2021.07.12
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デジタルトランスフォーメーションで進化する、これからの学びの形 New Education Expo 2021 リポート vol.10

未来の教育を考えるNew Education Expo2021 東京。最終回となるvol.10では、大学での取り組みを中心に、これからの学習形態の進化について4人の識者が語り合うセミナーの様子をリポートする。ICTの進展や新型コロナウイルス感染症の影響により、大学ではオンライン授業が目覚ましく進展した。2021年は対面で実施する授業をオンラインでも配信するハイフレックス型授業なども行われ、学生の学び方、教員の教え方が大きく変化することとなった。この教育デジタルトランスフォーメーション(DX)の流れをどう学びに反映し、学びの形を進化させていくべきか。白熱したセッションが繰り広げられた。

デジタルトランスフォーメーションと学びのこれからのカタチ
~大学における議論を中心に~

【コーディネータ】
東京理科大学 教育支援機構 教職教育センター 教授 渡辺 雄貴氏

【パネリスト】

公立はこだて未来大学 システム情報科学部 教授 美馬 のゆり氏

北海道大学 情報基盤センター准教授 重田 勝介氏

(株)内田洋行  ICTリサーチ&デベロップメントディビジョン ICTプロダクト企画部 太田 裕士 氏

デジタルトランスフォーメーションによる大学教育の質的転換

教育DXの進展レベルによって大学が選ばれる時代へ

東京理科大学 教育支援機構 教職教育センター 教授 渡辺 雄貴氏

「デジタルトランスフォーメーション(以下、DX)とは、先端技術があらゆる産業や社会生活に取り入れられ、社会のあり方そのものが大きく変化していくこと。テクノロジーの急激な進展において、教育業界は異なる分野との連携を通し、これまでにない教育の形を創造する時期にさしかかっています。高度なテクノロジーを用いて、組織が活動を根底から変化させることが求められているのです。この教育DXは新しい教育とその運営モデルを可能にするもので、アナログでやっていたことのデジタル化だけでなく、プロセスそのもののデジタル化も含んでいます」

セミナーの冒頭、コーディネータを務める東京理科大学教育支援機構教職教育センター教授の渡辺雄貴氏はこう述べ、教育現場における DX の定義を明らかにした。

続いて、渡辺氏はDX の世界的な潮流として、高等教育におけるICT活用を推進するアメリカのNPO「Educause(エデュコース)」がまとめた「DX について知っておくべき7つの事柄」を紹介した。それによると、DX は高等教育の価値提案を根本的に見直すものであり、その実現には部局、部署を超えた協働・リーダーシップをが求められる。また、方法は大学ごとに考える必要があり、資金調達など解決しなければならない問題も少なくないが、その実現は高等教育での学びを豊かにし、教育機関の戦略的ビジョンの礎になると考えられている。渡辺氏は「DXの進展レベルによって大学が選ばれる時代にさしかかっている」とし、集まった教育関係者達に警鐘を鳴らした。

DX時代に求められる学びとは

公立はこだて未来大学 システム情報科学部 教授 美馬 のゆり氏

公立はこだて未来大学システム情報科学部教授の美馬のゆり氏は「DX時代のラーニングトランスフォーメーション(LX)」という言葉を掲げ、 「これからの時代は先端技術を取り入れるとともに、すべての人がすべての活動を学びの機会ととらえ、生涯学び続けるものとして、学習を変革していかなければならない」と述べた。

そして、今後、身につけるべき能力として、経済協力開発機構(OECD)が「教育の未来とスキル:Education 2030」において従来の主要能力(キーコンピテンシー)に追加したデータリテラシーとデジタルリテラシー、そして新たなカテゴリーである変革を起こす力(新しい価値を創造する力、対立やジレンマに対処する力、責任ある行動をとる力)をあげた。それに対する教育の役割は、働くために必要なスキルだけでなく、積極的で責任ある市民になるために必要なスキルを育んでいくこと。教育に携わる者自身が自分で考え、変革を起こしていくことも求められる。上記の能力を育む方法としては「現実世界との関わりの中で学習していく」ことが有効だとして、Anticipation(予見)・Action(遂行)・Reflection(省察)を通して学習するAARサイクルを推奨している。

2000年の開校当時からLXを実践してきたはこだて未来大学では、実社会に存在する問題を学生が自ら発見し、チームで解決法を探究するプロジェクト学習にも力を入れてきた。

「こうした学習の中で私たちがやってきたのは、 AARサイクルと、 自らの学びの見通しをもち、能動的に進めていく自己調整学習です。これから学ぶことを予見し、学びの状態をモニタリングしながら課題を進め、最後に振り返って省察する。このサイクルを回していくことが深い学びにつながっていきます。90分の授業、単元全体、学期、1年間、4年間というように、いろいろなスパンでこのサイクルを回していくことがポイントです」(美馬氏)

