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2017.09.20
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奈須 正裕  新学習指導要領を語る。

奈須 正裕 新学習指導要領を語る。

すべての子どもを「優れた問題解決者」に育て上げる、トータルな学力が必要です。

奈須正裕氏は上智大学にて教育学を講義する傍ら、2017年3月に告示された新学習指導要領に関わる数々の委員を務めた教育界のキーマン。今回の学習指導要領改訂では、小学校段階でのプログラミング教育の必修化や、当初アクティブ・ラーニングと表現された指導法に注目が集まりましたが、その背景にある考え方への理解は進んでいないように思われます。そこで、新学習指導要領の解説書である『「資質・能力」と学びのメカニズム』を上梓した奈須氏に、今改訂が目指す学力や学びのあり方、学校や教師に求められる役割などを伺いました。

「何を知っているか」から「何ができるようになるか」へ

教育インタビュー:奈須正裕

学びの場.comなぜ『「資質・能力」と学びのメカニズム』(東洋館出版社)を執筆し、広く現場に届けようと思われたのですか?

奈須正裕新しい学習指導要領は、教える大人ではなく、学習する子どもの視点に立って形作られました。その過程で、「子ども達の人生を支えていく学び、知識とは何か」ということがこれまで以上に議論され、「学び」と「知識」に関する心理学や教育学の新たな理論が参照されました。それらの理論は、多くの先生方には馴染みのないものです。私は今回の学習指導要領改訂に携わった心理学者・教育学者として、その基盤となる考え方を教育現場にわかりやすく伝え、正しい理解とより良い実践に役立てていただきたいと考えたのです。

学びの場.com新学習指導要領では「何ができるようになるか」を上位に置き、「何を学ぶか」「どのように学ぶか」を、それを実現するための手段として位置づけています。これには、どのような考え方が反映されているのでしょうか?

奈須正裕今や学力のグローバル・スタンダードは、「何を知っているか」という領域ごとに区分された知識・技能を問うものから、知識・技能を自在に活用して「何ができるようになるか」、つまり「どのような問題解決を成し遂げるか」という資質・能力を問うものへと転換しています。目指すのは、すべての子どもを優れた問題解決者に育てること。そこを起点に、必要な指導内容や学習のプロセスを構成していく必要があるという考えから、このような構造となりました。

これまで、知識をたくさん所有することは、人生で直面する様々な問題の解決に役立ち、ひいては社会的な成功につながると考えられてきました。それで、学校教育でも各教科における要素的な知識・技能の習得が最優先されてきたのです。しかし、1970年代以降の心理学の研究で、単なる知識の所有は職務上の業績や人生における成功を十分に予測しないことが明らかになりました。さらに、限られた領域で学んだ知識は限られた領域でしか活用できない、ということもわかってきました。

教育インタビュー:奈須正裕

学びの場.com知識を身につけることは、あまり意味がないということでしょうか。

奈須正裕いいえ、知識は必要なのですが、それだけでは十分ではない、ということです。未知の状況にも対応できる思考力、判断力、表現力、粘り強く問題解決に取り組む意欲や感情の自己調整能力、対人関係を円滑にするコミュニケーション能力など、これまで必ずしも学力と見なされてこなかった資質・能力までバランスよく身につけさせること。また、要素的な知識から、社会の様々な場面で活用できる概念的な知識へと、その質を高め、教えていくことも、子どもを優れた問題解決者に育てていくためには重要なのです。

これからの知識基盤社会では、知識を活用して複雑な問題を解決し、新しい価値を生み出すことが求められます。ダイバーシティも、ますます高まっていくでしょう。子ども達は自らの力で、あるいは多様な他者と協働しながら、その都度、状況に応じた最適解を見つけていかなければなりません。新しい学習指導要領が示す学力や知識は、そうした社会が要請する人材の育成にもつながっているのです。

系統学習で教科ならではの「見方・考え方」を身につける

教育インタビュー:奈須正裕

学びの場.com「何を学ぶか」という各教科の指導内容は、どう変わるのでしょうか?

