが可能になり、時空を超えて連続した学びを生み出せるというメリットもある。その強みを活用した例として、奈須氏は東京都三鷹市東台小学校が提案する「対面授業と家庭学習の一体化を目指したオンライン活用の4つの視点」を紹介した。「①授業の振り返りを家庭で行う視点」「②授業で生まれた問いについて家庭で探求する視点」「③家庭での予習・復習をベースに学校での学びに取り組む視点」「④学校での学びを自己評価して家庭で補習を行う視点」からなり、これらを実践することで、学校での対面授業と家庭での個別最適な学びを有機的にリンクさせることを目指すものだ。

「コンピュータのオンライン機能を活用すると、家庭学習での個別最適な学びを学校で出し合って協働するという往還が容易になります。子ども達が家庭で行った授業の振り返りなどは履歴として残り、共有されるため、教師はそれを指導や評価に活かすこともできます。大いに活用してください」

同調圧力から抜け出し、他者と協働できる自立した子どもに

今回のコロナ禍で改めて日本社会の同調圧力の強さが浮き彫りになったが、学校でも「みんな同じことを同じように」と過度に要求され、同調圧力を感じる子どもが増えているとの指摘があるという。同調圧力にはよい面もあるが、それがいじめ問題や生きづらさをもたらしているのであれば問題だ。個別最適な学びと協働的な学びの一体的な充実は、そんな同調圧力の負の側面を解消するためにも必要なものであると奈須氏は言う。

「自分の考えをしっかりもっていないと、ただ他者に調子を合わせるだけになり、 同調圧力を生み出してしまいます。多様な他者と協働してコミュニティの問題解決に当たるためには、個が自立していることが不可欠なのです」

学習の自己調整の基本となるのは、自分の適性や関心、能力などを正確に把握すること。友達と同じやり方でアプローチしても、友達と自分は違う特性をもった人間であるため、往々にしてうまくいくことはない。しかしその経験を通して、友達とは違う自分という存在がかけがえのないものであることを理解し、人は自立していく。

「『自分はこうありたいけれどそうじゃない』という事実を認識するのはつらいことではありますが、だからこそ、『あの子はこうあってほしいけれどそうじゃない。でもかけがえのない存在なのだ』と思うことができます。それが多様性が認められた包摂的な社会、世界が目指すダイバーシティ&インクルージョンへとつながっていくのです。個別最適な学びと協働的な学びの一体的な充実によって、子ども一人ひとりが個として育ち、協働する機会を作っていきましょう」

記者の目

個別最適な学びについて、教育現場からは「どう教えればよいのか」「指示しないと子どもたちは動けないのではないか」といった不安や戸惑いの声も多く聞かれるという。奈須氏も言及しているように、個別最適な学びの実現に向けては、教師のマインドセットも非常に重要であると感じた。まずは「教師がどう教えるか」ではなく「子ども達がどう学ぶか」という観点に立ち、そこから授業のあり方を見つめ直してい必要があるだろう。

取材・文:学びの場.com編集部/写真提供:New Education Expo実行委員会事務局

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