なお、同学で蓄積されたプロジェクト学習のノウハウは、『未来を創る「プロジェクト学習」のデザイン』(公立はこだて未来大学出版会発行)という書籍にまとめられている。また、2020年はオンラインで授業を実施し、試行錯誤しながら実社会や地域と関わっていくプロジェクト学習を進めてきた。2020年度はプロジェクト学習の成果発表会もオンラインで行われ、同学のウェブサイトで公開されているので、ぜひご覧いただきたい。

デジタル・シームレス学習の実現に向けて

北海道大学 情報基盤センター准教授 重田 勝介氏

続いて登壇した重田勝介氏は、北海道大学のICTインフラ面を手がける情報基盤センターの准教授と、ICT教育支援面を担う高等教育推進機構オープンエデュケーションセンターの副センター長を兼任し、同学のオンライン教育を牽引している。

同学は2020年3月末に全学教育の授業開始日を5月に繰り下げることを決定。授業は実質オンラインのみで実施することになり、各学部、大学院などの授業も原則として同様の対応をとった。オンライン授業には全学LMS(学習管理システム)を全面利用し、オンラインミーティングツールZoomの包括契約による利用も導入した。

「授業開始に先立ち、4月に教職員と学生にオンライン授業の実施方法を紹介するオンライン授業ガイドというウェブサイトを公開。オンライン授業の効果的な進め方の周知を図る検討会(ウェビナー)も実施し、オンライン授業を円滑に実施するための知恵とノウハウを共有するところから始めました」(重田氏)

こうした取り組みに加えて、問い合わせフォームやよくある質問をまとめたFAQページの設置も行い、大いに活用されたという。とはいえ、LMSはあくまで対面授業を補完するためのもので、全学の学生が授業にログインしたり、課題提出が集中しても耐えられるようには設計されていない。そのため、全学のオンライン授業を開始した2020年5月には同時ログインの上限をはるかに超えるアクセスがあり、システム動作が遅くなることがあった。同学は文部科学省の「デジタルを活用した大学・高専教育高度化プラン」に採択され、サイバー、フィジカルの両空間の境目を感じさせない「デジタル・シームレス学習」環境整備を提案していることもあり、LMSと無線LANネットワークの拡充は不可欠であると重田氏は言う。

なお、オンライン授業はリアルタイムに参加する同期型授業と、都合のよいときに動画や資料を閲覧する非同期型授業の2つに大別される。同学では学生の疲労や通信料負担に配慮し、非同期型授業の紹介に注力したところ、全学教育では同時配信のみの授業、オンデマンドのみの授業、それらの混合授業がそれぞれ3分の1の割合で実施される結果となった。

「今後は対面授業とオンライン授業の両立を目指す方向で考えており、こうしたハイブリッド型教育の教育技術を確立して、全学的な教育レベルの底上げを図ることが急務となっています。また、リカレント教育を含め、社会全体にオンライン教育への期待が広がっていることから、大学が率先して教育DXに取り組み、地域における多様なステークホルダーに貢献する学習環境を構築することも必要だと考えています」(重田氏)

働く場から学ぶ場のDX化を考える

(株)内田洋行 ICTリサーチ&デベロップメントディビジョン ICTプロダクト企画部 太田 裕士 氏

株式会社内田洋行 ICTリサーチ&デベロップメントディビジョン ICTプロダクト企画部の太田裕士氏は、ICT の進展や新型コロナウイルスの影響による同社の働き方の変化とDXの取り組みを紹介した。同社では以前からリモートワークが行われていたが、コロナ禍による在宅勤務で劇的に頻度が増すことになった。

会議はオンラインだけで行う場合もあるが、オンラインと対面を組み合わせたハイブリッドで実施することも多いという。オンライン会議は移動時間や費用を削減できる利点はあるものの、対面でのコミュニケーションとは異なり空気感や感情の共有が難しい。そのため、アイデア出しや企画を検討する場合には、対面の時よりも意識して合意形成をする必要があるそうだ。

「自席でのオンライン会議では周囲の音が入り、相手が聞きづらい状況になることも少なくありませんが、単一指向性のマイクが搭載されているヘッドセットを使うことで解決できます。会議室の場合は吸音パネルを設置することで音声の反響を抑制するという方法もあります」(太田氏)

商談については、オンラインで行われることもあり、担当者をオンライン同行させることでスピードアップが図れているという。また、「従来のカタログや提案書に加えてオンデマンドの商品・サービス紹介動画やウェビナーを案内することで、よりわかりやすい顧客への訴求が可能になりました」と太田氏。簡易なスタジオを用意し、ウェビナーや紹介動画収録のための環境整備も行っているそうだ。

商品研修会は、太田氏が最もDXの恩恵を感じているものだという。これまでは製品を持って全国の営業所を回っていたため、移動時間や費用がかかり、訪問できる地域や回数は限られていた。現在はオンラインで商品研修が行えるようになったため、参加者はどこからでも閲覧でき、チャットでリアルタイムに質問して理解を深めたり、オンデマンド配信で後日の閲覧や振り返りをすることも可能になっている。

