深刻化する「教員不足」、教員の量と質をどう確保すべきか? New Education Expo 2024 リポート vol.10
未来の教育を考えるNew Education Expo2024東京。最終回となるvol.10では、深刻化する教員不足について、東京財団政策研究所の提言をもとに考えるセミナーの模様をリポートする。教員不足はなぜ起きたのか? その歴史的な経緯や政府の対策などを踏まえ、量と質の両面から解決策の検討がなされた。
量と質から考える「教員不足」
武蔵野大学 教育学部 教授 貝塚 茂樹 氏
立教大学 コミュニティ福祉学部 教授 走井 洋一 氏
国立教育政策研究所 高等教育研究部長 濱中 義隆 氏
【コーディネータ】
(公財)東京財団政策研究所 研究主幹 松本 美奈 氏
不足の現状~量と質の関係
教員の質は採用試験の倍率と研修で担保できるとされてきたが、採用試験の倍率は全国的に下がり続けており、その質の低下が懸念されている。しかし、財務相の諮問機関である財政制度等審議会は2024年5月に公表した意見書の中で、「教員の採用倍率の低下は、必ずしも教職の人気低下によるものではなく、教員の年齢構成による近年の大量退職・大量採用に伴う構造的な現象」であり、「改善していく可能性が高い」との見方を示している。そして、継続的に質の高い人材を確保していくためには、「働き方改革・デジタル化・外部人材の有効活用等により、教職業務の効率化を徹底し、教員のマンパワーのみに頼らない効率的な教育現場への転換」を進めることが必要だとしている。
松本美奈氏は、この内容に「競争率さえ上がれば質は向上するという楽観的なニュアンスを感じる」とし、教員不足の解決には「量と質の目標、その現実との乖離、量と質の関係という3つの観点からの検討が必要」であると述べた。
先の意見書の前提となっているのは、「『令和の日本型学校教育』の構築を目指して」という2021年1月に出された中央教育審議会の答申だ。翌年12月の答申(「令和の日本型学校教育」を担う教師の養成・採用・研修等の在り方について~「新たな教師の学びの姿」の実現と、多様な専門性を有する質の高い教職員集団の形成~)では、「生涯を通じて学び続ける/一人一人の学びを最大限に引き出す/主体的な学びを支援する伴走者」という望ましい教員像と、その資質能力の柱としてICTや情報・教育データの利活用が示され、「教師が創造的で魅力ある仕事であることが再認識され、教師自身も志気を高め、誇りを持って働くことができる」とうたっている。
しかし、松本氏はこれに懐疑的だ。
「現実を見ると、教員の仕事は増える一方。校長の指示が教員の裁量より重く、校長指示のない時間外勤務はタダ働きになるという現実もあります」と述べ、埼玉県に未払い賃金を求める訴訟を起こしたある公立小学校教員の残業内容を紹介した。 53ある残業項目のうち、裁判所が「校長指示」と認めたのは 30項目。この中には草取りや扇風機の清掃など、教員がすべき仕事なのか疑問を感じるものも少なくない。
さらに、小学校教員の研修・授業準備時間が1966年に比べて大きく減っているデータを提示。学校教育法の改正により教員の階層化が進んでいることにも触れ、「自分で自分の仕事を決められず、学ぶ時間もない。教員は20代の若者が志す魅力ある専門職といえるのでしょうか」と危機感を示した。
教員の「専門性」と国家試験の制度化
続いて登壇した貝塚茂樹氏は、歴史的な観点から主に教員の「専門性」について述べた。
教師像をめぐる議論は、明治以来の「教師聖職者」論と戦後の「教師労働者」論との対立の中で進められてきた。1966年にユネスコの「教師の地位に関する勧告」で「教師=専門職」と位置づけられたことにより、近年は「教師専門職」論を軸に議論が展開され、「学び続ける教師」という教師像も出現している。
しかし、「教員の専門性について議論が詰められたかというと、残念ながらそうではない」と貝塚氏。その理由は「明治時代に始まる教員不足が戦後も続き、質の問題がおろそかになっていた」からであるという。
