2024.08.05
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アメリカの教育に見る、未来に向けた学びのあり方 New Education Expo 2024 リポート vol.9

未来の教育を考えるNew Education Expo2024東京。vol.9では、アメリカ・シアトルに私立小中高一貫校を設立し、1500人もの現地学生が通う国際バカロレア認定校へと発展させた清水楡華氏による特別講演の模様をリポートする。アメリカの教育事情、未来に向けた教育のあり方、日米の教育を融合した独自のカリキュラムなど、25年に及ぶ学校運営経験を踏まえた貴重な講演に、多くの聴衆が耳を傾けた。

アメリカの教育事情 ~日本人女性による学校創設から25年間の運営~

Bellevue Children's Academy・Willows Preparatory School Founder and Senior Adviser/シアトルシンフォニー 役員理事/シアトル熱中小学校 校長 清水 楡華 氏

小さな学習塾からのスタート

Bellevue Children's Academy・Willows Preparatory School Founder and Senior Adviser/シアトルシンフォニー 役員理事/シアトル熱中小学校 校長 清水 楡華 氏

清水楡華氏は、まずアメリカでの学校創設から現在に至るまでの道のりを語った。

1997年に家族とともにアメリカ西海岸のシアトルへ移住。当初、3人の子どもたちは全く英語ができなかったため、ESL(English as a Second Language)という英語を母語としない子どものための教室で学ぶことになった。そこでの学習を補うために自ら英語と算数を教えたところ、子どもたちの英語力と学力はみるみる向上。1年後には、突出した才能を持つ子どもに高度な教育を行うギフテッド・プログラムへ移ることになった。

「いわば両極端の教育システムを経験する中で、 ESLでは単に実学年より下の学年の教材を、ギフテッド・プログラムでは上の学年の教材を使って教えていたことに疑問を覚えました」と清水氏。引き続き自分でつくった教材を使って我が子に教えていたところ、周囲の保護者からの提案により、清水氏はアメリカ人の子どもたちも一緒に学ぶ算数の学習塾を始めることになった。それが発展する形で、2000年に小学校:Bellevue children's Academy(BCA)を生徒10名でスタート。2001年に土曜日本語補習学校BCA Saturday Schoolを開校し、2014年には中学・高等学校:Willows Preparatory School(WPS)を創設した。

日米の教育を融合した独自のカリキュラムは評判を呼び、2018年には小・中・高共に、グローバル人材を育成するための教育プログラムである国際バカロレア資格を取得。よりグローバルなプログラムを提供したいと考えた清水氏は、2019年に国際的な教育投資機関International Schools Partnership(ISP)に学校の資産を売却し、経営権を移行することを決断した。

清水氏は現在、創設者、チーフアドバイザーとしてBCAとWPSの後継者育成などに携わっている。また、「人はLifelong learner(生涯学習者)。子どもに主体的な学びを求めるのであれば、私たちもまた主体的に学ばなければならない」とし、自らそれを実践。ボランティアとして地域の役員理事を務めながらアメリカの非営利団体の運営を学ぶほか、大人のための社会塾である熱中小学校シアトル校の校長を兼務、BCAの算数・英語教材やシアトル遊学ツアーを日本の人々へ提供する会社を立ち上げるなど、精力的に活動している。

ICTを活用した先進的な教育

現在、BCAには約700人、WPSには約300人の子どもが在籍し、BCA Saturday Schoolでは約450名の子どもたちが学んでいる。いずれも多国籍テクノロジー企業のマイクロソフトが本社を構えるシアトル近郊に位置することから、児童生徒にはその従業員の子どもも多く、子どもたちのルーツは35の国・地域に及ぶ。

アメリカは教育分野においてもICT化が進んでおり、BCAとWPSでも設立当初から1人1台のノートPCをはじめとするICT機器を整備。なかでも内田洋行の大画面プロジェクターを導入した高校の教室は、子どもたちの人気を集めているという。

こうしたICT機器を活用したSTEAM+D(科学・技術・工学・アート・数学・デザイン)教育に力を入れ、マイクロソフト社が教育ICT先進校を認定するMicrosoft Showcase Schoolプログラムにも参加。スポーツや音楽、演劇、生徒会活動なども盛んで、子どもたちは生き生きと学校生活を楽しんでいる。