奈須正裕その教科に独自な対象への迫り方である「見方・考え方」を働かせて教科固有の内容にアプローチし、知識を統合していく系統指導が必要になります。比較、分類、関連づけといった複数の教科にまたがって現れる見方・考え方については、教科横断的な視点での学びも求められるでしょう。現実の問題解決には複数の教科の知識を組み合わせて使うことが多いですから、色々な教科の知識をつないで使う経験を子どもの時からさせておくべきなのです。

学びの場.com教科担任制の中学校、高校でも、教科横断的な指導や系統指導は可能でしょうか?

奈須正裕中高の教師は教科の専門性が高いので、系統指導についてはむしろ大きな問題はないと思います。ただ、教科横断的な指導となると個々の教師の力だけではどうにもなりません。学校は教科横断的な視点を持ったカリキュラム・マネジメントに取り組み、それを教育委員会でサポートしていただければと思います。例えば、高校入試で教科等横断的な力を見るような出題がなされれば、現場はそれに合わせた体制づくりを急ぎ、教師も主体的に授業を改善していくはずです。一方、小学校の教師は教科の専門性を高めるために、研修などで教科の本質についての理解を深めていく必要があると思います。

「主体的・対話的で深い学び」で概念的理解を促す

教育インタビュー:奈須正裕

学びの場.com「アクティブ・ラーニング」という言葉が注目され、指導方法にばかり関心が寄せられていました。改めて、「主体的・対話的で深い学び」とは何ですか?

奈須正裕「主体的・対話的で深い学び」とは、資質・能力を育み、その教科ならではの「見方・考え方」をつかみとらせるために必要な学びのあり方であり、特定の方法や型ではありません。赤ちゃんが飴玉とビー玉を手で触ったり口に入れたりして、その違いを学ぶように、すべての子どもは生まれながらにして自ら進んで環境に関わり、環境との相互作用を通して学ぶ力を有しています。この学びのメカニズムの延長線上にあるのが、「主体的・対話的で深い学び」なのです。

具体的には、子どもがすでに持っている知識や経験を活かしたり、彼らが慣れ親しんでいる文脈や状況を取り入れたり、知識をいつでも使えるように整理したりしながら、主体的に、対話を交えて教科の内容を学び深めていきます。ドリルや暗記で知識を詰め込むより、人間にとってずっと自然な学びの形と言えるでしょう。

学びの場.com「深い学び」のイメージがつかみにくいのですが、どのようなことを指すのですか?

奈須正裕どれだけ知識を身につけても、それらを比較・統合し、独自性と共通性を示してあげないと、自在に活用することはできません。表面的には全く違って見えるものが、実は同じ原理、同じ法則の異なる表れであるという、統合的で概念的な理解に導く必要があるのです。これが「深い学び」。算数の筆算の事例で解説しましょう。

「深い学び」を算数の筆算の事例で解説

奈須正裕この場合、十の位は2+2=4と計算しますが、本当は20+20=40。同じく、百の位は3+2=5と計算しますが、本当は300+200=500です。これを「4は40です」「5は500です」と教えていては、整数を概念的に理解することはできません。では、どうすればよいのかと言うと、十進位取り記数法を用いて「一の位、十の位、百の位、それぞれの位についていくつ分の計算をしている」と指導するのです。十の位は10を1つ分と見ると2つ分+2つ分=4つ分。同じように、百の位は100を1つ分、一の位は1を1つ分として考えます。ここでは、答えを出すためには特にありがたみのない一の位についても、同様に指導することが重要です。むしろ、それこそが概念的な理解を促進します。