「とりわけ高度経済成長期から教師専門職論が出たあたりは、不足する教員をどう補うかが最大の課題であり、その専門性の中身を詰められないまま、ここまで来てしまったというのが実情です。教育はサービスであり、教員は支援者であるというロジックが1980〜90年代に一般化して教師の権威性が担保されなくなり、専門性についての議論が消極的なものにならざるを得なかったことも要因の一つでしょう」と述べ、「教員免許に国家試験を導入することによって、教員の質とともに、その権威性も担保するという制度的な改革も必要ではないか」と提案した。
なお、教員の質の担保には研究と修養の充実が求められるが、あえて「学び続ける教師」と言うまでもなく、教育基本法の第9条に「教員は絶えず研究と修養」に励むよう努めなければならないと定められている。
「ここでいう修養には、人間として子どもたちにどう向き合うのかという問題が含まれているはずですが、今では教育委員会が用意する単なる研修になってしまっています。教員が研究・修養することの本来の意味を改めて考えなくてはいけないでしょう」と問題を提起した。
貝塚氏は「量は質を担保しないが、質は量を担保する。質の問題にポイントを当てていかないと、量の問題は改善しないでしょう」と述べ、自著の一節を提示して講演を締めくくった。
「『専門職』としての教師の『誇り』と使命感を担保しなければ、労働時間を減らして給与を上げるだけでは教員不足の抜本的な改善は期待できない。(中略)教師の『専門性』を高めるための積極的な議論と具体的な政策抜きに教職の『ブラック化』は解消しない」(『戦後日本教育史―「脱国家」化する公教育』 扶桑社新書)
小学校・中学校共通の教員免許状の創設を
「戦後一貫して教員免許状が教員の質を担保するという制度設計がなされていたにもかかわらず、現在、採用試験の倍率は低水準で推移し、教員の質の低下が問題視されています。これは教員免許状が質の担保には機能してこなかったことの表れです」と走井洋一氏は指摘する。
教員免許制度の問題は、免許状が終身制であることだ。時代とともに子どもは変わり、学習指導要領の改訂により教育内容も変化する。旧来の教員養成過程で取得した免許で通すことには無理があると言わざるをえない。
「教員免許更新制は意味のあるものでしたが、現場の先生方に経済的・物理的な負担感が生じているという理由で2022年に解消されました。これによって免許状は再び質を保証するものではなくなり、実質的な質保証は自治体ごとに行う教員採用試験と、その後の研修が担うことになってしまいました」(走井氏)
この先、採用倍率が回復したとしても、教員の資質能力を担保する仕組みはない。免許状を廃止せずに残すのであれば、せめて教員の質を保証するものとして制度を組み立て直す必要があるが、それには課題があるという。
教員免許制度には、免許状を発行する都道府県教育委員会、教職課程を設置する大学、教職課程を認定する文部科学省という3つの主体が関わっている。その責任の所在は明確にされてこなかったが、教員の資質能力の責任主体が採用権者に委ねられたため、教育委員会が第一義的責任を負うことになった。教育委員会がそれぞれの育成指標に基づいて教員の採用・研修を行う一方、大学の教職課程は特定地域の教員を育成するものではなく、両者の整合性は保てていないのが現状だ。
「これらの問題をすべて回避できるわけではありませんが、現在、議論が進められている教員採用試験1次選考の統一実施は、教員の資質能力を一定程度保証する1つの方策であると思います」 (走井氏)
また、義務教育段階に相当する教員免許状の創設にも言及。日本の学校制度において、義務教育段階は初等教育・中等教育で区切られてきた。しかし、近年は義務教育学校が制度化され、もともと公立の小中学校は設置主体が同じであることから、それらを統合する義務教育学校へと移行しつつある。
「小学校・中学校を統合した義務教育学校のための教員免許状に組み換えることで、小学校での教科担任制にとっても有効に機能するのではないでしょうか」と走井氏は提案した。