コロナ禍で直接足を運んでもらうことが難しくなったショールームには、VRを用いたバーチャルショールームやオンライン見学を導入し、営業を介さずとも案件情報の取得が可能になった。対面とオンラインのハイブリッド見学も実施し、カメラ画像をAIで解析して顧客の表情から興味を持った商品やサービスを分析するという新たな試みにも着手しているという。

働く場、学ぶ場のDX活性化に向けて検証を続ける、同社の今後の動きに注目したい。

デジタルシフトで目指す個別最適な学習支援

「デジタルを活用した大学・高専教育高度化プラン」の「学修者本位の教育の実現」に採択され、DXへの取り組みを加速させている東京理科大学。再び登壇した渡辺氏は、「デジタルシフトを進め、個別最適な学習支援を行う」ことを目指す同学の取り組みについて語った。

同学ではアクティブラーニング、ICT活用授業、一斉授業、実験・実習と、さまざまな方法で授業を行っていたが、コロナ禍により2020年度はオンライン授業一択となった。2021年度は学生がキャンパスに来る機会を設けるため、対面授業かオンライン授業かを選択するハイフレックス型授業を中心にしている。授業の方法や使用するツールなどの判断は教員に委ね、授業の質を担保することを最優先しているという。

その一方で、渡辺氏は「オンライン授業によって教授主義的な一方通行型の授業が台頭してしまっているのではないか」との危機感を抱いており、ポストコロナでは学生がさらに学びたいと思うような「学習者中心設計の学びを実現したい」と語る。

「DXによって効果を担保し、効率や魅力を高めたいこととしては、内部資料として教員が収集したデータの学生への返還、あたり・はずれのない教員の支援による質の担保、成績下位群の学生を支援するとともに成績上位群の学生をさらに伸ばす個別最適化された学びの支援、こうすればいいということをあらかじめ学習者に伝える先手先手の支援、などがあります。授業内での指導は難しくはあるのですが、自己調整学習能力の育成もしていきたいと考えています」(渡辺氏)

これらの実現には、渡辺氏が冒頭で語ったように、トップのリーダーシップとともに部局、部署をまたいだワーキンググループの設置といった組織内での協働が必要になるという。また、数学データを用いた個別最適化フィードバックシステムの開発と教育環境整備により、Plan(計画)・Do(実行)・Check(評価)・Action(改善)を繰り返して学習を自己調整するPDCAサイクルのさらなる促進を図りたいとしている。

「教育環境の整備にも力を入れ、遠隔操作で大学のコンピューター環境にアクセスできるようにするPCのリモートデスクトップ化、学生が自分のPCを大学に持ち込んで使用する BYOD(Bring your own device)の導入、LMSのさらなる進化などによるオンライン学習環境の充実を図っています。対面授業においては、ハイフレックス学習環境やWi-fiの整備によるオンラインとの連携強化を実施。さらに学習を深化させるため、AARサイクルなど将来役立つ学びのスキルも身につけてもらいたいと考えています」(渡辺氏)

オンライン上でも「つながっている」空間を

「これまで、はこだて未来大学では互いの活動が見える現実空間での活動を大事にしてきました。デジタル空間にも人の気配を感じる空間、誰でも自由に利用できるコモンズのような場所が必要ではないかと思うのですが、それをオンラインで実現できないものでしょうか?」

最後に、美馬氏からこんな疑問が投げかけられた。

これに対し、「確かに、オンライン授業では教師と生徒の1対1の関係が強調されてしまいがちです。そもそも大学はいろいろな人がいて、いろいろなことをしている場所なのですから、授業以外で学生と教員が関わる場所を作って行くべきだと思います」と重田氏。渡辺氏は「一時はバーチャル院生室を起ち上げ、24時間、皆がつないだ状態で特に話すこともなく作業をすることを通して、なんとなく心をつないでいました」と自身の研究室での試みについて語った。

同様の取り組みは内田洋行の社内でも行われており、本社と支店といった離れたオフィスの一角を実寸大でつないで、「つながっている状態」を生み出しているという。「オフィス不要論が出てきている一方で、チームでの活動を行いやすい環境や、ハイブリッドであってもオンライン参加者がストレスなくつながれる会議室などを求める声も寄せられています。」と太田氏が述べると、3氏からは実現を期待する声が上がっていた。

記者の目

3つの大学と企業が、突然のコロナ禍に見舞われた2020年より試行錯誤しながらデジタルシフトに取り組み、新たな教育や業務の形を模索している姿が印象的だった本セッション。「IDX時代のLX」「デジタル・シームレス学習」「対面とオンラインのハイブリッド」「学習者中心設計の学び」など、これからの学びのあり方を考える上で重要なキーワードが飛び交い、さまざまな示唆に富んだ報告がなされた。オンライン化が進む中、大学のみならず企業でも、サイバー空間とフィジカル空間の中間に位置するような場が求められてきているという点も興味深い。DXの波が今後、どのように教育や社会を変革していくのか、引き続き注視していきたいと感じた。

取材・文:学びの場.com編集部/写真提供:New Education Expo実行委員会事務局

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