未来をつくる教育理念と子ども主導の学び

BCAとWPSでは、「未来をつくる教育理念」として、バカロレア教育、グローバル教育、リーダーシップ育成教育を掲げている。

多様なルーツをもつ子どもが一緒に学ぶ環境そのものが「グローバルな教育につながっている」と清水氏。 バカロレア教育では、「考える人、挑戦する人、探究する人、バランスのとれた人、思いやりのある人、心を開く人、知識のある人、コミュニケーションができる人、信念を持つ人、振り返りができる人」という10の学習者像を理想とし、育成を目指している。また、リーダーシップ育成教育においては、「どのような目標を設定し、どの方向にチームを導いていくか」「目標をなぜ達成するか」といった点を重視。そのために必要な要素として、「コミュニケーションスキル、情報収集スキル、当事者意識、課題発見スキルと解決スキル、適応力と決断力、行動力」を挙げている。

「これらの教育のベースとなるのが探究型学習とアクティブ・ラーニング。子ども1人ひとりがトピックを見て質問を考え、それをみんなで研究して新たな発見を発表し、最後にそのプロセスを振り返るという、子ども主導の教育を行っています」(清水氏)

日米の教育を融合した独自のカリキュラム

BCAとWPSは、アイオワ大学が開発した標準学力テストであるIowa Test of Basic Skillsにおいて、どの学年も平均して2学年上の学力を有するという高い評価を得ている。

その学力を支えているのが、日本の教育とアメリカの教育を融合した独自のカリキュラム。アメリカの個別段階学習と、日本的なクラス全体での協働学習を2本立てで提供し、英語と算数・数学には日本の教育を取り入れた独自の教材とメソッドを用いている。

BCAの英語メソッドは、「日本人の子どもが日本語の読み書きを学ぶのと同じように英語を学ぶ」というもの。まずはアルファベット表をあいうえお表のような感覚で利用し、26文字の1つひとつを音に変換して、それぞれの文字からはじまる代表的な単語を発音。次に、それらの音をつなげていろいろな単語を発音してみる、といった具合だ。これにより、英検2級程度の実力を身につけることができるという。

しかしながら、発音と文字の関係性を学ぶフォニックスという学習法は50年ほど前から日本にも入ってきているが、いまだ英語を話せない日本人は多い。それは「文型練習に入るとフォニックスの規則から外れた文型が頻出し、暗記が必要になる」ためだと清水氏は分析する。そこで導入したのが、自身が高校生のときに編み出した学習方法。英文法を日本語の文法学習と同じように系統的に学ぶもので、Be動詞と一般動詞を比べながら教えたり、形容詞、分詞、関係副詞による修飾のルールを教えたりすることにより、アメリカの子どもたちのライティング能力は飛躍的に高まった。

一方、BCAの算数メソッドは日本式の算数教育を英語に訳したもの。例えば10の合成と分解では、10までの数を図で視覚的に表し、全体の数を出すには足し算、部分の数を出すには引き算を使うことを通して、10という数の概念や足し算と引き算の裏表の関係が理解できるようにしている。 

「日本式の算数教育は、文章を読み、それを図にして式を立て、答えを導き出すというプロセスを大切にしている点が素晴らしい」と清水氏は述べ、「日本にいると外に目を向けがちですが、外に出ると日本の教育のよさに気がつきます。自信をもって子どもたちに提供してほしい」と呼び掛けた。

未来に向けた教育のあり方とは

清水氏はアメリカの教育現場の課題として、すべての子どもたちが公平に学べるように、互いの違いを認め尊重しあうインクルーシブな教育が必要であると指摘。生成AIの教育利用については、「リソースやリファレンスに役立つものとして補助的に使いこなすことが大切」であるとした。

また、世界が複雑化し、技術が進歩するこれからの時代に必要な概念として、トランスディシプリナリー(超学際的)についても言及。異なる分野の専門家が対等な立場で協力し合い、学問の枠を超えた革新的な解決策を創り出そうという考え方で、「子どもたちには問題を多角的に理解し、解決するための幅広い知識とリーダーシップを育むSTEAM学習などのトランスディシプリナリーな教育の提供が必要」であるとした。

「これからの世界には道しるべがありません。台頭するテクノロジーに打ち勝てるのは感じる気持ちと、そこから生まれる判断ですが、子どもにそれを育むのは簡単ではないでしょう。学校・家庭・地域で、子どもに関わるすべての大人がトランスディシプリナリーなアクションをとり、答えを見つけ出していく必要があります。きっと価値の高い何かが育ち、大きなイノベーションの花が咲くと信じています」(清水氏)

記者の目

清水氏がアメリカで実践してきた子ども主導の教育、STEAM教育、探究型学習、アクティブ・ラーニング、個別段階学習、ICTの活用などは、今の日本の教育にも通じるもの。国は違えど、子どもたちの未来に向けて目指すところは同じであると感じた。中にいては見えにくい日本の教育の素晴らしさを見直し、日本でも両国のよい点を融合した教育が実現することを期待したい。

取材・文:学びの場.com編集部 写真提供:New Education Expo実行委員会事務局

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