奨学金は教員の「量の担保・質の担保」に有効か
最後に登壇した濱中義隆氏は、質の高い教員の確保に向けた貸与型奨学金の返還支援策について解説した。
2025年度より、大学院で専修免許状を取得して教員に新たに正規採用された人に対して、大学院在学中に貸与を受けた日本学生支援機構奨学金の返還を免除する制度の導入が決定した。対象となるのは、教職大学院の修了者、または学校等での実習を30時間以上行った修士課程修了者で、現在、同機構で行われている「特に優れた業績による返還免除」が適用される。かつての制度のように教員としての在籍年数は問われず、教員として採用された時点で全額免除が決定。同年度からは修士課程で授業料後払い制度の導入も予定されており、これと併用すると、教員になることで教職大学院の学費は無償化される。
「教職の高度化という質的な観点から導入するもので、それにより大学院卒の教員の割合を増やし、質の向上とともに高度専門職としての社会的地位の向上を図ることを目指しています」(濱中氏)
教員志願者の確保という量的な観点からは、学部段階の学生も含めて返還支援対象としていくことも考えられるが、「学力上位層では大学進学への経済的状況の影響はほぼ見られず、優秀な学生の掘り起こし効果は学部段階では期待できない」と説明。また、教員養成学部の奨学金枠を拡大するにも教員のみを優遇する根拠に乏しく、経済的に困難な学生に対する給付型の支援はすでに行われていることを考えると、学部卒業者への拡大は現実的ではないという。むしろ、「常勤の教員として採用された人を優遇するよりも、 教員を志望しつつも不安定な雇用状態にある(臨時的任用教員や、教員採用試験を再度受けるためにほかの職に就いている)人を支援する方が効果が見込めるのではないか」と濱中氏は述べた。
また、「地域間での教員需給のアンバランスの解消策として、奨学金制度を数値目標や期間を設定して限定的に用いることは十分に考えられる」とし、地方自治体が実施している「奨学金を活用した大学生等の地方定着促進」という取り組みに着目。
「一定期間その地域に居住したり、特定の業種に就業したりした人を対象に奨学金の返還を支援するもので、残念ながら公務員は支援対象外とされており、公立学校の教員には適用できません。しかし、類似の枠組みで国から地方への補助を行い、公立学校の教員にも適用することは可能ではないでしょうか」と提案した。
教員は専門職か否か
その後、参加者からの質疑応答を経て、松本氏は3人の登壇者に「教員は専門職か否か」と問いかけた。
濱中氏は、「専門職は外部からの干渉を受けず自律的に活動ができてこそ成り立つと考えると、教員の専門職性が薄くなっていることは否定できない」とし、「他の専門職が自ら職業団体としての地位を確立してきたように、教員集団の自律を期待する」と述べた。
走井氏は「自律は教員という専門職を支える重要なファクター」であるとしながらも、「教員は公務員としての側面が強く、教員養成においてもいまだに現場主義が幅を利かせている」という現状を語り、「自律的な思考を身につける前に現場に放り込まれ、教育公務員としてのメンタリティを植え付けられる仕組みに問題があるのではないか」と指摘した。
最後に、「教員は専門職でなければならない。これからはAIを子どもの学びにどう利用するかということも、教員の専門性の1要素となっていくでしょう」と貝塚氏が述べ、セミナーは盛況のうちに終了した。
記者の目
教員不足は今に始まったものではなく、歴史的な経緯や教員免許制度の問題などが複雑に絡み合った根深い問題であることがわかった。簡単に解消できるものではないが、教員の質とともに、その権威性も担保することで教員が誇りを取り戻し、多くの若者が志す魅力ある専門職となることを期待したい。
取材・文:学びの場.com編集部 写真提供:New Education Expo実行委員会事務局
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