小数の計算も0.1を1つ分と考えれば間違いにくくなりますし、小数は整数と違うものではなく、十進位取り記数法によって表される連続したものであるということもわかります。また、これを分母が違う分数の足し算・引き算に応用して、「1つ分が違う分数同士は足したり引いたりできない」と教えれば、通分の理解もスムーズになるでしょう。

学びの場.com学びが深まるだけでなく、理解の効率も高まるのですね。

奈須正裕バラバラに散らばっていた知識が整理・統合されると、子どもには霧が晴れたようにすべてのものがつながって見えるようになります。こうなると、面白いように教科が理解できるようになり、思考力や意欲も高まって、内容の習得もさらに促進されていくはずです。

今こそ「教科内容研究」の継承を

教育インタビュー:奈須正裕

学びの場.com系統学習、そして「主体的・対話的で深い学び」と、教師にはかなりの指導技術が求められるのではないですか?

奈須正裕確かに、簡単ではないでしょう。ただ幸いなことに、日本には世界でも珍しい膨大な実践ノウハウがあります。昭和の時代、教科の学問的な構造や特質、社会的な意義や役割について探究する教科内容研究が、民間教育研究団体や教職員組合などで盛んに行われ、授業法が開発されてきました。それらを掘り起こし、現代的に色づけ直せば、使えるものはたくさんあります。当時を知る現場の先生方は、貴重な実践資産を持っているのだという自覚を持って、ぜひ、それをこれからの学校教育を担う若い世代に継承していってほしいと思います。

また、日本の教師の適応は早いので、そこも自信を持ってください。例えば、2000年の学習指導要領改訂で総合的な学習の時間が導入された当初は戸惑いの声も聞かれたものの、今ではしっかりとした良い授業を行っています。また、2007年には「全国学力・学習状況調査」が開始され、その出題傾向に合わせて小中学校の教科書の内容が変化しましたが、それに対応した授業改善もきちんとなされています。

学びの場.com今回、教科書の内容は大きく変わるのでしょうか?

奈須正裕変わるだけでなく、かなり面白いものが出てくるのではないかと期待しています。教科書からも多くの発見や驚きが得られると思いますので、先生方は学習指導要領や、その解説書と照らし合わせながら授業づくりを進めていくと良いでしょう。

時間と手間は必要ですが、授業が変わることによって子ども達に良い変化が生まれるのは嬉しいこと。きっと先生方のモチベーションも高まっていくと思います。10年もすれば、日本の授業はすっかり変わっているのではないでしょうか。

関連情報
「資質・能力」と学びのメカニズム

奈須正裕氏・新刊『「資質・能力」と学びのメカニズム』
東洋館出版社/本体1,850円+税/四六判/2017年5月29日発売

中央教育審議会のキーマン・奈須正裕教授による最新刊。新学習指導要領における主要テーマを背景から詳細に解説することで、「子どもを優れた問題解決者に育て上げる『資質・能力』とは? どう育成するのか?」「教科ならではの『見方・考え方』とは何を指すのか?」「『主体的・対話的で深い学び』を実現する授業づくりの原理とは?」などの様々な疑問をクリアにしていく。本インタビューでは紹介し切れなかった、授業や学級経営の具体例を交えての解説など、カリキュラムづくりや授業づくりに生かせるヒントも満載。これからの教育のあり方を導く羅針盤として、手元に置いておきたい一冊です。

奈須 正裕(なす まさひろ)

奈須 正裕(なす まさひろ)

上智大学総合人間科学部教育学科教授
神奈川大学助教授、国立教育研究所教育方法研究室長、立教大学教授などを経て、2005年より現職。新学習指導要領の作成に携わり、中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会をはじめ、教育課程企画特別部会、総則・評価特別部会など数々の部会の委員として重要な役割を担う。主な著書に『教科の本質から迫るコンピテンシー・ベイスの授業づくり』(編著、図書文化社)『子どもと創る授業―学びを見とる目、深める技―』(ぎょうせい)などがある。

インタビュー・文:吉田教子/写真:言美 歩

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